第一章 分岐点③

 連れてこられたばかりのフィリオは、中々眠りにつくことが出来なかった。そんな夜はフィリオを寝かしつけるのではなく、かし上等とばかりに二人ベッドに潜り、フィリオが眠ってしまうまで絵本を読んであげたものだ。フィリオがうなされている時は一度すぐに起こして水を飲ませ、抱き締めたまま背中を優しくぽんぽんたたいて二回目の眠りにつかせた。

 そうした日々をり返せば、フィリオが悪夢にうなされることは少なくなった。

 けれどもやはり、両親を一度にくした子どもの心の傷は、そう簡単には癒されない。

 私に気づかれないように、部屋のすみでシクシク泣いている日もある。そういう日は、フィリオが泣きつかれてすっきりするまで声を掛けず、泣き疲れたフィリオがベッドにもどってきた時に気がまぎれるような話をたくさんしてあげるようにした。

 そして小さな手を握り締めて、「フィリオのおかげで毎日楽しいわ」「フィリオがいてくれて本当に良かった」「フィリオ大好きよ」と何度も何度も可愛い義弟にささやいた。

 最初はフィリオに厳しい言葉を浴びせ冷たい態度を取っていた母も、私がフィリオを可愛がり、フィリオが私に懐く様子を見て態度をなんさせていった。なずけたほうが都合がいいと考えたのだろう。

 私はそんな母が、元々の優しい母に戻ったとかんちがいして喜んでいた。


 フィリオが家族の一員になった日からおよそ半年後、フィリオは六歳の誕生日を迎えていた。とはいってもその日は母の圧力があったのか、だんとなんら変わらず、フィリオの誕生日パーティーが行われる様子もない。ただ、父はフィリオに子ども用のけんをプレゼントし、母は家族で朝食をいただく時に「誕生日おめでとう、フィリオ」と言葉をおくっただけだった。

 私からのプレゼントは何にしようとなやんだ結果、私はフィリオを好きな場所へ連れていくことにした。フィリオが語る両親との思い出は基本的に城下町の話が多かったが、昔は街を自由に出歩いていたフィリオも、王族の仲間入りをしたことでそれが難しくなっていたからだ。

「お義姉ねえ様、ありがとうございます。僕、お墓に……その、僕の本当の両親の、お墓参りに行きたいです」

 どこか行きたいところはあるかしら、とフィリオに尋ねて返ってきた答えはそれだった。聞けば、過去一度両親がまいそうされる時には私の父と一緒にお墓に行ったらしいのだが、そこへどう行ったか、そこの場所がどこかなどは全くおくにないという。

 じわ、となみだにじみそうになるのをこらえて、私は努めて明るく言った。

「そう、わかったわ。お父様ならお墓の場所もご存じだと思うから、聞いておくわね」

 父の仕事の合間にえつけんを求めて、護衛から絶対にはなれないことを条件に外出許可をもらい、フィリオの両親のお墓の場所も聞いた。二人ははくしやく家の墓地には入っておらず、めいの死をげた者たちが眠る共同の墓地に埋葬されているとのことだった。

「フィリオの父親は、母親といつしよがいいだろうからな」

 そう言って故人をなつかしむ父の顔には、王というより親友を亡くした者の表情が浮かんでいる。

 誕生日当日は朝一番でお墓参りに向かった。墓所はれいに整地された、小高く見晴らしのいい、風もそよいで気持ちのいい場所にあった。管理人がいるらしく、お墓は常に清潔に保たれている。伯爵家の墓と比べてしまえばおとるだろうが、フィリオは改めて二人がきちんと同じ場所へ埋葬されていることにあんし、そして喜んでくれた。

 二人で前日に作っておいたはなかんむりけ、そしてしばらくそこでのんびり語りながら時間を過ごす。私たちの会話がれた時は、フィリオが自分の両親と心の中で対話していると聞かなくてもわかった。だから私も、フィリオの両親へ一方的に話し掛ける。

 お父様を守っていただきありがとうございます。

 フィリオは私と一緒にたくさんのことを勉強しています。

 フィリオはとてもなお可愛かわいらしい私の大切なていです。

 これからも健やかに育つよう一緒に見守ってください。

 そう報告して、真っ青な空を見上げた。

 母のみならずディボルフ公爵家のフィリオに対する風当たりは強く厳しい。それでもフィリオはけんめいに、健気けなげに、私に何ひとつ文句や愚痴を漏らすことなく、母のげんそこねないすべを学びながらひっそりと生きていた。

 このままではいけないと思ったからこそ、まだ剣をあつかうには早く幼いフィリオに、父は剣をさずけたのだろう。自分の父のように騎士として強くなれという意味と、自分なりの生き甲斐がいを見つけるようにという願いを込めて。

 午前中をその墓地で過ごした私たちは、城下町のレストランでお昼を食べ、そしてフィリオが過去に両親と立ち寄ったという店をめぐった。

 ちゆうに寄ったアクセサリー店で、フィリオに似合いそうなバングルをこうにゆうする。安物だったが、それがいいとフィリオが選んだものだ。

「お義姉様、ありがとうございます。ところで、このうでの色違いのほうは、お義姉様にぴったりだと思うのですが……」

 色違いで私の分もどうかと遠回しにおねだりされたが、私はそれをやんわりと断った。

「ごめんなさい、フィリオ。おそろいのアクセサリーはこいびとふうしか身に着けないものなの。姉弟きようだいで着けたらおかしいと思われてしまうし、お母様に見つかったら大変だから、やめておきましょう」

「はい……」

 しょんぼりとかたを落とすフィリオを見て、私は常識というくくりでフィリオの提案を断ったことを少しこうかいした。

 子どものころに買ったバングルなんてどうせすぐにめられなくなるだろうし、意味を知ればフィリオもやがてずかしくなり身に着けなくなるだろう。がおで過ごさせたかったはずなのに、余計なことを言ってその表情をくもらせてしまった。

 一人反省しながらフィリオの足の向くまま城下町を散策していると、とある家の前でフィリオが立ち止まる。そこはフィリオが家族三人で住んでいた借家だった。すでにほかの家族が住んでおり、最後に寄ったその家の前からフィリオはしばらく動かなかった。

 城下町巡りをしたフィリオの誕生日の夜、フィリオは久しぶりにベッドの中で涙を流した。懸命に泣いていることをさとられまいとするフィリオの背中を、私は申し訳なく思いながらゆっくりとさする。

「フィリオ、泣いていいのよ」

「うぅ……っ」

 フィリオはとてもかしこく自分の立場を理解するよくわきまえた子どもであるが、その時まだ六歳だった。いきなり両親がいなくなり王族に引き取られ、どうようせつで育つほうが良かったかどうかなんてかくも出来ないが、その心にはかかえきれない、ぼうだいなストレスがかったに違いない。

「毎年一緒にお墓参りに行きましょう。フィリオの成長をご両親にもしっかり見ていただきましょうね」

 えつらしながら、フィリオはシーツに顔をうずめてうなずく。そしてこういたり絵本を読んだりしてゆったり過ごせば、やがてフィリオは落ち着きを取り戻した。

「……今日は、楽しかったです。ありがとうございました、お義姉様」

 はなすすりながら、それでも感謝を述べてくれるフィリオ。

 そんな姿に胸を打たれながら私は微笑ほほえみ、言葉を贈った。

「フィリオが楽しかったなら、良かったわ。フィリオ、お誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。義弟になってくれて、ありがとう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る