第7話 攻略の決意

「あんにゃろう。まだ上を飛んでやがる」

「あのドラゴン結構しつこいですね……」


 森に逃げ込んでからしばらくの時間が経ち。

 ドラゴンを警戒して俺達は今も森に隠れ潜んでいた。


 ――チッ。あいついつまでこっちを見ているつもりだ……?


 空にいるドラゴンを見ながら、俺は心の中で悪態を吐いた。


 あれから時間が経ったのに、ドラゴンは未だにこっちを見ていた。

 上空を旋回しながら、その黄金の眼差しを向けている。


 俺達が森に逃げ込んだ事で奴は一度帰ったはずだった。

 上空の何処を見渡しても姿はなく。ようやく飛び去って行ってくれたのか、と安堵して俺と獅子島さんは荷物を取りにキャンプへと戻ろうとした。


 しかし……奴は諦めてはいなかった。

 ただ俺達が隙を晒すのを待っていただけだ。


 森から出た途端、何処からともなくドラゴンが急襲。

 俺と獅子島さんは慌てて森へと引き返す羽目になった。


 結果。俺達は未だにドラゴンを警戒して森から出られない。


「これじゃあキャンプに戻る事すら出来ねえな」

「どうしますか。荷物はほとんどあそこですよ」


 持ってきた荷物は全部リュックの中だ。ここにはない。

 そしてキャンプにある以上、取りに戻る事も出来ない。


 今、俺達の手元にあるのはそれぞれの武器だけだ。


 まさかキャンプの設営直後に襲撃が起こるとか思ってなかったから、リュックはテントに置きっぱなしにしてあった。もしリザードマンやドラゴンが来る事を想定出来ていれば、いつ何があっても問題ないよう常に背負っておいたというのに。


 ドラゴンに見張られているから、岩場には戻れない。

 流石にドラゴンは戦う相手としては悪すぎる。

 物資を手付かずのまま捨てるのは惜しいけど、諦める他にない。


 物資と違い、命は失ってしまえば取り返しがつかないのだから。


「……仕方ねえ。しばらくはここで待機だ。奴さんがすぐに離れてくれりゃあ一度荷物を取りに戻って、そうでなければこの森の中でどうにか食いもんを確保する」

「……そうするしかありませんか。分かりました」


 獅子島さんの出した案は俺も納得のいくものだった。

 なので素直に頷き、大人しく休憩を取る事にした。


 それからしばらくして。


「――う、うぅん。私は……?」


 突然、女の人の声が聞こえてきた。

 しかしここには女性は一人だけ。


 目をやれば古川さんが起き上がるところだった。


「おぉ。起きたか、嬢ちゃん」

「よかった。目が覚めたんですね」

「貴方達は、一体? それに、ここは……リザードマンは……?」


 何処となく寝ぼけたような声。ぼんやりとした眼差し。

 古川さんは状況が上手く理解できないようだった。


 無理もない、と俺は思った。


 怪我の具合や姿が見えなくなる直前の状況から考えて、彼女が意識を失ったのは恐らくリザードマンとの戦闘の最中。絶賛キャンプが襲われている時の事だ。


 なのに意識を取り戻すと目の前に男が二人。リザードマンはいない。

 場所もキャンプから森の中へと大きく変わってしまっている。


 流石にたったこれだけの情報しかなくては状況を理解し切れないだろう。

 超高度なAIだってこれだけでは訳が分からないはずだ。


 それでも寝起きにも関わらず状況をすぐに把握しようとする辺りは、流石国家防衛軍に所属している軍人といったところ。俺にはとても真似できそうにないな。


「安心してください。俺達はダンジョン攻略隊のメンバーですから」

「嬢ちゃんが気ぃ失ってる間に色々起きたんだ。詳しく説明するとだな……」


 俺と獅子島さんは古川さんに現在の状況を詳しく説明した。

 微に入り細を穿つ、というほどではないけれど。

 それでも現状を正しく理解する事が出来る程度に細部まで気を配った。


「ドラゴン、ですか。私が気を失っている間にそんな事が……」

「攻略隊は壊滅。二度の襲撃で9割は死に、残りも散り散りになってます」

「嬢ちゃんは気ぃ悪いと思うがな。まあこれが現状ってやつだ」


 俺達から話を聞き終わった古川さんは――意外にも静かだった。


 痛ましいという表情はしていても、絶望している様子はない。

 仮にも今回のダンジョン攻略隊を指揮してたんだから、もうちょっと何かしら反応するかもしれないと思っていたけれど、思いのほか冷静に話を聞いていた。


 それだけで彼女を冷酷だと非難するつもりはないけれど。

 彼女も攻略隊を指揮した事で命の危険に晒されている訳だし。


「獅子島さん、雨竜さん。ありがとうございました。お二人がいなければ、私の命は既に無くなっていた事でしょう。改めて感謝をさせてください」

「オレは何もしてねえよ。感謝なら坊主にやってくれ。運んだのは坊主だ」


 獅子島さんのその物言いに、俺は困惑した。


 俺だって人として当然の事をしただけだ。

 感謝を押し付けられても困ってしまう。


「いやいやっ、俺も当然の事をしただけですから! そんな押し付けられても困りますって! 感謝なんてありがとうの言葉だけで十分ですよ! いや、ほんとに!」


 必死に弁解? すると、獅子島さんと古川さんは揃って噴出した。

 突然二人が笑って戸惑ったけれど……そのうち俺も笑った。


 おかしなものだ。誰かを助けて、感謝される。人として当然なそれらの行為をしたというだけで、こんなにも清々しい気分になれるなんて。たった数時間ほど前にまったく真逆の事を経験したばかりだから、余計にそう感じているのだろうか?


「それで……貴方達はこれからどうするつもりですか?」

「……さて。どうするかねえ。オレは元々、孫に平和な未来を残してやる為に攻略隊に志願した人間だ。だいぶ長い事生きてきた。今更死ぬのが怖いだなんて抜かすつもりはねえが、かといって無駄死にしたいとも思わねえ。悩んでる最中だよ」

「そうですか。では――貴方は?」


 古川さんの目が俺に向けられる。綺麗な琥珀色の眼差し。

 その眼にほんの少しだけ、引き込まれるような感覚を覚えた。


「俺は……このままダンジョンを攻略しようと思っています」


 俺の発言に獅子島さんが大きく口を開けた。

 古川さんも目を見開いている。


「坊主……お前さん本気か!? 本気で攻略を目指すつもりか!?」

「雨竜さん……その道はとても険しいものになりますよ」

「分かっています。……けど、俺にはきっとこの道しかありませんから」


 攻略隊のメンバーがダンジョンから脱出する方法は三つある。


 一つ目は、死体となってダンジョンから運び出される事。


 これはある意味最も想定されている脱出方法だ。なにせ平たく言ってしまえば、ダンジョン攻略隊の人間とはダンジョンを鎮める為に選ばれた生贄なのだから。

 初めから死ぬ事が前提で、それ以外は最初から度外視されているのだ。


 二つ目は、モンスターを一定数倒したと認定される事。


 こちらも一応は想定されている方法だ。当然と言えば当然である。


 元々、ダンジョンを鎮静化させる為に必要だとされたのはダンジョン内部でのモンスター又は人間の死だ。他に手段がないから仕方なく現在の状況になっているが、こちらが達成できるなら達成してくれた方が政府だって嬉しいに決まっている。

 彼らも好きで大勢地獄に送っている訳じゃない。残念ながら達成者は多くないが。


 そして最後。三つ目は――ダンジョンを攻略する事だ。


 これはそもそも想定すらされてない。現状、不可能だと考えられている。


 ダンジョン発生から50年。ニッポンは攻略の為に多くの事を試みてきた。

 大量の軍人を送り込むだけではなく、爆薬を使って破壊を試みたり、空から爆弾を投下して破壊を試みたり、大量の水を送り込んで水没させようとしたり、下に空洞を作って土台から崩壊させようと考えてみたり。その他にも様々な事を試してきた。


 なのに――ダンジョン一つすら攻略する事が出来なかったのだ。


 そんな経緯から、政府の人間はダンジョンの攻略を諦めている節がある。

 あれだけの事をしても攻略する事が出来なかったのだから、例え今後もダンジョンが攻略出来ずとも、それは仕方がない事なんだ、と。


 直接会った事がなくても、そんな雰囲気は感じ取れる。


 だから端から民間人がダンジョンを攻略出来るとは期待してないはずだ。

 仮に誰かが攻略隊でダンジョンを攻略してみせるなんて言えば、鼻で笑われるに違いない。精強な軍人でさえ攻略出来なかったのに、戦闘のイロハすら知らないまったくの民間人……それも社会不適合者と呼ばれる連中が攻略出来る訳がない、と。


 二人が俺の言葉に耳を疑うのは当然だ。

 自分の事じゃなければ俺もきっと同じ反応をした。


 けれど……ここしかないと思った。今、この時しか。


 俺はニート。社会の役立たずとされた人間だ。


 別にそれ自体に何かを思った事はない。

 社会の役に立っていないのは単なる事実だから。


 ただ……このままでいいのか、と考える事はあった。


 ダンジョンの出現。繰り返されるモンスター達のスタンピード。

 たった50年の間にかつてとは比べるべくもない無残な状態に変わり果ててしまった祖国ニッポン。その片隅で生きていながら、このままで本当にいいのか、と。


 これはきっと機会なんだ、と俺は思った。

 俺が変わる為の人生の転機なのだと。


 ダンジョンに入ってから俺の身体能力は上がり続けている。

 これが何なのかは分からない。原理だって不明だ。


 だがこの力を使えば、ダンジョンを攻略できるかもしれない。

 漠然と生きていたこれまでの自分と決別できるかもしれない。


 こんな俺であっても――誰かの役に立てるのかもしれない。


「だから――俺はダンジョンを攻略してみせます」


 俺はそう二人に宣言した。


 語っている間、二人は静かに聞いてくれていた。

 獅子島さんは難しい顔で腕を組み、古川さんは目を閉じて。


「……そうか。そこまで考えての決断かあ」


 獅子島さんが口を開く。


「ならオレは何も言わねえ。お前さんの人生だ、好きにやりゃあいい。それに――男が覚悟決めてやるっつってんだ。なら先達として、協力くらいしてやらにゃあな」

「獅子島さん……」


 俺と獅子島さんの視線が古川さんに向く。


「……人生を掛けた挑戦、という事ですか。これを止めるのは無粋ですね」


 彼女の瞼が開かれる。

 琥珀色と視線が重なる。


「分かりました。そういう事なら私も貴方の決意を尊重します。リザードマンとの戦闘では不覚を取りましたが、この身は国家防衛軍の所属。役立てる事も多いかと」

「古川さん……」


 胸が熱くなった。感動で口から言葉が出てこない。


 ダンジョンの攻略なんて絶対に出来ないと言われて当然の戯言だ。口にしても否定されて当たり前。笑われても仕方ないくらいに現実味の無いお花畑の発想。


 なのに二人は笑わず、協力するとまで言ってくれた。

 二人の期待に応えたい。そんな気持ちが俺のに芽生えていた。


「ありがとうございます、獅子島さん! 古川さん!」

「いいってことよ。若造の背中を押すのはジジイの特権だ」

「ダンジョン攻略は国家防衛軍の使命でもありますから」


 頭を下げ、目一杯の心を込めて感謝を告げた。

 すると何でもない事のように二人は返してくれた。


「では今後の方針が決まったところで、今日はもう休みましょう」


 俺の決意表明が終わった後。

 古川さんがそんな事を言った。


「うん? それはちょい早いんじゃねえか? まだ日も高えぞ」

「ダンジョン内では外と違って日が沈みませんから。太陽の位置以外の方法で時間を計る癖を付けておかないと、簡単に生活リズムが崩れてしまいますよ」

「そ、そうだったんですか!? 知らなかった……」

「太陽が沈まねえだって? そりゃまたけったいなこった」


 ダンジョンにはそんな変わった特性があったのか。

 そういう情報は出回ってなかったから知らなかった。


「時間の経過から考えて外はもう夜間のはず。今日はもう休息を取った方がいい。無理はよくありません。本格的な攻略は明日から始めるべきです」


 古川さんはそう主張した。


「そうかあ。夜なら寝ない訳にはいかねえな。なあ、坊主?」

「そうですね。ダンジョンを攻略する為にも英気を養わないとですから」


 俺の答えに、獅子島さんは頷いた。


「よし! じゃあ今日はもう寝て、明日から改めてダンジョンの攻略だ! まだまだ明るいからって夜更かしするんじゃねえぞ?」

「しませんよ。ダンジョンなのに……」「そもそもここに娯楽などないでしょう」


 古川さんと俺はは同時に獅子島さんの言葉を否定する。

 わはははははは! と彼は大口を開けて盛大に笑った。


 明日の探索の備える為、俺達はいそいそと寝る準備を行なった。





「そういえば古川さんって」

「はい? なんですか」

「攻略隊を指揮してた時と口調が違いますよね」

「ああ……あれは上官用の口調ですから」

「そんなものがあるんですか」

「軍隊ではよくある事ですよ」

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