プロローグ

「……義姉あねうえ、そんなに私のことがきらいですか? 自分のこいびとに、私を殺させようとするほど」

 ていは、片手に持っていたをこちらに向かって投げ捨てた。

「っ……!」

 ゴロゴロ、と転がって止まったソレと視線が合い、私は身体からだふるわせる。

 じゆうとのとうばつ地で何度も見た光景であるが、知り合いのソレに慣れることは一生ないだろう。

 ──うらめしそうなでこちらを見る、かつて戦友だった男の生首。

 義弟は私の恋人だとかんちがいをしているけれど、密会を重ねた理由は大きく異なる。

 私とその生首の間にあるのは、利害関係のみだ。

 私は王座が欲しく、彼は私という後ろだてが欲しかった。

 たがいの利益がいつしたから、手を組んだだけのこと。

「私は今まで、貴女あなたすべてをささげてきました」

 義弟がポツリとつぶやく。

「いいえ、貴方あなたは私から全てをうばってきたわ」

 なぜ、こんなにもあつとう的な力の差を見せつけておきながら、傷付いた様子で今にも泣きそうな顔をしているのだろうか。

 義弟は私がのどから手が出るほどほつしたおうかんをかぶり、かたや私は罪人として義弟の前にひざまずかされているというのに。

 私は、がいしやよそおう義弟をにらみつけた。

「私が欲しかったものは、みな、貴方が手にしているもの」

 いくら努力しても、目の前の男に私は引きはなされるばかりで。

「いえ、私が欲しいと願ったものは、昔からずっと、ただひとつです」

「……私だって、欲しかった物はずっとひとつ、その王冠だけだったのに」

 あの王冠は、生まれたしゆんかんから貴女のものなのよ──母は私に毎日そうささやいた。

「果たして本当に、それが義姉上の欲しかった物でしょうか?」

 義弟にじっと見つめられ、私は視線をらす。

 今となってはこの、何もかもかしたようなひとみは苦手で……だいきらいだ。

「当たり前でしょう」

「こんな物が欲しかったなら、いくらでも差し上げたのに。義姉上が私に、お願いをして下さったなら」

 義弟にそう言われ、ぎり、とくちびるむ。

 それがくつじよくなのだと、なぜ目の前の男はわからないのだろうか。

 王たる者、なんぴとたりとも頭を下げてはならないと、ずっと母から言われ続けてきた。

「もう、これ以上話してもだわ。つかれたから、早く楽にして」

 私にも、きようがある。

 義弟に泣きついてまで、手に入れるべきものではないのだ。

 私は女王になるうつわではなかった……ただ、それだけのこと。

 この勝負、義弟が勝ち、私が負けただけ。

 きっと、義弟が現れた時点で決まっていた。

 それを、私も母も、受け入れられなかっただけ。

「……昔、義姉上は私にとてもやさしかった。けんなど興味なく、おしゆうを好む、とてもおだやかな人でしたよね」

 義弟が昔話を始め、私はただそれを聞いていた。

 そんな時代もあった。

 目の前の義弟がにくらしいライバルではなく、可愛かわいくて、可愛くて仕方なかった時代が。

 彼を悲しませるものから遠ざけ、そのがおを守っていきたいと心から願った時代が。

 そして、私に対する母の愛情を、本物だと信じていた……時代が。

「もう一度聞きます。義姉上が本当に欲しかったものは、これですか?」

 義弟は頭上の王冠を無造作に外し、さきほどの生首と同じように私の目の前に投げた。

 しようり、重たい宝石がいくつもめ込まれたそれは、生首と同じ重たさなのか、先程とほとんど同じどうえがいて私の前に辿たどり着く。

 義弟にとっては本当に、なんの価値もない物なのだろう。

 ずっと欲しかった物がそこに転がっているのに、後ろ手にしばられた私はそれを拾い上げることすらかなわない。くやしくて、むなしくて、なみだあふれる。

 ああ、すみませんお母様。お母様から何度も何度も、小さなころからずっと、女王になれと言われ続けていたのに。お母様は、女王になれなかった私に、あの世でなんと声をけるのだろう。あの母のことだ、女王になれなかったひとむすめなんてらないと言うに違いない。そんな娘に、価値はないのだと。もしくは、声を掛けることすらいとい、虫けらを見るようなまなしでさげすまれるか。

 そんなことをつらつらと考えしようした私に、あわれみが込められたフィリオの優しい声が降り注ぐ。

「義姉上。もうこの世に、その王冠を貴女に強制するあの女はいないのですよ」

「あの女、とはお母様のこと?」

 私は義弟を再び睨んだ。

 けれど、そんな私の視線など気にすることなく……いや、むしろ私が顔を上げたことに喜びすらにじませながら、義弟は微笑ほほえうなずく。

「ええ、そうです。義姉上を死ぬまで支配し続けたあの女は、貴女を愛していませんでした。愛していたのは、自分の思い通りに動かせる、女王となるこまだけですから」

「口をつつしみなさい、フィリオ」

「義姉上……貴女は間違えました。愛をう相手を」

「フィリオ、それ以上余計な口をかないで。早く、私を殺せばいい」

 私は後ろで縛られた手にぐっと力を込め、ほどくようにかたすって暴れた。私の左右に待機しているが、すいとやりせんたんを私の首元へ向ける。

 それを片手で制しながら、フィリオはなおもこの茶番を続けた。

「義姉上が本当に欲しかったものは、こんな物ではありませんよね」

「あっ……!」

 私の目の前で、フィリオは王冠をつぶす。れいな曲線を描いていた金細工はフィリオの長い足の下でひしゃげ、大きな宝石が土台からコロリと転がっていく。

 流石さすがの暴挙に、成り行きを見守っていた周りの臣下たちまでがザワリ、とどよめいた。

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