第3話 宝石と欲望
突然上がった雄叫び。緊迫の空気に包まれる攻略隊。
駆け付ける古川さんの後を、俺達は慌てて追い掛けたが……。
「うぉおおおおおっ!! 宝石の山だぁ!!!」
辿り着いた岩場では攻略隊メンバーの男が歓声を上げていた。
男の目の前には――それはそれは見事な宝石の山があった。
ルビー、エメラルド、サファイア、ダイアモンド、トパーズ等々。
沢山の宝石がまるで無価値な石ころのように転がっている。
それだけではなく、近くの岩々にはその他にも沢山の宝石が露出していた。その総数はとても数え切れないほど。仮にここにあるもの全てを売れば一体幾らになるのかなど、宝石とは一切縁のない生活を送って来た俺には、まったく予想が付かない。
どうやら男は、それらの宝石を見つけた事で大騒ぎしていたようだ。
「なんでい。宝石を見つけただけかい」
「なんて人騒がせな奴だ……」
俺と獅子島さんは、揃って呆れるしかなかった。
ダンジョンに財宝があるのは常識だからだ。
財宝が最初に発見されたのは、ダンジョンが発生し始めてまだ初期の頃。
発見者は政府が送り込んだ調査隊。当時一切が謎に包まれていたダンジョンから僅かながら帰還した者達の報告書に、財宝があった、という記述が発見されたのだ。
もちろん、報告を受けた政府がすぐにそれを信じた訳じゃない。
ダンジョンとは突如として各地に出現した謎の洞窟だ。
とはいえ場所自体はニッポンの領土内であり、歴史的に見てそれらの場所に財宝と呼べるほどの何かが埋まっていた可能性はとても低い。だから初めの内は調査隊の人間が虚偽の報告をしたか、あるいは幻覚でも見たのだろうと判断された。
その頃は未帰還率も高かった為、余計にそう判断されてしまった。
しかし……帰還する調査隊が増えた事で状況は一変する。
全てのダンジョンから財宝を見つけた、という報告が上がってきたからだ。
当時の政府は、積極的に財宝が見つかった事を国民へと公表した。
その頃はまだ被害が国民にまでは及んでいなかったとはいえ、国家防衛軍には既にかなりの損害が出ており、それに伴って国全体の空気も悪くなりつつあった。そんな状況になる事を嫌がった政府が、雰囲気を一変させる為の材料として使ったのだ。
結果、ニッポン中が大盛り上がりした。
財宝を獲得すればまたニッポンの景気は上向く!
高度経済成長期のような好景気を手に入れられる! と。
まあそんな淡い期待は、被害の拡大と共に消えていった訳だが。
何故ダンジョンで財宝が見つかるのかは一切分かっていない。
一説には“欲望を煽って人間を誘き寄せ、モンスターやダンジョンそのものの養分にする為だ”。なんて話がまことしやかに囁かれているが、どうなんだろうか。
まあニッポンは現在、一般人のダンジョン侵入を強く規制している。
大多数の者達にとっては関係の無い話だ。興味はあるだろうが。
ただし、ダンジョン攻略隊に選ばれた人間にとっては話が違う。
なにせ攻略隊は政府公認の元、ダンジョンに入る事ができるのだから。
つまり財宝を見つけ、持ち帰るチャンスがあるという事だ。
政府は公式の見解として、持ち帰った品々を相場で買い取る事を約束している。
当然、命の危険はある。政府の発表によれば、攻略隊に選ばれた民間人の内、生きてダンジョンから出てきた数は全体の凡そ1%ほど。五体満足の者に限ると更に数は少なくなり、精神疾患を発症した者も除けば最終的には雀の涙ほどしか残らない。
しかしそれでも一気に億万長者になれるというのは夢のある話だ。
大金持ちの誘惑から逃れられる人間というのは、そう多くない。
攻略隊に選ばれながらも逃げる者が少ないのは、実はそれが理由でもある。
「おい! その宝石俺にも寄越せ!」
「あっ、ずるいぞ! 俺も貰う!」
「早い者勝ちでいいだろっ!」
「てめえらやめろ! これは全部俺のもんだ!!」
「お前達やめろ! メンバーどうしで争うんじゃない!」
俺達が呆れている間に他のメンバー達も集まってきた。
転がっている宝石を採り、リュックに入れ始める。
最初に宝石を見つけた男は他の者達を追い払おうとするが、何百人といる攻略隊メンバーを一人で相手取れる訳もない。すぐに奪い合いの様相を呈し始めた。
すると慌てた男も自分の分を確保しようと、落ちている宝石を手に取り始める。
み、醜い……あまりにも醜い。まるで死体に集る蛆の群れだ。
いや。蛆はあくまでも本能に従って生きている。彼らが死体に集るのは、そうする方がより効率よく栄養が得られる事を、長い進化の過程で学んできたからだろう。
その点、今目の前に広がっている光景はどうだろうか。
人間は進化の過程で知性を獲得し、より多くの仲間達と助け合えるように想像力と共感性を磨いてきた。なのに宝石を奪い合う彼らに助け合いの精神は見られない。如何に自身の利益を最大に出来るか、それのみを考えて行動している。下手に知性を持ち得てしまっている分、俺には蛆よりも彼らの方が遥かに醜く感じられた。
古川さんが彼らを諫めようとしているが、止まる気配はまったくない。
「坊主、お前さんは宝石を採らんでいいのか?」
「俺はいいです。……あれと一緒になりたくはないので」
「まあ、確かになあ。あれはねえよな」
宝石を奪い合う連中を見て、獅子島さんは嘆息した。
そんな彼を尻目に、“それに……”、と。俺は言葉を続けた。
「あの宝石の山を見ていると、嫌な予感がするんです」
「嫌な予感? ……というと、どんなのだ?」
「なんかこう、不倶戴天の天敵の縄張りに入ってしまったような、天敵の逆鱗に手を出す愚か者に気付いていながら見過ごしているような、そんな不穏な予感です」
「随分と具体的だなあ。その逆鱗ってのは、もしやあれの事か?」
獅子島さんの視線の先には、宝石を盗り合う連中の姿。
俺はさあ……、と。言葉を濁した。
実際この感覚がなんなのか、俺自身にもよく分かっていない。
宝石を視界に入れた瞬間から、頭の中でガンガンと警報が鳴り始めたからだ。周囲には今のところ、目に見えるような危険が一切ないのにも関わらず、だ。
この警報が一体何なのか。それは俺自身が一番知りたい。
少なくともニート生活中、こんな感覚を覚えた事は一度だってない。
「……念の為、あいつらからは遠ざかっておくとしようや。杞憂なら構わねえ。ただもしお前さんの嫌な予感が本物だった場合、あいつらは何かやべえ奴の逆鱗に触れているらしいからなあ。オレ達はとっとと逃げ出せる距離にいたほうがいい」
獅子島さんのその提案に、俺は一も二もなく頷いた。
提案を否定する理由は特になかった。
そうして、俺達は宝石に集っている連中から距離を取った。
周りを見れば同じよう距離を取っているメンバーがチラホラ見られる。
全体の一割から二割、といったところだろうか。
俺達と同じ考えを持っていた人間がこれだけいた事を喜ぶべきか、それとも自制心のある者がそれだけしかいなかった事を嘆くべきか。ちょっと難しいところだ。
「こりゃあまずい。出だしから分裂仕掛けとる」
「攻略隊は社会不適合者の集まりですし、当然と言えば当然では」
「だからといってこれじゃあな。元から低い生存率が更に下がっちまうぞ?」
「大丈夫です。元から他人を戦力に数えてはいませんから」
おいおいそりゃねえだろう、とちょっと呆れ気味の視線。
つー、と。俺は獅子島さんから視線を逸らした。
いや仕方ないじゃないですか、と心の中で誰にともなく言い訳をする。
彼らが社会不適合者なら、俺だって立派な社会不適合者。他人と協力するスキルなんて持ち合わせていないのだから。そんなスキルを持っていたなら、きっと今頃はどこにでもいる一般人として仕事していた。
言い訳を心の中でしか出来ない所が、社会不適合者たる所以なんだろうけど。
それが分かっていたところで、直せるかどうかはまた別の話だ。
「まあ坊主の考えだからオレがとやかく言う事じゃねえが……さりとて。このままだと攻略隊そのままがバラバラになっちまう。なんとか最低限の連帯くらいは維持してほしいもんだが、あの軍人の嬢ちゃんはこの状況を何とかできるのかねえ?」
「望み薄だと思いますよ。見たところ話すら満足に出来ていないので」
「……だよなあ。しゃあねえ。オレらはオレらで生き残る方針を固めようや」
分かりました、と獅子島さんからの提案に頷き。
彼と一緒に自分達のテントへ戻ろうと足を向けた――その時。
「ひっぎゃぁああああああっ!?!?!?」
凄まじい悲鳴がキャンプ全体に響き渡った。
「今度はなんだあ!?」
「…………!?」
俺達は咄嗟に悲鳴のした方向を見て――そして絶句した。
『――――!! ――――!?』
『――ッ!? ――――――ッ!!!』
シュルシュルと口元から飛び出す長い舌。ギョロリとこちらを睨み付ける黄色い縦長の瞳孔。体躯は凡そ2メートル。紅色の鱗が全身を覆い、プロのボディビルダーすら一目で両手を上げてしまいそうなほど隆起した筋肉がその巨体を支えている。
――異形の怪物。異世界の化け物。
そうとしか言いようがないトカゲの亜人がキャンプに攻め込んでいた。
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