プロローグ②

「フィリオ陛下、そろそろ……」

 さいしようがフィリオをかすようにうながすと、フィリオは昔私がプレゼントをしたロングソードを帯刀しているにもかかわらず、なぜか自分の横にひかえた騎士から一本の剣を受け取り、さやからスラリといた。

 上衣のそでが少しずれて、そのすきから古びた安物のバングルがちらりと見える。

 見覚えがある気もしたが、遠い過去に思いをせる時間はもうなかった。

 わかるのは、この国の代表をしようちようする王冠よりも、その安っぽいバングルのほうがフィリオにとってまだ価値があるということだけ。

 義弟の手にした剣が、私から奪い去った国宝の聖剣でもないことにかんを覚えたが、目の前に剣が差し出されればそんなことは頭から抜け落ちた。

 みがかれた刀身に、跪いた自分の姿が映る。

 瞬間、私の身体は意思に反して震えた。

 王座を求めた者らしくさいまで何もおそれたくはないのに、それすら思い通りにならず虚しさが胸に広がる。

「義姉上……」

「!?」

 フィリオが、私の身体を起こして片手でめる。

 なつかしいフィリオのかおりが、鼻をかすめた。

「ああ、義姉あねうえの良い香り……久しぶりですね」

 同じことを思ったらしいフィリオが私にしか聞こえない声で囁く。

 ろうに入れられていた私のにおいなんて、良いわけがないのに。

 フィリオのかくを感じた私は、これで最期だとまぶたを閉じる。

 そして、ずっと胸にかかえていた、自問自答し過ぎてドロドロとくさった果実のようになった疑問をフィリオにぶつけた。

「ねぇ、フィリオ。フィリオはなぜ三年前、私を殺そうとしたの? 私を裏切った理由だけ、教えてくれないかしら」

 最期の質問は自分でもおどろくほど、フィリオと仲が良かった頃の声の調子で口からすべり落ちた。

 それに気づいたらしいフィリオは一度私と身体からだを離すと、ゆっくりと瞼を開いた私の瞳と視線を合わせたままけんしわを寄せて逆にたずねてくる。

「……三年前? 私が、義姉上を裏切ったとは?」

 たがいの視線が交わり、私たちはそこに正解を探そうとした。死ぬ直前でなければ、こんなになおに尋ねることは出来なかっただろう。

「とぼけないで。フィリオが私の暗殺を試みたことはわかっているの。けれども、フィリオに嫌われてしまった理由がわからなくて。知りたかったけれど、ずっと聞けなかった」

「お待ちください。義姉上はなぜそのような誤解をなさったのですか?」

 フィリオはろうばいしながら、私の顔をのぞき込む。

 私はスッと視線を逸らすと、そのこしに帯刀している剣と、剣にくくり付けられたボロボロのハンカチをじっと見た。どちらもこの世にひとつしかなく、拾い上げて手にした私がそれをちがえるわけがないのだ。そしてがけの上から私を見下ろす、冷たい表情をしたフィリオも同様に、見間違えない。

 なのに、フィリオのがくぜんとした態度にいちの望みをいだいてしまいそうになる。

「フィリオがそんなことしなければ、私は……いいえ、それはもういいの。けれども、理由が知りたくて」

 私なりに、フィリオを可愛がっていた。その義弟おとうとに裏切られたショックは大きかった。

「義姉上、それは……」

 フィリオは考えるりをしたが、それを宰相は許さない。フィリオがなかなか重罪人のしよけいを行わないため、しつこうを見守る貴族たちはざわめき出していた。

「陛下。もうとっくに時間は過ぎています」

「くそ……っっ」

 最期まで、フィリオが私を裏切った理由を聞くことは出来なかった。そう思いながら、覚悟を決めてもう一度ひとみを閉じる。

 フィリオは私を引き寄せ抱き締めると、もう片方の手でにぎっているけんを私の背中に当てた。私の身体は勝手に、その剣先からげるようにしてフィリオの身体へぴったりと重なる。

 ふるえているのは、どちらだろう?

「義姉上……信じてもらえないかもしれませんが、私が貴女あなたを裏切ったことは、一度たりとも、ございません」

「……」

 王となった今、フィリオは重たいよろいではなく美しい衣装を身にまとっており、厚くはないの向こうにそのぬくもりを感じた。そして気づく。

 ──おかしい。この長さの剣では、私だけでなく……!!

 先程剣を見た時覚えた違和感がぞうふくしたしゆんかん、背中側から勢いよくつらぬかれる。

「陛下!」

 フィリオを押し退けようとしても、自由の利かない手はなんの役にも立たなくて。

 ゴフ、と私とフィリオの口から、大量の血が同時にき出された。

「陛下! フィリオ陛下!!」

だれか! 医師を!!」

 周りの人間の声が、ずっと遠くで聞こえる。

 私の目に、フィリオのサラサラとしたくろかみが映り込んだ。前髪の隙間から覗く、真っすぐにこちらを見るむらさきいろの瞳と視線が合わさる。

「なぜ……フィリオ……」

 なぜ、いまさら。先に裏切ったのは私ではなく貴方あなたのほうなのに、そんなにつらそうで……幸せそうな顔をするのか。

 それとも、フィリオの先程言い放った言葉は真実だったのか。

「レア……て、います……」

 私たちは、フィリオが手にした剣により二人いつしよつらぬかれ、同時に命の火を消した。

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