第一章 分岐点①

 よくな大地を持ち、千百年続く王国アヌカルンダ。

 私は、一国の王である父、オズワルド・ウェインザーと、こうしやく家のれいじようである母、レナータとの間に生まれた王女である。兄弟はほかにいないが、私は生を受けたしゆんかんからただ一人の後継者として大切に育てられた。

 代々男が王座につく王国であったにもかかわらず、私が王座につくことをだれも反対しなかったことには理由がある。

「レア、私の可愛かわいむすめ貴女あなたは王になるべくして生まれたのよ」

 母はそう言って微笑ほほえみながら、私のむなもとにあるせいこんでた。

 聖痕は、この国にはんえいをもたらす存在として、王家の血を引く者に現れるあかしである。

 長い歴史の中でその証を持った十人の王はすべて、国を繁栄させ安泰に導いた。その功績は王族の歴史書の中でも「けんおうの書」と呼ばれ、別あつかいでしようさいな記述が残されているほどだ。

 そのため、聖痕を持った者は末子であったとしても、王族ではなく貴族の家門に生まれたとしても、後継者としてゆうぐうされた。王族にしか現れない筈の聖痕が貴族に現れることはまれだったが、その祖先をさかのぼれば王家の血を引くという事実に行き当たる。

 よって聖痕の発現自体が、身分に関係なく将来王となることを国が認めるということと同義となった。それほど、アヌカルンダにおいて聖痕のあたえるえいきようは多大なものなのである。「賢王の書」によると聖痕が同じ時代に二つ以上発現したことはないが、生まれた時から所持している者もいれば、成長の過程で発現する者もおり、どの時代に現れるかはまちまちであった。昔の学者や専門家はそれを「がみの気まぐれ、もしくはさいはい」と表現し、何を基準に聖痕が発現するのかは、神のみぞ知るところと結論付けている。

 アヌカルンダではここのところ、聖痕を持たない王が三代続いていた。よって私の父も、聖痕持ちではない。しかし私は父を、多少気が弱いところや押しの弱いところはあっても、人情に溢れ、人の話をよく聞き、たみのためにくす深い善王だと思っている。

 そんな中生まれたのが、聖痕持ちの私だった。

 聖痕が女に現れたのは初めてのことだったが、母やその後ろだてである家門の力が大きいためか、王としての資質を問われることもなく、誰もが私を後継者として大切に扱ってくれた。

 母は元々王家から独立したディボルフ公爵家の人間で、王家の血を引いているという意識が強く気位も高い人だ。そのため必ず女王になるのだという、自分に対する母からの大きな期待を感じながら私は育った。

 そして母が父と私室で言い合いをしているところを何度か見たことがあったが、たいてい父が母の意見に従うか、折れてあげていた記憶がある。


「なぜわざわざ王家にむかえ入れ、ウェインザーの姓を与えるのですか? そんなこと、ほかの貴族に指示なさればよろしいでしょう?」

「レナータ、少し声を落としなさい」

 その日も、そんなやり取りが応接間からろうまでひびいていた。八歳の私はふうげんを早めに終えてもらうべく、何もわかっていないようなじゆんすいみをかべ、形式的で簡単なノックをすると応接間に入った。

「お父様、お母様」

「あら、レア。少しうるさかったかしら、ごめんなさいね」

 さきほどまでげつこうしていた母は、私の姿を認めるとすぐに声のトーンを落として微笑む。

「ああ、レア……すまないが、今は少し席を外してくれないか?」

 父は部屋に入った私にそう声をける。どうやら父は、夫婦喧嘩を引き延ばしてでも自分の意見を今回は押し通すつもりのようだ。

 二人は、フィリオという男の子を家族の一員として引き取るかどうかでめていた。

 フィリオはつい最近まで、である両親といつしよに三人で幸せに暮らしていたという。

 しかし先日、勤務時間外で街に出ていたフィリオの母親があやしい動きをする者たちを見かけ、彼らが出入りした建物を調べている際、とつじよ起きたばくはつに巻き込まれて死亡した。

 そしてその爆発で、視察に向かう予定だった私の父は護衛の多くをその爆発のあった現場にけんさせ、自分は城へ引き返すことにした。しかしそれは、街の警備と父の護衛をうすくするための陽動作戦だったのだ。父はまんまと警護が手薄になったところをねらわれ、三人の護衛で十人のかくを相手にしなければならないじようきようになった。

 結局護衛一人のせいはありながらも大きな傷を負うことなく、父は無事にかんすることが出来たのだが、犠牲になった一人の護衛騎士こそがフィリオの父親だったのだ。

 本来であればフィリオの父親の生家であるはくしやく家が五歳で両親を失ったフィリオを引き取るという流れが通常であるが、彼の生まれは少しややこしかった。

 フィリオの父親は騎士をはいしゆつすることの多い伯爵家の長男であり、父が心を許す友人でもあった。しかし名門貴族の出であるフィリオの父親は元々男爵令嬢の許嫁いいなずけがいたにも拘わらず、とあるいつぱん市民の女性騎士とこいに落ちたのだ。

 女性騎士とのけつこんは当然反対されたが、フィリオの父親は身寄りのないその女性をとある子爵家に養子として迎えさせた。そして家族の反対を押し切って二人は結婚し、やがてフィリオが生まれたのだ。

 母親が身分を手に入れフィリオが生まれたといっても、許されないまま結婚した二人は、父親の生家とぜつえん状態にあった。またお金と引きえに母親の身分には協力した子爵家も、えんも血のつながりもない義理の娘の息子むすこを引き取るつもりは毛頭なかった。

 このままいけば両家ともフィリオの養育権をほうし、彼をどうようせつに預けかねない。そう判断した父は、フィリオを保護することにした。

「単なる貴族が王族の養子になるなど、聞いたことございません。それに、ひとつの家門を優遇することとなれば、陛下こそが非難を受けますわ!」

 母は父にそう食ってかかる。母のうつたえに、父はおくすることなくひとつひとつていねいに答えていく。

「ひとつの家門の優遇とは? フィリオは、本来後ろ盾となるべき伯爵家からも子爵家からも見放された身だ。そうでなければ、そもそも私が保護する必要などないだろう。そんなフィリオを迎え入れたところで、私がどの家門を優遇したことになる?」

「では、その伯爵家か子爵家に命じればすむ話ではないですか!」

「確かに私が命じれば、どちらもそれに応じるであろう。しかし、そんな『命じなければめんどうを見るつもりはない』かんきようで満足な養育を受けさせて貰えると思うか?」

「そんなこと私の知ったことではございません! なんの関係もございませんもの!」

「フィリオの父親は、私の親友だった。そして、私を守って私の目の前で死んだのだ。それなのに、なんの関係もないと?」

「それは……」

 父にそうさとされ、流石さすがに言い過ぎたと気づいた母は、顔をそむける。それでも自分の主張は変えなかった。

 ある日には、れつせいさとった母が実父を招いて、母と結びつきの強い臣下から父に直接不満をぶつけさせたこともある。

「オズワルド陛下、陛下にはすでにレア王女殿でんという立派なあとぎがございます。今男児を迎え入れれば、余計なもんを広げることとなりましょう」

 母に呼ばれたディボルフ公爵はコホンとせきばらいをひとつしてそう訴える。

「直接血の繋がった聖痕持ちのレアと、直接的な血の繋がりはなく聖痕も持たない遺児を比べて何になる? 聖痕持ちでさえあれば、性別や生まれなど関係ないことは、お前たちもよくわかっているだろう?」

「も、もちろん存じ上げております。しかし、聖痕持ちとおっしゃいましてもレア王女殿下は女ですから、やはり男の王をという国民の声もございましょう」

「確かに、国民の声は大事だな」

「ええ! そう、その通りです」

 ディボルフ公爵は自分の言葉に同意を示した父に大きくうなずいたが、それこそが父の求めていた反応であった。

「私もせいこんを持たない王だ。そんな私がフィリオを迎え入れれば、さぞかし民心をつかむ手段として有効だとは思わないか?」

「……!」

「フィリオの母親は元平民だ。そんな子どもを王族に招き入れたところで、王になれないことはわかりきっている。しかし、国民はどう受け取るだろうな。他人の子どもを引き取り余計な争いを招くおうか? それとも……臣下の恩にむくいる慈悲深い王か」

 父の問いに、ディボルフこうしやくは答えられず押しだまる。それからしばらくして、やっと言葉をしぼり出した。

「し、しかし、聖痕を持たないオズワルド陛下がこうして今無事に天下を治めていられるのも、我が家門が後ろ盾となったからこそだということはゆめゆめお忘れなきよう」

 それは結局、負け犬のとおえのようなものだった。父が母を説得するまでそれから一カ月間かかったが、こうしてディボルフ公爵も父に言いくるめられたところで、勝負は付いた。母は最後まで不服そうだったものの、私に聖痕があることと私が父の味方をしたことで最終的に折れる形となったのである。

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