第3話:帰れなくても君が好き

 「えっ!? 市原さん!? 大丈夫ですか?!」


 僕、仁礼にれただしの自宅の玄関にはさっきまで一緒に居酒屋で食事をしていた女性、市原いちはら紅葉もみじさんがずぶ濡れで立っていた。


 「うん……大丈夫では、ないかな」


 ヘヘッと市原さんは笑う。後ろではすごい雨音が続いている。


 「とりあえず中入って! これ使ってください!」


 僕は市原さんを家の中に招き入れ、バスタオルを渡した。市原さんは「ありがとう」と言ってタオルを受け取り、髪や体を拭き始めた。市原さんのトレードマークであるふわふわの茶髪は水を吸って見る影もなかった。


 「いや〜、仁礼くんの家、出た瞬間に降られちゃってさ。もーびしょびしょ」


 タオルで全身を拭きながら市原さんは笑う。


 「ごめんなさい、僕のこと家まで送ってたから……」


 市原さんは居酒屋で潰れかけていた僕を家まで送ってくれていた。僕を送っていなければ、今頃市原さんは自分の家に着いていただろうに。そう思うと申し訳なくて仕方がなかった。僕のしおらしい態度を見て、市原さんはニヤつく。


 「う〜ん、そうだねえ。そんなに申し訳ないと思ってるなら、お願い聞いてもらおっかな〜」

 「はい! できる限り言うことを聞きます!」


 失敗をチャラにしたい思いで僕は元気よく答えた。市原さんはまだニヤニヤ笑っている。……あれ、これもしかして失敗した?


 「じゃ〜あ〜、今日は仁礼くんの家にお泊りさせてくださ〜い! これくらいならお願い、聞いてくれるかな?」


 お泊り? あれ、お泊りってなんだっけ? 自分の家以外に泊まることじゃなかったっけ? それってこんな簡単にしていいんだっけ? そもそもお泊りって付き合ってない男女でしていいんだっけ?


 僕の頭は疑問符でいっぱいになった。僕が混乱していると体を拭き終わった市原さんが靴を脱いで家に上がってきた。


 「じゃ、おじゃましまーす。まずはお風呂だね。仁礼くん、お湯ためていい?」

 「あっ、はい。浴槽の栓閉めてそこのボタン押すと自動でためてくれます」

 「OK〜」


 市原さんは風呂場に入り、浴槽の栓を閉めて、給湯器のボタンを押した。「お湯はりをします」というアナウンスの後に、ジャーという音が家中に響き渡る。イヤ、待て待て! そうじゃないだろ!


 「ちょっ、市原さん! 何勝手に上がってるんですか! あと何勝手にお湯はりしてるんですか!?」

 「あっ、仁礼くんシャワー派? ちゃんと湯船に浸かったほうがいいと思うよ?」


 市原さんはリビングに向かう足を止め、振り返って僕に答えた。いや、湯船に浸かる派、シャワー派の違いで怒ってるんじゃないんだけど……


 「違いますよ! 何勝手に上がってるんですか!!」

 「ああ、そっち」

 「そっちに決まってるでしょ?! 僕、泊まっていいって言いました?!」


 市原さんは「う〜ん」と顎に手を当て考える。僕は絶対に言ってない。……あれ、言ってないよね? 酔った頭では記憶がちょっと曖昧だ。


 「えっと、たしかに何も言ってないね。お湯はりの方法は教えてくれたけど」

 「そうでしょう! だから家に勝手に入らないでください!」


 よし! 良かった。言ってない。


 「じゃあ改めてお願い。今日一日、仁礼くんの家に泊めてください」


 市原さんは丁寧に頭を下げた。


 「申し訳ないですがダメです。付き合ってもいない男女が一晩を過ごすなんて……傘はお貸ししますので今日のところはお引き取りください」


 僕はビシッと市原さんの申し出を断る。市原さんはちょっと残念そうな顔を……あれ? してない。むしろニヤニヤが増してる? そう思っていると、市原さんが大げさな動きで語りだした。


 「ああ! 仁礼くん! なんて冷たいの? 雨に濡れた私に『傘を貸すから出ていけ!』なんて……こんなに強い雨風の中、傘があってもきっと濡れてしまうわ! このままでは風邪をひいてしま……」


 セリフの途中で市原さんは「クチュン」とくしゃみをした。わざとだ。こんなタイミングよくくしゃみが出るはずがない。とはいえ、彼女の言うことにも一理ある。この雨の中、濡れた服を着せたまま彼女を帰すのは忍びない。仕方ない。ここは僕が妥協しよう。


 「はあ、わかりましたよ。雨が弱くなるまでここで雨宿りしていってください。それから、服も僕ので良ければ貸しますから、お風呂で温まっていってください。これで満足ですか?」

 「うん! ありがとう! それじゃあ私、お洋服選んでるね!」


 そういって市原さんはリビングへと向かった。せめて濡れた靴下は脱いでほしいな。……ん? 『お洋服選んでるね』? そのセリフの真意がわかり、僕は急いで市原さんを追った。市原さんはクローゼットの扉に手をかけ、まさに開けようとしているところだった。


 「わー! 何勝手に人の家のクローゼット開けようとしてるんですか!?」

 「だって、服……」

 「こっちで選びますから、廊下で待っててくださいよ!」

 「でも、仁礼くんの服、私に合うか、ふふっ、見たいし……」


 市原さんはこらえきれずに笑い出す。やっぱりこれが狙いだったのか。彼女の目的は僕のクローゼットからあるものを探し出すこと。あるものとは、僕が女装しているときに使っているお洋服たちだ。


 僕には変わった趣味がある。フリルのついた可愛い服が大好きで、たまにそういう服を着て外出している。こんな趣味、誰にも言えないと思っているので、バレないように細心の注意を払って外出していた。


 しかし、最近市原さんに女装姿を見られてしまったのだ。彼女が見つけた僕が女装しているという証拠はどれも決定打に欠けるものばかりなので、今まではなんとか誤魔化せている……はずだ。


 だが、クローゼットの中を見られたら全部おしまいだ。クローゼットの中にはゴスロリ、ワンピース、ヘッドドレス、リボン……およそ成人男性の部屋に似つかわしくない服たちがズラリと並んでいる。これらの服を市原さんが見れば「あ〜、やっぱり仁礼くん女装してたんだ! じゃなきゃクローゼットの中に女の子の服、こんなにいっぱい入ってないもんね〜」とでも言われるだろう。クローゼットの中が見られることだけは断固阻止せねば。


 「とにかく! 服は僕が選ぶんで廊下に行っててください! というか濡れた靴下で歩き回らないでくださいよ!」


 僕は叫ぶ。その必死さが面白いのか市原さんはくすくす笑っている。


 「うん、ふふっ、わかった……廊下で、ハハッ、待ってるね」


 そういって市原さんはリビングから出ていった。彼女は終始笑いをこらえきれていなかった。どんだけ今のくだり面白かったんだよ……今はいない彼女にツッコミをいれた。僕はクローゼットを開け、彼女に渡す服を見繕う。


 う〜ん、レディースのお洋服たちは貸せないから、貸すのはジャージかスーツになるな。よし! このドクロが描いてあるTシャツと大学の実習で使ってるジャージにしよう! 下着は……自分でなんとかしてもらおう。

 そう考え、僕は洋服ダンスから服を取り出す。男の子っぽいと思って買ったが全く着ていないドクロのTシャツが「お久しぶりです!」と喋りかけてきた気がする。きっと疲れているのだろう。


 ピロピロピロリン お風呂が湧きました


 どうやらお風呂のお湯がたまったようだ。僕は市原さんに服を渡すべく廊下に向かった。市原さんは僕の言いつけ通り濡れた靴下を脱いで廊下で大人しくしていた。


 「市原さん、はい。今日はとりあえずお風呂から出たらこれを着てください。バスタオルは洗濯機の上の収納スペースにあるので使ってくださいね。洗濯物は洗濯機の前の洗濯かごに入れてください。後で洗濯するので」

 「うん。わかった」

 「じゃあ僕はロフトにいるので、お風呂から出て着替え終わったらメッセージください。洗濯始めるので」


 僕の家には脱衣所がない。お風呂から出たら廊下で着替えたりするしかない。しかも廊下とリビングの間にはドアがない。すなわち、リビングから廊下を見るとタイミングによっては市原さんの生まれたままの姿を見てしまう。本当に今日ほどロフト付き物件で良かったと思うことはないだろう。これであらぬ疑いをかけられずにすむのだから。


 「ありがとう。めっちゃ気ぃ使ってくれるね」

 「いえ、これは一種の自己防衛です。あなたが『裸を見られた!』と騒げば、それがウソでも僕はおしまいですから」

 「……そっか」

 「ええ、では先程言った通り僕はロフトにいるので、準備ができたらメッセージください」


 そう言い残して、僕ははしごを登りロフトに上がった。


――――


 自分がじっと見られている感覚で目が覚めた。どうやらロフトで横になり、そのまま寝てしまったようだ。あ〜、やっぱりお酒はキライだ……自分の不出来をお酒のせいにした後で起き上がろうとする。そういえばこの見られている感覚はなんなのだろう? 僕は目を開け、辺りを見回そうとした。しかし、見回すまでもなく視線の主は僕の目の前にいた。市原さんが眠っている僕に覆いかぶさるようにして上から僕の顔をじっと見ていたのだ。


 「うわっ! 市原さん! 何してるんですか!?」


 驚く僕をよそに市原さんは、さも当然のように話し出す。


 「だってえ、メッセージしても仁礼くん全然見てくれないしい、あんなにお酒飲んでたからなにかあったのかな〜って思って、見に来ちゃった☆」

 「『見に来ちゃった☆』じゃないですよ! なんであなたはさっきから僕の家を自由に動き回ってるんですか?! それとなんですぐ起こさないでじっと見てたんですか!?」


 起き上がり市原さんから距離を取りつつ、僕は彼女に質問した。


 「まあ、自由に動き回ったのは悪いと思ってるよ。でも、仁礼くんが寝落ちしたのも悪いじゃん? あっ、じっと見つめてたのは寝顔がかわいくて、起こす気になれなかったからだよ!」


 質問には答えてもらえたが、ふたつ目の答えの意味がわからなかった。


 「まあ、メッセージに気づかなかった僕が悪かったですね。すみません。これからすぐに洗濯しますので少々お待ちください」


 そういってロフトを降り、洗濯機に向かう。洗濯機の前に置いた洗濯かごには市原さんがさっきまで着ていた服が入っていた。僕は彼女の服を手に取り洗濯表示を確認する。とりあえず上下ともに洗濯はできるみたいだ。


 (このスカートはひだが付いてるから念のため乾燥はやめとくか。あとは泥もはねているから先に手洗いして、その後でネットに入れて……)


 僕は頭の中で洗濯の計画を立てる。僕は可愛い服が大好きなので自然と洗濯の知識も身についていた。人の服を洗濯するのは初めてだけど。まずはスカートの泥を落とそうと思い、スカートをお風呂場に持っていこうとすると市原さんが不思議そうな感じで声をかけてきた。


 「仁礼くん、それ、何してるの?」

 「? 何ってスカートの前洗いですけど、泥汚れって先に歯ブラシとかで優しく叩いてあげると落ちやすいじゃないですか?」

 「初耳だね。私洗濯機に入れるか、クリーニング屋さんに持ってくかのどっちかだから」


 そっか、普通の人はこんなに洗濯にこだわらないのか。もったいない。洗濯の仕方ひとつでその服を何年着られるかが変わるのに……


 「しかもその洗濯機、乾燥機能付きのいいやつだよね? 大学生が持っていていい代物じゃなくない?」

 「はあ、確かにいいものですよ。これのために一年のときから頑張って貯金してたので、思い入れも深いですしね」


 服をクリーニング屋さんに持って行くにも勇気がいる僕にとって洗濯機は相棒みたいなものだ。可愛い服たちをきれいにしてくれる最高のパートナー。しかもどんな服を入れても無言できれいにしてくれるのだ。


 「仁礼くん、やっぱり服好きなんだね」

 「ええ、好きですよ。見ていて楽しいですし」


 そう答えながら僕はスカートに洗濯洗剤をつけ、歯ブラシで軽く汚れたところを叩く。その後洗剤を洗い流しネットに入れ、他の服と一緒に洗濯を開始した。


 「よし、これでOKです。スカートのひだがなくならないように乾燥はしていないので、今日中には乾かないと思います。なので、明日以降のどこかでお渡ししますね」

 「うん。仁礼くん、クリーニング屋さんみたいだね」

 「ありがとうございます」


 市原さんに軽くお礼を言った後、僕は玄関から外の様子をうかがう。雨はまだ強く降り続いていた。


 「雨、止まないねえ」


 僕の横から市原さんがひょこっと顔を出し、雨の状態を確認した。


 「ねえ、やっぱり泊めてよ」

 「それはできるだけ避けたいですね」

 「というか仮に雨が止んだとしても、私この格好で帰るの恥ずかしいんだけど……」


 この格好? そう言われて初めて市原さんがどんな格好をしているかを見た。市原さんは僕の貸したドクロのTシャツとジャージを着ていた。ジャージの方は全く問題ないのだが、問題はTシャツにあった。


 「ほらこれ、男の人用のTシャツだから、胸が苦しくって……」


 市原さんの言う通り、男性用のTシャツは胸元に余裕がない。なのでTシャツの胸元が、ゆがんでいる。ああ、ドクロが……それに丈も少し足りないらしく、市原さんのお腹が露わになっていた。


 「確かにこれは、ちょっと恥ずかしいですね」

 「でしょ! だから一晩だけ泊めてって!」

 「いや、それは……」


 あったばかりの男女が一つ屋根の下にいるだけでもあまりよろしくない。ましてや一緒に眠るなんて、絶対にダメだと思う。でも、この状況で市原さんを追い返すのも酷な気がする。


 「じゃあさ、服選ばせてよ! この服じゃなければ帰れると思うし」

 「それはダメです!」


 この人スキあらば僕の女装の証拠固めようとしてくるな。さて、どうしよう。市原さんを泊めるか、クローゼットを見せるか、選択しなければならない。しばし考える。……よし、決めた。


 「ね〜、と〜め〜て〜よ〜! それか、お洋服貸して〜」

 「わかりました。今日は泊まっていってください。雨も止みそうにないですし」

 「えっ! いいの!?」

 「はい、仕方ないので。僕はロフトで寝るので、市原さんは布団を使ってください」

 「やったー!ありがとう! 仁礼くーん!」


 市原さんが抱きつこうとしたので、僕は身をかわした。


 「泊まるのはいいですけど、抱きつくのはダメですよ。僕たちはそういう仲ではないので」

 「え〜、ケチ〜。あっ、つまりそういう仲になれば抱きついていいってこと?」

 「? まあ、理屈としては……」

 「じゃあさ! 私たち付き合おうよ!」

 「はあ!?」


 かなり大きい声で驚いた。誰だってそうしただろう。いきなり告白されたんだから。


 「あれ? 聞こえなかった? 私たち付き合おうよ!」

 「聞こえてるから驚いたんですよ! だって僕らまだ会って一ヶ月くらいしか……」

 「いいじゃん別に。はい! 今から私たちは付き合います! だから敬語はなし! 私のことは『紅葉ちゃん』と呼ぶこと! 私は君のこと『忠くん』って呼ぶね!」


 勝手にルールが追加されていく。なんか今日の市原さん、いつもより強引だ。お酒のせいかな?


 「いや、そんなルール、いきなり受け入れられませんよ」

 「なんで? もしかして忠くん、彼女とかいる?」

 「それは、いないですけど……」


 僕はちょっと奥手なので、いままで彼女がいたことはない。それに、女の子とは付き合うより友だちでいるほうが気楽だったし。決してモテないわけではない……


 「ね、ね? 彼女いないならいいじゃん? ハイ、決定! 今日から忠くんは、私の彼氏ね!」


 市原さんが僕に向かってビシッと指を立てた。


 「あのね〜、そう言われても『はい、そうですか』とはならないんですよ……」

 「あっ! 敬語! ダメだよ忠くん! ルール違反だよ!」

 「別に僕はそのルールを了承してないんですけど……」

 「ルールを守らないとチューしちゃうぞ!」


 そういって市原さんは唇を少し尖らせて、僕に近づいてきた。


 「ちょっと! ダメ! 冗談でもそれはダメです!」

 「え〜、いいじゃん。付き合ってるんだから〜。嫌ならルールを守りなさい!」


 市原さん、完全に酔ってる。お風呂入って血行よくなったからよりひどくなってる? いや、そんなことはどうでもいい。こんな流れでキスしたら後で絶対傷つくはずだ。ここはルールに従っておこう。


 「わかったよ。え〜と、紅葉ちゃん! ルール守るから今キスするのは止めてよ!」


 市原さん、いや紅葉ちゃんはちょっと残念そうな顔をして僕から離れた。


 「まあ、今回はルールを守ってくれたからヨシとしよう。今後もルールを守ること! いいね!」

 「うん。わかったよ」

 「よろしい! ヨシヨシしてあげよう」


 そういって紅葉ちゃんは僕の頭をなでた。こういう子ども扱いを禁じるルールは追加できないだろうか?


「まぁ付き合ってみて、合わなかったら別れればいいし。ね?気楽に行こ! ということで今日はもう寝るね! おやすみ、忠くん!」


 そういって紅葉ちゃんはリビングへと歩を進めた。できれば早く寝てほしいな。そう思い、僕も眠るためにロフトにつながるはしごを登る。そして、少し前まで寝ていたフローリングの床に横になった。固い。でもそれ以上に、眠い。僕は今日三度目の眠りについた。


――――


 う〜ん……体、イタイ。二日酔いと床での就寝による体の痛みで目が覚めた。スマホの電源を入れ、時計を見る。時刻は十一時。もう昼といっていい時間だ。ホーム画面には紅葉ちゃんからのメッセージがいくつか表示されていた。まあ、いいや。後でまとめて見よう。


 「紅葉ちゃんはもう起きてるかな?」


 独り言をつぶやき、ロフトを降りる。リビングに、紅葉ちゃんの姿はなかった。


 トイレかな? それともまたお風呂? お風呂だった場合、鉢合わせが怖いな……ちょっとだけ勇気を出して僕は廊下を確認する。廊下には誰もいなかった。お風呂にもトイレにも誰もいなかった。最後に玄関を見ると紅葉ちゃんの靴がなくなっていた。どうやら僕より先に起きて、帰ってしまったようだ。玄関を開けて外を見ると日差しがサンサンと照っていて、とても蒸し暑かった。


 「ふ〜、何事もなく乗り越えたな……」


 また、独り言が出る。昨日ずっと人と話していたから考えを口に出すクセがついてしまったのだろうか。そういえば昨日自分がお風呂に入っていないことを思い出し、お風呂の準備を始める。着替えを用意し、今着てる服を洗濯かごに入れようとした。おや、洗濯かごの中になにか入っている? 中身を取り出してよく見る。それは昨日紅葉ちゃんに貸したドクロのTシャツとジャージだった。


 「えっ! なんでこれが!」


 すぐに洗濯機の中を確認する。中には昨日紅葉ちゃんが着ていた服が洗濯ネットに包まれて置いてあった。あ、後でちゃんと陰干ししないと……


 「って、違うじゃん!」


 そう違うのだ。この服がここにあるということは、紅葉ちゃんは今何も着ていないことになる。確かにTシャツ着てるとき『これ着るのちょっと恥ずかしい』とは言ってたけど、だからって裸で帰るだろうか? そっちのほうが百倍恥ずかしいと思うのだが。


 「そうだ! メッセージ!」


 僕はロフトに置いてきたスマホで紅葉ちゃんからのメッセージを確認する。何かこの状況を説明できるメッセージがあるかもしれない。スマホのロックを解除して、メッセージアプリを開き、紅葉ちゃんのトークルームをタップした。最初の未読メッセージは『お風呂、もう出たよー』だった。これは昨日、お風呂を出たときに送られたメッセージか。スワイプしてメッセージを下に送る。『おーい』や『寝ちゃった?』『ねえねえ!』など呼びかけるメッセージの後に今日の九時ごろ送られたメッセージが現れた。その内容に僕は絶句した。


 『昨日は泊めてくれてありがとう! 忠くん起きそうにないから、勝手に帰っちゃうね』

 『貸してくれたTシャツで帰るの恥ずかしいから、クローゼットにあったお洋服を一着借りたよ! 私の服を返すときに交換しようね』

 『そうだ! 忠くんの服を着た私の写真を送るよ。似合ってるかなあ?』


 メッセージの後には僕が少し前に買ったワンピースを着た紅葉ちゃんの自撮り写真が何枚か続いた。普通に見れば可愛い写真集なのだが、僕は冷や汗が止まらなかった。メッセージはさらに続き、そこにはこう書いてあった。


 『あと、昨日言ったこと覚えてる? メッセージで送るから忘れちゃダメだよ!』

 『一つ、私たちは付き合いました! 二つ、敬語は禁止! 三つ、呼び方は『忠くん』、『紅葉ちゃん』で! 二つ目と三つ目はメッセージにも適用されるよ☆』

 『最後に、忠くんちゃんとご飯に来てくれたし、もう付き合ったから忠くんが女装して写真は削除しとくよ〜』


 全部のメッセージを見終わった僕の手からスマホが地面に落ちる。ほぼ寝起きで二日酔いの頭には、ちょっと情報量が多すぎる。深呼吸して情報を整理する。まず僕の女装写真は削除してもらえるようだ。酔っ払って確認するのを忘れていたけど、そもそも紅葉ちゃんとご飯を食べにいったのは写真を消してもらうことが目的だった。つまり目的達成というわけだ。


 次に、僕と紅葉ちゃんは付き合うことになったらしい。二人の会話では敬語禁止。僕は彼女を『紅葉ちゃん』と呼び、紅葉ちゃんは僕のことを『忠くん』と呼ぶ。この二つがルールとして課せられるようだ。


 さて、ここまではいい。もっと大きな問題がある。それは……


 「わあ〜! 服! 見られた上に盗まれた〜!!」


 紅葉ちゃんに女装趣味が完全にバレ、さらにお気に入りのワンピースを盗まれた。これ以上の問題はないだろう。


 僕は頭を抱える。どうすれば、どうすれば……何をどうすればこの状況は良くなるんだろう。そもそも何を解決すればいいんだ?


 その日僕はずっと今後のことを考えて過ごした。答えは……もう出ないかもしれない。


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