第29話暴かれる
侍女長が殺害されて二ヶ月が経ち、事件の調査が終わったという知らせが届いた。
そして犯罪が明らかにされる裁判の日がやってきた。
それは大広間で行われ、関係者が集められている。
国王や重臣たちも揃い、勿論、ウィリアム王太子殿下も座っていた。
事件の審議が行われるのだ。
そして、容疑者は……『わたし』なのだろう。
ナージャは大きなお腹を抱えて用意された席に座っている。
同じく私にも席が用意された。
あのお茶会の場所にいた使用人たちも皆集められているようだ。
全ての者が席について審議は始まった。
「茶会の飲み物は、ローズ宮殿にステラ様が持ち込まれました」
ローズ宮殿の侍女がそう証言する。
「侍女長に、せっかくですから、貴方が先に頂いたらいいわとナージャ様がおっしゃいました。そして侍女長が一番先にお茶を飲まれました」
「他の者は口をつけなかったのだな」
「はい。一番先に飲んだ侍女長が、苦しみだして倒れました。お茶に毒物が入っていたと思います。あっという間の出来事でした」
茶会の場に居た使用人がそう証言した。
「検査の結果、侍女長の飲んだ茶から毒物が検出されました。そしてそのお茶を持ち込んだのは、ステラ様であることを確認しています」
検査官が報告した。
事件当日私が持ち込んだ茶器や茶葉、茶菓子に至るまで、全てが証拠品としてテーブルの上に置かれていた。
「ナージャ様、間違いありませんか?」
「ええ。その通りです……恐ろしい……王太子殿下の子を身ごもった私の命を狙ったのですね」
ナージャが涙ながらにそう話す。彼女の感情に流されて同調する者もいるだろう。
「動機は明らかです。自分が妊娠できなかったから、お世継ぎごとナージャ様を亡き者にしようとしたのです」
調査官は手柄話をするような顔つきで報告する。彼はきっとナージャ側の人間だろう。
「では、ステラ妃。何か付け加えること、もしくは間違っていることはありませんか?」
進行役をしている大臣が私に訊いてきた。
私は冷静さを保つよう心掛け、できるだけ堂々とした態度でゆっくりと話し出した。
「では、質問をさせて頂きます」
大臣がどうぞと先を促す。
「毒物が混入していたのは、侍女長のお茶にだけです。この調査結果をみると、私の飲み物や茶菓子、ポットのお湯、ナージャ妃のお茶からは毒物は出てこなかったとあります。私はどうやって侍女長のお茶にだけ毒物を混入したのですか?」
私は声に乱れを見せないように、落ち着いて質問する。
「それはステラ妃が一番御存じではないでしょうか?あの騒ぎの中です。無毒な物にお茶をすり替えることなど容易だったでしょう」
「侍女長のお茶以外の全ての物を、私がすり替えたと?誰かが見ていたのですか?」
「ステラ様が立ち上がり、侍女長の傍に救護しようと近づいたと言います。あの場で迅速に動いていたのはあなただけです。普通は驚いて動くことができないでしょう」
調査官は自信ありげにニヤリと笑い、話を続けた。
「その後大勢の者たちが出入りした。貴方は騒ぎに乗じてその隙にお茶をすり替えたんだ。怪しい動きをしていたとその場にいた使用人たちが証言している」
怪しい動きってどんな動きなの?そう証言した使用人はローズ宮殿の者たちでしょう。
そう思っても、割って入る反論や弁明は逆効果だ。
「……私はこの二ヶ月、どうやって侍女長のお茶にだけ毒が混入したのかを考えていました」
その場にいる者たちが私の話に耳を傾ける。
「最初は、本人自ら毒を飲んだのではないかと思いました。けれど、彼女は自死を選ぶようには見えなかったと聞きました。翌週の予定もいれていましたし、お茶会に私がくることを喜んでいたと知りました」
「そうよ!侍女長はステラ様が私のお茶に来るのを楽しみにしていたわ!私の誘いをいつも断ってらしたから気に病んでいたのよ。貴方が来てくれることを、あんなに喜んでいたというのに、なんて酷い。彼女が……可哀そうで……うっう……」
ナージャは目に涙を浮かべて嗚咽する。彼女の同情を誘う仕草は全て演技だ。
「侍女長は私がお茶に誘われても行かないことを嘆いていたわね。彼女に直接頼み込まれたから知っているわ。では、何故そこまで私を執拗に誘わなければならなかったのか?」
私はゆっくりとナージャに向かって話を続けた。
「それは、側妃に怒られてしまうからです。私が行かなければ、役立たずの侍女長だと貴方から罵られるから怯えていたのよ」
「そんなこと!誰が……」
その時、侍女のミラが前に進み出た。
彼女は私がローズ宮殿に送り込んでいた私のスパイだ。
「ローズ宮殿の侍女のミラです。発言をお許しください」
私は証人としてミラを呼んでいた。
「ナージャ様はローズ宮殿でかなり荒れていました。ステラ様がナージャ様とお会いにならないことに対して、ご自分の侍女たちに当たり散らしていました。そして、特にその被害を受けていたのが侍女長でした」
「な、何を言っているの!こんな身分も低い下働きの証言なんて意味ないわ」
「いいえ。皆がナージャ様の機嫌を損ねないよう気を遣っていました。怒らせないよう怯えていました。物を投げたり、罵倒したりは日常茶飯事でしたから」
「下働きのメイド一人の証言などは信用できませんね。それに、だからといって、ステラ様の嫌疑が晴れる訳ではありません」
調査官は冷静に低い声でミラの話を一蹴した。
ナージャがローズ宮殿で侍女たちに厳しくあたっていたことは事実だろう。
「無理やりお茶に参加したのに、ステラ様がわざわざ毒を盛るなんておかしいです。それこそ動機がありません」
「ですが参加されたのでしょう?お茶会に参加したのは毒を盛ることを考えついたからだと考えられます」
調査官は全ての疑問を自分の考察で論破していく。敵に回すと厄介な人物だ。
けれど今は私のターンだ。邪魔はさせない。
「私は考えたんです。時間があったと言いましたよね。それで、思い出しました。あの時のお茶会では、私が全てを持ち込みました。それは間違いありません。けれど、ひとつだけ、侍女長のお茶に限って、私の持参していない物があったのを思い出したんです」
皆が私に注目する。
証拠品の場所まで歩いて行き、私はティーカップを指さした。
「このティーカップは、私が持って来ていないものです」
一瞬にして血の気が引いたように、ナージャの顔が青ざめる。
「侍女長のティーカップは、ナージャ、貴方が持ってきた物よね?」
そう。毒見をさせるために用意したカップは、ナージャが持ってきた物だ。
「カップに毒物が塗られていたかもしれない。そう考えると、どこで毒物が混入したのか納得できました」
「な、何を言っているの!そんな証拠、どこにもないわよ」
ナージャが興奮して、焦ったように大声を上げる。
「いいえ、他のものから毒が検出されず、侍女長のお茶だけに毒が入っていた。とすれば、それは侍女長だけが別の物を口にしたからです。違ったカップを使っていたからではないでしょうか」
「違うわ!そんなこと知らない」
知らないは通用しない。
あの場には多くの使用人がいたし、私の護衛や侍女のサリーや給仕係もいた。
「このカップを持ってきたのはナージャ様でした。間違いありません」
サリーが私の援護に入り、付け加える。
「そ、そんな証拠はないでしょう!だいたい、ナージャ妃が侍女長を殺害して、何になるのです?自分に仕える侍女ですよ?」
あら、そんなに焦って反論したら、言い訳のように聞こえるわよ。
逆効果よ調査官さん。
「ここにいるローズ宮の使用人たちは、あのカップを誰が持ってきたのか、ちゃんと見ていたはずです。ローズ宮殿でナージャ妃の傍で尽くしていた侍女長が毒殺されたのです。勇気をもって、皆それぞれ真実を話すことが賢明だと思います」
「そうですわ。ご自分の味方まで手にかけたとしたら、今まで味方になってくれていた使用人たちも、明日は我が身だって思ってしまいます!怖いです!」
ミラがわざとらしく声をあげる。
私は注目を集めるために、威厳をもたせた声色で発言する。
「ナージャ様が、そんな恐ろしいこと、されるはずがありませんね。けれど……侍女長は死んでしまった。誰かに毒を盛られて死亡した。虚偽の証言をすれば、それが明るみになったら死罪を免れないでしょう。なにせ、王宮の敷地内、ローズ宮殿での毒殺事件なのですから。今でしたらまだ、審議中ですしね、正直に話をすれば情状酌量の余地はあるのではないでしょうか?」
私の冷静な声を聞いて、数名の侍女たちが震えだした。
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