第一章 分岐点②

「では、しようかいしよう。レア、新しく我々の家族となった、義弟おとうとのフィリオだ」

「はい、お父様。初めましてフィリオ、私がこれから貴方あなた義姉あねになるレアよ。これからよろしく」

 私のほうが年上なのだから、お姉さんらしくしっかりしなくては、と思いながらじようげんでにっこりと笑い、フィリオにあいさつをする。

「よろしくお願いいたします……レア王女殿下」

 紹介された男の子は最初おどおどした様子だったが、私が差し出した手におずおずと自分の小さな手をばしてにぎめてくれた。

 その手の温かさに胸がきゅうと締め付けられる。紹介されたフィリオは線が細く、美少女とちがえるような美しい少年だった。

「お義姉ねえ様と呼んで欲しいわ」

「はい……お義姉様」

 なおな性格のようで、うわづかいでひかえ目にこちらを見るむらさきいろひとみの中には知的さも感じられた。

「こちらにいらっしゃい、一緒に遊びましょう」

「はい」

 ひとめでフィリオを気に入った私は、握った手を軽く引いて応接間をあとにする。

 義弟が出来て私はひたすらうれしくてたまらなかった。フィリオの存在を知ってから、本当の弟になる日を待ちびていたのだ。

 母からは貴族に見くびられないようはん的な子どもであれと言われ続け、かくれんぼやおにごっこなどの子ども同士の遊びに交ざることを許されていなかった。

 けれども他家と接点のないフィリオが来てからはそうした遊びもこっそり出来るようになったし、相手がいないと遊べないボードゲームも、いつでも自由に出来るようになった。人形遊びもカードゲームも乗馬も、フィリオはなんでも付き合ってくれた。そしてそんな遊びを通してフィリオがじよじよに心を開きなついてくれるのが、堪らなく嬉しく、可愛かわいかった。フィリオはとてもかしこく、頭を使う遊びも身体からだを使う遊びもなんでも器用にこなした。フィリオの可愛らしさと賢さに気づけば、きっとお母様もすぐフィリオを好きになるに違いないと、私はそう楽観的に考えていた。

 権力が集中している母の家門のディボルフ公爵家に対し、フィリオをむかえ入れることでけんせいしようとする父の意図に全く気づかないおろかな子どもだったのだ。

 当時の私は、母の王座に対する並々ならぬしゆうちやくに気づかなかった。母のことを、おうとしてのプライドは高く気も強いが、子どもにはやさしい女性だと思い込んでいた。

「お義姉様、今日もお勉強の日なのですか?」

 まだ幼いフィリオは私に懐くと、逆にそばはなれることをいやがった。

「ごめんなさい、フィリオ。夕方になったらまた、いつしよに遊びましょう」

 八歳の私には、あまり自由がなかった。自由になるのは、学問の間のきゆうけい時間とる前と朝の時間だけ。あとは一カ月に一回、母が生家であるディボルフ公爵家をおとずれている間だけだった。

 講義を終わらせ部屋を出ると、フィリオはろうでじっと立ったままうつむき私を待っている。そんな五歳児の姿は大層いじらしく、じやをしない約束で室内待機することを家庭教師は許してくれた。

 こうしてフィリオは、私が講義を受けている最中は傍で大人しく一人用の玩具おもちやで遊ぶようになった。しかしさらに数日もすれば、私のとなりで講義に参加し一緒に耳をかたむけるようになった。そして夜一緒に寝る時、ベッドの中にもぐり込みながらフィリオが講義内容について質問することもあった。

「お義姉様、今日の講義ではなぜ出題に関係のない過去の季節や天気についてたずねたのですか?」

「ああ、あの場合のさくは季節とか天気によって、手順が違ったりもするのよ。つうの手順を答えても良かったのだけれど、引っけ問題かしらと思って聞いたの」

「なるほど、流石お義姉様です」

 母が私に王たるものの知識をめ込もうとする日々の中で、フィリオはいやしだった。

 父は私をねぎらうことはあっても共に時間を過ごすことはめつになく、母は私に過度な期待を掛けて、やればやるほど、がんれば頑張るほど、それ以上の結果を望むようになった。

 フィリオだけが私と共に成長し、そしてじゆんすいすごい、凄いとめてくれた。

 知識を詰め込むだけのきゆうくつな勉強も、フィリオがいれば義姉として良い姿を見せたいと思うし頑張れる。戦友が出来たような、そんな気持ちだった。

「お義姉様は必ず、とてもらしい女王になります。こんなに努力なさっているのですから」

 フィリオだけは、私が「聖痕持ちだから」ではなく「努力をしているから」善王になると言ってくれた。

「ありがとう、フィリオ。けれども私、本当は勉強が苦手なのよ」

「ええっ? そうなのですか?」

 私のに、フィリオは目をまん丸にする。

 まだ幼い義弟ならば、を言ってもすぐに忘れてくれるだろうと思ったのかもしれない。ただ、幼くとも賢いフィリオならば、私のこの言葉をだれにもらさないだろうという確信はなぜかあったと思う。

「ええ。お母様におこられてしまうしがっかりさせてしまうから、そんなこと絶対に言えないけれど。私は、私と、私の周りの人が幸せに暮らせればそれでいいと思うの。国民が全員そう考えれば、みなが幸せになれると思わない? 国王は、その輪からはぐれてしまう人たちに救いの手を伸べればいいと思うの。人に出来ることなんて限られているのだし」

 実際、学べば学ぶほどそう感じることも多い。どんなに権力があっても、国民全員を幸せになんて出来るわけがないのだ。

 勿論それを目指してせいを行うけれども、全員が利を得ることなどほとんどの場合ない。どこかがもうかれば何かがすたれる。活気のある街作りに力をいれれば、その街に人が流れて周りがになる。結局幸せの配分はバランスを見ながら調節していくしかない。

「それなら僕は、将来お義姉様が幸せになるよう、早く大人になってせいいつぱいお義姉様を支えたいと思います」

 フィリオはごく真面目まじめに、真っすぐな瞳で私にそう言う。

「そんな、お母様の言葉を額面通りに受け取らないでいいのよ?」

 フィリオはレアを支えることだけを考えて生きなさい、という母の教育がフィリオに行き届いたことを知り、胸が痛んだ。

 第二の私にさせるつもりはない。フィリオには、もっと子どもらしくいて欲しい。

「違います、心からそう思うのです!」

 ムキになるフィリオの小さな身体をぎゅっとき締めて、私は「では、今日から別々に寝ましょうか」と意地悪を言ってみた。

「ええっ……」

 フィリオはショックを受けたような表情をかべる。

 フィリオのめんどうを見るようになってから、私たちは私の部屋で毎日一緒に寝ていた。もちろんフィリオの部屋がないわけではない。しかし本人の部屋より私の部屋のほうがフィリオの私物は多く、どちらの部屋でのたいざい時間のほうが長いかはいちもくりようぜんだった。

「フィリオがそんなに早く大人になってしまったら、少しさみしいわ。だから、フィリオらしくゆっくり伸び伸びと成長してくれればそれでいいの」

 そう伝えると、私たちはその日も二人で深い眠りに落ちた。

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