第9話 作戦会議

 少々の謎を残しつつも朝食を終えて。

 俺達は『竜の巣』攻略の為の作戦会議を始めた。


「私はまず水を確保すべきだと考えています」


 最初に発言したのは――古川さんだ。


 軍人だから会議にも慣れているのだろうか。

 彼女の挙手は俺達の中で誰よりも早かった。


 ……それにしても水。水、か。


 攻略の為の会議で水が真っ先に議題に上がるのは不思議な気分だ。

 ニッポンにいると水は幾らでもあるように感じるからな。


「そうなるわな。けど、一応理由を聞かせてくれや」

「もちろんです。私が水を推す理由は三つあります」


 彼女は指を一本立てて言った。

 まずは一つ目、と。


「純粋に、私達の飲み水として必要だからです」

「まあそれは当然の話だわな」

「水がないと生きていけないですからね」

「はい。これは説明するまでもありませんね」


 彼女は指を二本立てて言った。

 次に二つ目、と。


「私達が今いる場所が『炎樹の森』だからです」

「ううむ? これはよく分からんな」

「“炎樹”の森だからって事ですか? でも何も問題ないですよね?」


 確かに一見、この森は燃えているように見える。まるで山火事の如く。

 けれど、実際にはただそういう不思議な特性を持った、ダンジョン特有の樹木が生えているというだけの話だ。樹々の炎が俺達に燃え移るような事故もない。


 しかし古川さんからするとまた違って見えるようで。


「はい! そもそもそれが勘違いなのです!」


 ビシッ! と。彼女は俺を指差して言った。


「勘違い……ですか?」

「どういうこった?」


 いいですか二人とも、と古川さんは言う。


「確かに『炎樹の森』は一見、何の問題もありません。普通の森との違いと言えば、樹々が燃えているように見える事だけ。葉の炎に触れても大丈夫ですし、森の中の気温が特別高い、という事もありません。少々眩しいのが問題と言えば問題ですが」


 ですが何よりも問題なのは、と彼女が続ける。


「『炎樹の森』内部にいる間、体内の水分消費量が高くなってしまう事です」

「つまりここに居ると水が飲みたくなるってえ事か?」

「うーん? 今のところそういった変化は感じてませんけど……」


 以前よりも水が飲みたくなった、って感じは特にはしない。

 岩場にいた時と比べてもほとんど変わらないと思う。


 ……いや。滞在時間がまだ短いから分からないだけなのか?


「いいえ。これは“普段よりも沢山の水が飲みたくなる”とか、そんな生易しい話ではありません。なにせ“『炎樹の森』にいる間、常時体内の水分が蒸発し続ける”という事実が確認されているのですから。この森に長居するのはあまりにも危険です」


 常時体内の水分が蒸発し続ける……? えっと、それは危険なのか?

 教えて貰っておきながらなんだが、正直どれほど危険なのか分からない。


 国家防衛軍が危険視するほどの事、なのか?

 なんだか大袈裟なように思えるけれど。


 ただ獅子島さんの方を見ると、彼もまた険しい表情をしていた。


「嬢ちゃん。それはどのくらいの速度だ? 人体への悪影響は?」

「一日で凡そ100ml程度、でしょうか。人体への悪影響については確認されていません。恐らくダンジョンの特殊性故なのでしょうが、現状理由は不明です」

「……そうかい。それなら直ちにマズいって訳じゃあねえな」


 う、うーん? つまり本当にどういう事?

 ただやばいって事だけは二人の言動からして分かるけど。


 俺が理解出来ていない事に気が付いたらしい。

 獅子島さんが話し掛けてきた。


「坊主。これは別に分からなくたって構わねえ。ただ、なるだけ早く水を確保する必要がある事と、あまりこの森に長居しねえ方がいいって事だけは覚えてくれ」

「なるほど! それなら俺にも分かります。教えてくれてありがとうございます!」


 俺がお礼を言うと、獅子島さんは苦笑いした。

 ……何故、俺は笑われたのだろうか?


「そして最後。三つ目です」


 三本目の指を立てながら。

 古川さんは言った。


「火山攻略には大量の水が必要になる、と防衛軍では考えられているからです」

「“大量の水が必要になると考えられている”? ハッキリしてねえのか?」


 古川さんの言葉に、獅子島さんが疑問を呈した。


 前二つは断言したのに、どうしてここだけ推測なのかと。

 確かにそれは俺も疑問に思った事だ。どうして、と。


 俺達の疑問に、彼女は苦い顔をした。


「えぇ、はい。ここだけ曖昧になって申し訳ないのですが、なにぶん国家防衛軍では火山地帯まで到達する事が出来なかったので、憶測でしか話せないのです」

「到達する事が出来なかった? 何か問題でもあったんですか?」


 国家防衛軍が到達出来ないって相当だぞ?

 それなりの何かがあるって事だよな。


「……えぇ。火山地帯の麓に、リザードマンが暮らす村がありました」


 リザードマンの村。苦虫を噛み潰した表情でそう口にした。

 それを聞いた瞬間、そうか! と獅子島さんが膝を叩いた。


「あれは連中の村だったのか! なんだってダンジョンの中に村なんぞがあるんだと疑問に思ってたが、これで疑問が解けた。ほら坊主、入り口で見えたあの村だ」

「ああ! あれがあいつらの村だったんですね。なるほど、それは攻略出来ない」


 流石に国家防衛軍でも手は出せないよな。あれだけの力を持つモンスターが村を作れる規模でいれば。幾ら彼らが戦闘のスペシャリストで、プロだとはいえ。

 奴らはたった数十匹で、その何倍もいた攻略隊を壊滅できるくらいなんだから。 


「そうか。それなら憶測でも仕方ねえな」

「リザードマンは厄介ですからね」

「確かな事を言えず、申し訳ありませんが……」


 謝罪の言葉と共に古川さんは頭を下げた。

 そんな彼女に俺と獅子島さんは頭を上げるように言った。


「しかしよ、それなら火山に水が必要だと考えた理由はなんなんだ?」

「それは……私も詳しく教えられてはいません。基本、ダンジョン攻略の際の作戦を考えるのは、私よりも上の立場にいる者ですから。ですが推測なら出来ます」


 彼女が言葉を続ける。


「上層部は火山地帯にも、『炎樹の森』のような特異な環境効果がある、と考えているんじゃないでしょうか。どちらにしても同じダンジョン内にある訳ですから」

「なるほどな。納得のいく話だ。ありがとうよ、嬢ちゃん」

「いえ。防衛軍の者として、攻略を行なう方への支援は当然の責務です」


 獅子島さんの感謝に、古川さんは謙遜した。


「とにかく分かった。まず水を確保すべきって嬢ちゃんの意見に賛成だ」

「俺も同じくです。ダンジョン攻略の為にも、ここは着実に行きましょう」

「……ありがとうございます。雨竜さん、獅子島さん」


 俺達が賛同すると、古川さんはホッと息を吐いた。


 しかしすぐに表情を切り替える。

 真面目な軍人としての表情へと。


「それでは、何処で水を確保するかについてですが――そうですね」


 そこまで言って話を止め。

 彼女は、何故か俺を見た。


「――雨竜さん。貴方は湖と川、どちらが好きですか?」

「え、え? 湖と川、ですか……?」


 いきなりそんな質問をされ、俺は戸惑った。


 何故急にそんな質問をしてきたのだろう。

 この質問に何か意味でも含まれているのか?


「難しく考えなくて結構です。どうか気軽に答えてください」

「それなら……湖の方が好き、です、けど……?」

「湖ですか。なら目的地はそちらにしましょう。構いませんか?」

「いいぞ。オレにはどっちを選んでも変わらねえからな」


 答えると、古川さんはあっさり目的地を決めてしまった。


「え、えぇー……? そんな決め方でいいんですか?」

「問題ありません。どちらにせよ危険度は変わりませんから」


 俺の質問に、彼女は非常に淡々と答えた。


 え、えぇ? そんな適当な決め方でいいのか?

 目的地を選ぶのってこう、どちらの方がより安全か。どちらの方が目的を達成するのに都合がいいかを丁寧に調べ、多くの時間を掛けて選ぶものだと思ってた。

 なのに……いいのか? 本当にこんな選び方で。


 いや、文句を言うつもりはないけどさ。


 それに――危険度? 危険度ってなんだ。


「危険度って。何か出たりでもするんですか?」

「はい。湖と川、それぞれを支配するヌシが出現するんです」

「――ヌシ!? ヌシが出るんですか!?」


 ヌシって、そんな事ある!? ゲームじゃないんだぞ!?


 そう思うも、古川さんは真剣な表情。

 茶化すような雰囲気は微塵も感じられない。


「ヌシって。一体どんなモンスターなんですか……?」

「そうですね……雨竜さんにも分かるように言えば、サラマンダーでしょうか」

「サラマンダー!? サラマンダーって、あのサラマンダーですか!?」

「はい。恐らく貴方が想像しているものとは違いますが」


 違うとは言うが、サラマンダーはサラマンダーだ。

 どんなタイプであっても間違いなく強敵になる。


 ――サラマンダー。火竜とも火の精霊とも言われる幻獣。


 元はヨーロッパにおける伝承の存在だ。そこから紆余曲折あって日本にも伝わり、様々な形にその姿を変えながら沢山のアニメや漫画、小説などの作品に登場し、大いに人々を楽しませてきた。知名度的にはドラゴンとも遜色がないかもしれない。


 しかし、それはフィクションにおけるサラマンダーの話。

 現実で出現するとなれば、かなりの脅威が想定される。


「なあ坊主。ちょっといいか」

「はい? なんですか獅子島さん」

「そのさらまんだー、ってのはどういう奴だ?」

「あー、獅子島さんは知りませんか」


 獅子島さんから尋ねられ、俺は頬を掻いた。


 確かに、サラマンダーが登場するのは基本的に娯楽作品だ。

 中には知らない人がいるのも無理はない事だ。

 過去においては、あくまで空想上の存在でしかなかったのだから。


 俺は彼に、サラマンダーの概要を教える事にした。


「いいですか獅子島さん。サラマンダーはですね――」

「ふむふむ。ほうほう。なるほどな――」


 凡そ一時間ほど。一通りサラマンダーについて話した。

 幸い彼は聞き上手で理解力も高かったから、そう時間も掛からずに俺の知る限りの事を教える事が出来た。

 むしろ、俺の方が説明力が足りなくて何度か止まってしまった。


「なるほど。そんなモンスターがいるのか」


 獅子島さんが古川さんを見る。


「だが、なんとかする方法はあるんだろう?」

「もちろんです。ヌシは対処法が確立されていますから」

「なら、なんにも心配する必要はねえな」


 そう言い切り。獅子島さんは腕を組みどっしりと構えた。


 な、なんて度胸と貫禄……!! 自分の知らないモンスターがいるのに一切恐れがないように振る舞うだなんて、一体どれだけの人生経験があれば出来るんだ!?

 真似させてもらおう。俺も将来は彼のような度胸のある人間になりたい。


「話さなければいけない事はひとまず話し終えましたね」


 ――幾らかの話し合いをした後、古川さんがそう切り出した。


 それに俺は“ん?” と感じた。もう終わりなのか、と。


「出発の準備は各自でし、30分後に改めて集まります。いいでしょうか?」

「オレは構わねえ」「俺は……少し質問をしてもいいですか?」

「もちろん大丈夫ですよ。疑問は今のうちに解消しておいてください」


 尋ねれば、柔らかい笑みと共に返答される。

 俺は素直にその言葉に甘える事にした。


「ではあの……これで本当に終わりなんですか? これじゃあ作戦会議というか、ほとんど情報共有じゃないですか。本当にこれでいいのかと疑問なんですけど……?」

「良い視点ですね。話をよく聞き、ある程度内容を理解してないと出ない疑問です」


 唐突に褒められ、“はぁ”。としか出てこない。

 いきなり褒められても反応に困る。


「確かに本来であればこんなものは作戦会議と呼べません。そもそも碌に作戦を考えてませんし、誰も案を出してませんから。しかし今回に限ってはこれで十分です」

「はぁ。それはどうしてなんでしょうか……?」


 今のところ、俺にはよく分からないが。


「理由は三つあります。第一に情報を私しか持っていない事、私達は出会いからまだ短く連携が十分に取れない事、そして目的自体はハッキリしている事、です」

「情報を持つ人が一人だけだから情報を共有して、連携が取れないから作戦を考える意味がなくて、それでもやる事だけは変わらないから関係ないって事ですか?」

「その通りです! よく分かりましたね。まだ詳しく説明していないのに」


 いや、分かったと言うか……そのまま言っただけと言うか。

 というか本当にこれだけなのか。本当の本当に?


「坊主。どうせダンジョンの情報はほとんどねえ。嬢ちゃんが持ってる情報だって、国が必死に掻き集めたもんだ。そんなちょっとの材料だけ使って頭こねくり回したところで上手くいく訳がねえ。ならここは一発、何も考えずに突貫してみるってのも立派に作戦の内だぜ。特に、オレ達みたいな寄せ集めの急ごしらえの部隊ならな。作戦なんてものは、敵の現物を一目拝んでから考えても十分に間に合うってもんよ」


 えー……いやいやいやいや。有り得ない。マジで有り得ない。

 そんな事をしてたら絶対に命が足りなくなるんだが。


 というか、獅子島さんってそういうタイプの人だったんだな。

 これまで割と賢い雰囲気を出してたから気付かなかった。


 しかし……本当にこのまま行く気か? 碌に作戦も立てないまま?


 心の内でわいわいがやがやと騒ぎ立てる。

 だが……そんな俺の心の叫びを拾ってくれる人はいなかった。


「雨竜さんにも理解していただけたようなので、これにて作戦会議を終了します。各自しっかりと準備をしてきてください。30分後を目途に再集合しましょう」


 それでは、解散! 古川さんがそう号令を掛け。

 ダンジョン『竜の巣』を攻略する為の作戦会議は終了した。

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