第10話 ショットガンスネーク
俺達は水を確保する為、湖へ向けて出発した。
紅い森の中。パチパチと聞こえてくる音をBGMに歩く。
雑談を交わしつつしばらく歩いていると――ふと。そういえば湖までどのくらいの距離があるのか知らなかったな、と気付いた。少し遅めの気付きだ。
大した疑問ではないが、放置するのも気持ち悪い。
俺は素直に知っているだろう人に聞く事にした。
「古川さん。ここから湖まで、どのくらいの距離があるんですか?」
「そんなに遠くはありませんよ。精々10キロと少しといった程度です」
「へえ。案外ここから近い場所にあったんですね」
10キロなんて車だと30分……いや、もっと少ないのかな?
自分で運転した事がないから正確には分からないけど、とにかく車であればすぐにでも辿り着けるような距離だ。例え歩きだろうとそう時間は掛からない。
「まあ体感的にはもっと遠く感じるとは思いますが」
「んん? それはどうしてですか?」
「整備された道と違い、ここは森の中です。足場が不十分で、勾配があり、また障害物も多数ある。例え直線距離は同じでも、そのような場所を移動するのは存外体力を消費するもの。結果、同じ距離であってもより遠くにあると錯覚してしまいます」
淡々と古川さんが説明してくれた。
へえ。なるほど、そういうものなのか。知らなかった。
でも確かに、障害物がない道と障害物だらけの道が同じ扱いな訳ないよな。陸上競技でも、障害物走と100メートル走はまったく別の扱いをされている事が多い。
そんな風に話していると、後ろの獅子島さんから声が掛かった。
「坊主に嬢ちゃん。話すのはいいが、足元には気を付けてな」
「あ、はーい。気を付けまーす」
「もちろんです。忠告ありがとうございます」
あらら。獅子島さんから注意されてしまった。失敗、失敗。
二度目がないよう、もう少し黙って歩いた方がいいか?
……いや。それは流石につまらないな。ここままでいいか。
そういえば、獅子島さんは結構普通に森の中を歩いているんだな。
樹々の根っこの所為で割とぐちゃぐちゃな地形なのに、すいすい歩いている。
森歩きの経験がない俺なんてひーひー言いながら歩いているのに。
古川さんは分かる。彼女は国家防衛軍の軍人だ。普段から訓練を積んでいて体力があるだろうし、森を行軍する訓練の経験だって当然のようにあるだろう。そんな人が森程度の障害でどうにかなるはずもない。
対して獅子島さんは……どうなんだろう? 少なくとも軍人には見えない。
「獅子島さん。ちょっといいですか?」
「うん? どうしたんだ坊主」
進みながら獅子島さんに声を掛ける。
彼は片眉を上げてオレを見た。
「獅子島さんって森歩きの経験があるんですか? すいすい歩いてますけど」
「あー、オレはあれだ。ダチに誘われて休日はしょっちゅう山登りしててな。そのお陰で俺自身も結構好きなんだ。最近じゃ一人でもちょくちょく上ってるぞ」
なるほど山登りが趣味か。だから歩き慣れてるように見えたんだな。
確かに山って、場所によっては結構色々な環境があるもんな。
森もそうだし、渓谷とか岩石地帯とか色々。
普段から山を歩き慣れていれば、このくらいは訳ないって事か。
なんだそれ。ちょっとカッコいいな。カッコよくないか?
「いい趣味ですね。実は私も登山が趣味なんですよ」
「ほう、嬢ちゃんもか? どんな山を登ったんだ?」
俺が感心している間に、古川さんが獅子島さんに話し掛けた。
なんと彼女も登山が趣味らしい。多趣味な人だな?
「○○山や××山。最近では△△山などにも挑戦を――」
「あの△△山にか!? そりゃすげえ! オレもあそこには――」
「大丈夫ですよ。そういう時は◇◇山がオススメで――」
しかし共通の趣味があるというのが良かったのか。
二人の話はめちゃくちゃ盛り上がり始めてしまった。
オススメの山や自分が経験した山を語り合う始末。
俺はすっかり蚊帳の外にされてしまった。
――くっ、混ざりたい! 混ざりたいが……登山とかよく分からない。
そもそも俺はインドア派だ。アウトドアは好きじゃない。
だから登山をするなんて考えた事もなかったけれど……一人だけこうも除け者にされてしまうと、俺も山登りしてみた方がいいんじゃ、とか考えてしまう。
まあ多分考えるだけで実行に移す事はないだろうとは思うが。
ほら、俺ってニートでもあるし。
他人と関わるのは得意じゃないんだ。
「……二人とも。もしかして俺の存在忘れてないか?」
獅子島さんと古川さんが山登り談義に夢中になる中。
俺はそんな事を呟いて、ひっそりと溜息をこぼした。
出発してから1時間ほどが経過した頃。
「坊主、危ねえッ!!!」
「え? ――うわぁ!?」
突然、獅子島さんが俺に向かって声を上げた。
だがいきなり過ぎて、俺は反応する事が出来なかった。
――しかし。身体は勝手に動いた。
ガクッと膝が曲がり、そのまま前へと倒れ込む。
直後――俺の頭があった場所を何かが一瞬で通り過ぎた。
見れば、直線上にあった樹に穴が開いていた。
大きな穴だ。直径にして3cmはある。
「な、な、な……ッ!?」
「大丈夫か坊主!?」
獅子島さんが駆け付けてくる。
「獅子島さん。俺、生きてます……?」
「安心しろ! しっかり生きてる!」
バンバンと背中を叩かれながらそう声を掛けられる。
いつもは痛いばかりの行為だが、今は何故だか安心できた。
「それより油断するんじゃねえ! 敵がいる!」
――敵! そうだ、ここはダンジョンだ!
ここでの油断は死に直結する。
一分一秒だって気を抜くのはマズい!
「――もう大丈夫です。迷惑掛けてすみません獅子島さん!」
「いいって事よ。若造支えるのはジジイの仕事だからな」
獅子島さんはおちゃらけた風にそう言ってくれた。
その優しい気遣いを、心から有り難く思う。
何かお返しが出来ればいいけど……今は難しいな。
先に襲ってきたモンスターへの対処をしなければ。
周りを見れば、古川さんがナイフを構え警戒している。
その視線の先には――硬そうな外皮を持つ真っ赤な蛇がいた。
その蛇に視線を向けつつ、俺も彼女に合流した。
「すいません古川さん。お待たせしました」
「いえ。貴方が無事でよかったです、雨竜さん」
蛇に鋭い視線を送りつつ彼女は言った。
獅子島さんが彼女に尋ねる。
「嬢ちゃん。あれがどんなモンスターか分かるか?」
「もちろんです。資料を読んだ事があります」
「十分だ。あいつについて分かっている事を教えてくれ」
分かりました、と頷き。
蛇を警戒したまま古川さんは話し始めた。
「あれはショットガンスネークというモンスターです」
「ショットガンスネーク? また随分とけったいな名前だな」
「えぇ。あれは実際におかしなモンスターですよ」
彼女が話を続ける。
「ショットガンスネークは第一次の調査で発見されたモンスターです。見た目は装甲を纏った真っ赤な蛇。体長はおよそ3メートルほど。酷く攻撃的で、尻尾の先端部分に備わっている銃口から放つ強力な散弾を主な攻撃手段にしているとか」
初遭遇時には十数名の犠牲者が出たと資料にはありました。
厳しい表情でそう口にする古川さん。その頬を汗が伝っている。
「攻撃の瞬間まで気付けなかったのはあの外皮の所為でしょう。ショットガンスネークの外皮は炎樹の炎と色が近く、疑似的に擬態の効果を発揮したのでしょうね」
「確かになあ。ここであいつに隠れられりゃあ、見つけるのはだいぶ面倒そうだ」
倒し方は分かっているのか? と獅子島さんが問う。
「倒す事自体は難しくありません。ショットガンスネークの装甲は見せ掛け。通常の武器でも何ら問題なくダメージが通りますから。ただ……」
彼女はそこで言葉を濁した。言い辛そうに表情を歪めている。
獅子島さんは先を促した。教えてくれにゃあ何も分からん、と口にして。
渋々、古川さんは先程の言葉の続きを声に出した。
「ショットガンスネークに接近するのは、非常に危険です。あのモンスターは動きがとても素早いうえ、接近すれば尻尾の銃口から散弾を放ってきますから。もし至近距離であれを食らいでもしたら、そこの樹のように風穴を開けられる事になります」
「そりゃあ厳しいな……。流石に至近距離で散弾ばら撒かれりゃ、躱し切れねえ」
「ええ。なのでまずはどうにか距離を詰める方法を考えなければいけませんが――」
真剣な表情であの蛇の倒し方を話し合う二人――。
だが俺は自分なら問題なく倒せる、と確信していた。
さっきは不意を突かれたから身体が勝手に攻撃を避けたけれど、このダンジョンで得た身体能力があれば本来、あの程度の撃なら見てからだって避けられる。
だから俺は立候補すべく、「あの!」と声を上げた。
話し合っていた二人の視線が俺に集中する。
その光景にちょっとだけびびってしまった。
「それ、俺なら散弾を食らわずに行けると思います!」
「……こう言っていますが、本当ですか?」
信じられない、といった表情の古川さんが獅子島さんに尋ねる。
うん。俺の身体能力を知らなければ当然の反応だ。
同じ立場にいれば誰だって疑う事だろう。
けれど、獅子島さんは既に俺の力を幾らか知っている。
「うぅむ。……ああ! 確かに坊主の身体能力なら行けるはずだ」
「そうですか。ならその言葉を信じる事にします。お願いできますか?」
「もちろんです! 絶対にあの蛇を倒してみせますよ」
それからトントン拍子に話は進み。
ショットガンスネークは俺が倒す事になった。
「私達で注意を引きます。貴方はその間に接近してください」
「抜かるなよ坊主。オレ達にゃあまだダンジョン攻略が控えてんだ」
「大丈夫です。あれくらいなら大丈夫な予感がしてるので」
仮にあの時の嫌な予感を、“超直感”、とでも名付けるとしようか。
ドラゴンが現れた時に感じた嫌な予感と同じ類のものを、俺は今現在特に感じたりはしていない。むしろあれは格下だと、俺の感覚が教えてくれる。
格下相手との戦闘を躊躇う人間なんて、知る限りでは一人もいない。
俺は安心して、ショットガンスネークと戦う事を決めた。
そして。――戦闘開始。
「行けッ! 坊主!」
「行ってください雨竜さん!」
二人の声を合図に、俺はショットガンスネークの視界から外れた。
後は予定通り、このまま奴の背後へと回り込むだけだ……!
見れば、予定通り二人はあの蛇の気を引いてくれていた。
石を投げ付けたり、挑発を試みたりなどをして。
対して、尻尾をびたんびたんと叩き付けている。
ショットガンスネークは順調にストレスを溜めているようだ。
そして注意が完全に二人に向いた頃――俺は移動を終えた。
場所はショットガンスネークの真後ろ。少し上。
二人が気を引いてくれたお陰で、一切警戒はされていない。
そして――
「はぁあああああああッッッ!!!!!」
『――――!? ――――――ッ!!!』
鞘から鉈を抜き、渾身の力を込めて蛇へと振り下ろした。
――瞬間、気付いた蛇が咄嗟に反撃する。
向けられた銃口。至近距離で放たれる散弾。
十二分に人の命を奪えるそれは――しかし俺には遅く見えた。
放たれた銃弾と俺との間に強引に鉈を差し込み。
――瞬きの合間に全ての弾丸を弾き飛ばしてやった。
はははっ! やっぱり驚くほどに身体が軽い!
「どうした? そんなもんじゃあ俺は殺せないぞ!?」
『――――――――ッッッ!?!?!?』
なにせこっちには超人的な身体能力があるからな!
ノロマな攻撃を全部弾くくらい訳はない!
まあ、俺が強くなった理由は一切不明だが!!
ショットガンスネークはショックを受けた表情をしていた。
自分の攻撃が弾かれたのがそんなに衝撃的だったのか?
……というか、モンスターって意外と感情があったりするよな。
この蛇しかり、リザードマンしかり、ドラゴンしかり。
案外、やり方次第では意思疎通とか出来たりするんじゃないのか。
『――――――――ッッッ』
今度こそ仕留めようとした瞬間、蛇が背中を見せた。
なんだ? なにをしようとしている? ――そう疑問に思った直後。
ショットガンスネークは俺から遠ざかり始めた。
――まさか逃げようとしているのか? モンスターが?
蛇の逃げ方はあまりにも潔い。一直線に遠ざかっている。
まるでスタコラサッサと擬音で奏でるが如く。
やっぱりモンスターにも感情ってあるんだな。
そう納得しつつ――しかし全力で後を追う。
一度敵対したんだ。逃がす訳ないよね!
「おっりゃぁあああああああああああッッッ!!!!!」
全速力で蛇に追い付き――高速で7連撃を見舞う。
蛇は……避ける事が出来なかった。
『――――――――ッッッ!!!!!』
隙の無い7連撃が容赦なく蛇の身体を切り刻む!
ショットガンスネークが盛大に断末魔を上げた。
身体を切り刻まれ、もはや逃げる事も叶わず。
轟音を立てながらショットガンスネークは力尽きた。
「……ふぅ。無事に倒す事が出来たか」
肺に溜まった空気を吐き出す。
いやまあ、倒せる事は分かっていたけど。
倒せるかもしれないと倒せたはまったく違うからな。
そういう意味で、倒せたのはとても安心した。
俺の超直感が合ってたって事だからな。
その後二人がやってきて、俺と合流した。
「やったな坊主! 流石だ!」
「お見事です。雨竜さん」
「二人が気を引いてくれたお陰ですよ」
バンバン背中を叩いてくる獅子島さん。
古川さんからも称賛の言葉が贈られた。
「ではお二人とも。先を急ぎましょう」
「なんでい。こいつを解体とかしないのか?」
獅子島さんが倒れたショットガンスネークを顎で指し示す。
「いえ。回収する事は出来ません」
「どうしてなんですか?」
「私達には今、リュックがないからです」
「あっ。……そ、そっか。そうだったな」
あの時に物資を全部失ってしまった。それはつまり。
物資を入れていたリュックも失ったって事だ。
俺達が今何かを持ち運ぶ為には、手を使うしかない。
けれど……ダンジョンで手を塞ぐ事は出来ない。
どこからかモンスターが飛び出してくるかもしれないから。
「残念ですが、今回は諦めてください」
「……仕方ないか。分かった」
「勿体ねえなあ。絶対に使い道があるんだが……」
俺達はその場に蛇の亡骸を置いて、湖へと急いだ。
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