第2話 別世界
「遅れずに付いてこい! 逸れたら置いて行くぞ!」
薄暗い洞窟。先頭を歩く古川さんの後に続く俺達攻略隊。
歩く速度はかなり早い。ハイペースと言ってもいい。攻略隊なんて元々命を度外視した部隊ではあるが、このペースは大分まずいんじゃなかろうか。
少なくとも、ニート生活をしていた俺にはかなりキツイ。
……それはそれとして。一緒に潜るのは古川さんだけなんだな。ダンジョン前広場には結構な数の国家防衛軍の軍人がいたはずなのに。
もしかして他の軍人は俺達が逃げるのを防ぐ為の監視だったりしたのか?
まあなんでもいいけどな。
俺は逃げるつもりなかったし。
「よお坊主! 大丈夫か?」
「うぉおおお!?」
そんな事を考えながら歩いていると、突然後ろから叩かれた。
背負っているリュック越しだったから痛みは無かったけれど、あまりの衝撃につんのめりそうになった。俺の体幹があとちょっと悪ければ倒れていた。
振り返ると、俺を見て笑っている老年の男性が一人。
「……あんたは?」
「オレか? オレは獅子島重蔵ってんだ。坊主は?」
「俺は雨龍景……です」
「そうか! よろしくな坊主!」
わははは! と豪快に笑う男性――獅子島さん。
バシンバシン背中を叩かれている。痛い。
「な、なんの用ですか?」
「なに、随分若いのがいるのが気になってな」
「……なる、ほど?」
確かに、俺ほど若い奴が攻略隊にいるのは珍しいかもしれない。
攻略隊に選ばれるのは基本、社会の役に立たないと判断された人間だ。
例えば仕事をしていない人間だったり、重大な犯罪を犯した者、他者とのコミュニケーションに致命的な欠陥を抱えている者、地域社会に対して極めて不快な何かを齎した人間、他には老害と呼ばれる人種もかなりの確率で選ばれる。
つまり、選ばれるのも止む無しと思われるような連中ばかりになるのだ。
その点、若い人間というのは選ばれにくい。
若い人間が役に立たなくても仕方ない。人生経験が浅いのだから。
そう判断されやすく、評価基準も甘めになるのが常だからだ。
単純に若い人間ほどこれから国に貢献する期間が長い、というのもある。
「坊主はまた随分と若いな。何したんだ?」
「何もしなかったからここにいるんですよ。ニートですから」
「ニートか! なるほど、運が悪かったんだな!」
「ほっといてください。自分でもそう思ってるんですから」
「そりゃ悪いな! わはははははは!」
運が悪い。まさにその通りだ。俺は運が悪いからここにいる。
ニートがダンジョン攻略隊に選ばれるってのは知っていたが、実のところ優先度がそんなに高くはないってのは割と知られている話だ。
だって働いてないだけだからな。社会への影響はそんなに大きくない。
ニートをダンジョンに送り込むくらいなら、犯罪者や悪徳政治家を送り込んだ方が社会の健全化が進むというものだ。ニートは放っておいても害はないんだから。
それに、俺はまだ20代になったばかり。
年齢から考えても選ばれる確率は低かった筈だ。
なのに選ばれたんだから、運が悪いとしか言えない。
「獅子島さんはどうしてここに?」
しかし、彼が……獅子島さんがここにいる理由もよく分からない。
見たところ老害って感じはしないし、もちろんニートにも見えない。何かしら犯罪をした可能性もあるけど……こんなに明るい犯罪者がいるのか?
犯罪者って誰も彼も暗い雰囲気を纏ってる、みたいな印象があるけど。
「オレは志願してきたのよ」
「志願、ですか?」
「あぁ。孫に少しでも平和を残してやりたくてなあ」
笑みを浮かべつつ話す獅子島さん。
なるほど。志願。志願、か。
そういう制度があるのは知ってた。
実行した人は初めて見たけど。
でも……考え方次第ではアリなのかな。
ダンジョンは未だに未知な部分が大きい。
自分が潜れば何か見つけられるかもしれない。
ダンジョン攻略への鍵が見つかるかもしれない。
それが平和への道に繋がるかもしれない。
そう考える人が出てくるのは、俺にも分かる。
家族の平和の為にあえてダンジョンに潜る人もいるだろう。
今のところダンジョンに入って無事に生きて出られる確率が極めて低いから、わざわざ志願する人なんていないと思っていたけれど。
あとは……自分が潜れば大切な人は潜らずに済むかも、とか?
「家族の事が好きなんですね」
「そりゃ当然だ! なにせオレの家族だからな!」
再びわははは! と大笑いしている。
うん。いい人だな、この人は。
攻略隊は全体的にどんよりと暗い雰囲気に包まれている。
当然だな。高確率で死ぬと分かっているんだから。
だから明るい雰囲気のこの人がいてくれるのは本当に有り難い。
俺自身、明るい性格だとはとても言えないからな。
その後の道中、俺は獅子島さんと話しつつ歩き続けた。
「ぜんたーい、止まれ! ――目的地に到着したぞ」
古川さんの号令で攻略隊が足を止める。
なんだ? 前の方がざわついてる?
「ようこそ『竜の巣』へ。ここが諸君らがこれから過ごす事になる世界だ」
獅子島さんと一緒に前に行くと、古川さんが丁度そう言った。
その声を聞き、俺も彼女の先へと視線を向けると――
「ははっ。すごいなこれは」
――思わず笑みを浮かべていた。
俺の眼には4つのエリアが見える。
俺達がいる高台のすぐ下にある広い岩場。
岩場の先にある紅い樹々が生い茂った樹海。
樹海の先には人が住んでいそうな村もある。
村の更に奥には激しく活動する火山。
そして火山の中腹には――荘厳な神殿が建っている。
さっきまで洞窟だったのに見上げると澄み渡る青空が広がっていた。
しかもその空を、本物のドラゴンが悠々と飛んでいた。まるで己こそが空の王者であると全身で主張するように、遥か下にある大地を睥睨している。
まさに異世界。ダンジョンが別世界という噂は本当だった。
「こりゃすげえなぁ。なあ、坊主」
「そうですね、本当に」
獅子島さんが感嘆の息を漏らす。
俺も彼の言葉に共感した。
言葉も出ない、というのはこの事を言うんだろうな。
「孫にもこの景色を見せてやりてえが……」
「なら見せてあげればいい」
「見せるったってなぁ……」
「次はカメラを持ち込んで写真を取ればいい。簡単でしょう?」
俺の言葉に、獅子島さんは少しの間呆然としていた。
しかし――すぐに破顔した。
「そりゃいい! 今回を無事に生き延びて、もう一回ダンジョンに潜って、また無事に生き延びる。確かにやる事はこれだけだ。なんだ、思ったより簡単だな!」
わははは! と笑いながらバシンバシン背中を叩いてくる。
その姿を見て俺は、……ふぅ。と安堵の溜息をこぼした。
孫にもこの景色を見せてやりたい。そう言っていた時の獅子島さんは、なんだか自分の死を受け入れているような嫌な雰囲気があった。
――この人に暗い雰囲気は似合わない。
まだ短い付き合いしかないけど、俺はそう感じた。
だから挑発的な言葉を投げ掛けた訳だが……正解だったみたいだ。
獅子舞さんはすっかり調子を取り戻してくれた。
「そら、岩場にキャンプを作るらしい。遅れんうちに行こうや」
「分かりました。行きましょう」
「この岩場にはモンスターがほとんど出ない事が、これまでの調査によって確認されている。とはいえ警戒は常に怠らないように。ダンジョンはあくまでモンスターの領域だ。突然襲ってくる事も有り得る。油断すればあっさり命を落とす事になるぞ」
古川さんの忠告を頭に入れながらキャンプを設営する。
「坊主、テントの張り方は分かるか?」
「いえ。キャンプとかした事がないので……」
獅子島さんの質問。俺は首を振った。
テントを張った経験なんて一度もない。
手順も何もまったく分からない。
「ならオレが教えてやるよ」
けど幸い彼は経験者だったらしく、やり方を教えてくれる事になった。
こうして……こうして……こうだ! と見本を見せてもらいつつ、慣れない作業をゆっくり丁寧に進めていく。そして時間を掛け、何とかテントを張り終えた。
「ありがとうございました、獅子島さん!」
「なに、いいってことよ」
周りを見れば、俺達以外も大体テントを張り終えていた。
他の人達も協力して作業を行っていたようだ。
「よし、大体張り終えたな」
全体を監督していた古川さんが頷く。
「では――「う、うぉおおおおおっ!!!」――なにがあった!?」
突然響き渡った声。即座に古川さんが走り出す。
俺は獅子島さんと顔を見合わせた。
そして状況を確かめる為、すぐに古川さんの後を追った。
声がした場所にあったものは――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます