第30話ウィリアムの逆襲
ナージャ側の者たちを、私の話術だけで味方につけるのは難しい。
だけど、仲間たちの結束が強固な物かどうかは疑わしい。だからそこを突く。
足並みが乱れたらチャンスだと思った。
ナージャに忠実な僕として仕えていたとしても、侍女長のように殺される可能性がある。
馬鹿でなければ分かるはず。
最初に誰かがナージャを裏切れば、後は一気に崩壊するだろう。
ガタン!
これから攻め込もうと思った瞬間、調査官が机をドンと叩いた。その音は室内に大きく響き渡る。
「ステラ様が言うことは全てが状況証拠だ!」
驚いて皆が瞬間的にびくりと身を震わす。
「ティーカップに毒が塗られていたという証拠はありません。想像でしかない。侍女長が飲んだお茶から毒が検出されたのです。そしてステラ妃がナージャ妃の懐妊を快く思っていなかったことも事実でしょう。ナージャ妃を狙うつもりだったが、間違って侍女長が毒を飲んでしまったというのが真相です。今回の事件はステラ様が起こしたことに間違いはないでしょう」
調査官の目に嘲るような光が漂う。
彼は傍聴している人が、私に不審を抱くように話の流れを作っていく。
「ステラ妃が言っているのは全て状況証拠です。事実を直接的に証明するものではないでしょう。それに、ステラ様は薬学の勉強をされてらっしゃるようで、王都の研究所や、薬剤店に頻繁に出入りしていました。毒の入手も容易だったはずです」
私が薬剤店に出入りしていたのは、この国の医学、薬学の発展のため。
私がそこで毒を購入した事実はない。そう言おうとした時、上座から声が響いた。
この場で、圧倒的な指揮権を持っている者の声だ。
「ステラがそこで、誰と会い、話をし、何を購入したか。それは細かく報告を受けている」
ウィリアム王太子だった。
「ここ数ヶ月の間、ステラには王家の影がついていた。その者たちから細かく報告を受けている。ステラが今回使われた毒を、そこで購入した形跡はない」
「殿下……っ、しかし……」
自分に影がついていたなんて思ってもみなかった。驚いてウィリアムを仰ぎ見る。
「毒に使われた薬剤の入手経路を調査した。そこで国外から海路で運ばれたことが分かった。その国際港の監視を任せている管理官スノウを証人としてここに呼んでいる」
ウィリアムから呼ばれてスノウという管理官が前に出てきた。細身のスラッとした綺麗な男性で、堂々とした態度は高位貴族のそれだった。
彼は、調査書類を提出し、いくつかの薬剤や薬草を机の上に並べた。
「フォスター領の国際港を管理しているスノウです。ウィリアム王太子殿下より命を受け、今回、海路で輸入された薬草、茶葉に対して検疫、薬品に関して検査を行いました。そして、違法な薬剤や、無認可の薬品などを調査し、その入手経路を特定し取引に関わった者たちを捕縛しています」
「スノウからの報告により、この薬品、薬草を取り扱っている王都の輸入雑貨店を摘発した。そこに関係している者の中にナージャの遠戚の者がいた」
その言葉を聞きナージャが目を見開いた。
「ち、違います!知りませんそんな者はいません。その者を連れてきて話を聞いてください。私とは関わっていないことが分かります」
「連行しようとしたのだが、一足遅かったようだ。彼は死亡していた」
ナージャがほっと息を吐いたのを私は見逃さなかった。
証人がいなければ罪には問えないだろう。
「ナージャ様の遠戚の者が関わっていたとしても、ナージャ様本人がその薬品を購入したことの証明にはなりません」
「そうだな。重要参考人が死亡しているのだから、証明はできないだろう。ナージャが毒を盛ったとも、ステラが毒を盛ったとも、ここでは判断できないということだ」
「え!」
思わず声をあげてしまった。まさか……ナージャを無罪放免にするつもりなの?
重臣たちが話し出した。
「この事件は、ローズ宮殿だとはいえ、王宮の管轄内で起こった事件だ。ナージャ様は王家の血を引き継ぐ御子を身ごもっている」
「国民にこのことが知られれば、とんだ恥さらし。王家としても名誉が傷つく。内々に処理すべきだ」
「大事にすべきではない。今回、侍女長は気の毒であったが、誰が毒を盛ったかということを明らかにすべきでない。今後はこのようなことが起きぬように注意し、二度と繰り返さないことが重要だ」
そんなのは駄目だ。一人の人間が毒殺された。犯人が野放しだなんてあってはならない。
重臣たちは事を荒立てたくないのだろう。王家にとっては不名誉なスキャンダルだ。
この場を収束させるべく国王陛下が終わりを告げる。
「今回の事件は、関係者が死亡していることで終結とする。今後は、正妃ステラ、側妃ナージャ共に騒ぎを起こさぬよう心がけよ」
「陛下。今回の毒殺事件の犯人は見つからなかったことになります。ですが、ここで新たに、ステラがボルナットへ来てから避妊薬を飲まされていたことに対しての審判を仰ぎたいと思います」
ウィリアムが新たな嫌疑を出してきた。容疑者はナージャだ。
「この茶は、妊娠しやすい茶だということで、ステラがナージャから飲まされていた物です。この茶の中には避妊薬が混入されていました。これが調査結果と、ママミアの分析結果を記した手紙です」
「な、なんと……ステラ妃がそのような物を飲まされていたと?」
「ナージャ様が飲ませていたのですか?」
「そんなものは知りません。私はステラ様にお茶など飲ませたことはありません」
まさか今、その話題が出されるとは思いもしなかったのだろう。ナージャは焦った様子だ。
「私は、およそ一年間貴方にこのお茶を飲まされていたわ」
「そんなもの誰も知らないでしょう?あなたにお茶を飲ませていたところを見た者なんていないでしょう?私に変な罪を着せようなど……どこまで、私を憎んでいるのですか」
ナージャはそう言うと大声で泣きだした。
広間の中にいる者たちは私を冷たい目で睨みつける。
確かに、彼女がお茶を淹れるのは閨の翌朝、私が一人でいる時だった。
誰にも見られていない……証人がいない。
「私が見ている。ステラにその茶を淹れて、飲ませていただろう。変わった香りだし私も飲みたいと言ったら、ナージャはこれは男性が飲む物ではないと言った」
「で、殿下……覚えて……」
ナージャは死にかけの魚のように喘ぎながら短い呼吸を繰り返した。
ウィリアムは背筋をしゃきっと伸ばし、王太子としての気丈さを醸し出した。
「ああ。私の記憶は戻っているよ。しっかり思い出した。君はこの茶をステラに飲ませていたね」
「そ、そんな……」
「証人として私は問題ない立場だと思うが」
王太子殿下が証人だとすれば信用できないとは言えないだろう。私がお茶を飲んでいる時、突然ウィリアムがやって来た日があった。そうだ、その時彼は、自分も茶を飲みたいと言った。
ナージャはみるみるうちに青くなり、震えだした。
「お茶は、健康に良いものです!何の問題もないはず。避妊薬などが入っているなんて知りませんでした」
「確かに、この国の医学が遅れているために、この茶葉に子を流す作用があることは知られていなかった」
「な、ならば殿下……私は知らぬまま、お茶をお出ししてしまったのです。どうかお許しください。健康に良いと思ってステラ様に飲んで頂いたのですから」
「さっきは、ナージャ様『誰も見てないでしょう、そんなの知らない』って言ってましたよね!」
ミラが後方から叫んだ。
そうだ!そうだ、と辺りが騒がしくなる。
「ナージャ、君が言うように、避妊薬のことを知らなかったとしよう。ステラに故意にこの茶葉を出したのではないとする」
「え!」
また声をあげてしまう。この罪もスルーするの?
国そのものを揺ゆるがしかねない一大醜聞だ。ウィルはいったい彼女の何を暴きたいの……
「もうこれ以上、王室の不名誉な事柄は聞きたくない」
国王が眉間にしわを寄せた。
「国王陛下、全ての根源はナージャにあります。証拠不十分であるとはいえ、ステラへの避妊薬の投与、侍女長毒殺。そして、王太子の私の子を身ごもっているという虚偽」
「え!子を身ごもっている虚偽?」
「なんですって!」
「虚偽?」
「どういうことだ!」
国王陛下が声を荒げた。
「先ほど申し上げました通り、私は記憶が完全に戻っています。ですから、ナージャの身ごもった子は私の子ではないとはっきり断言できます」
「ち、違うわ!この子は……この子はウィリアムの子よ!殿下は記憶があやふやなだけで、この子は……わぁああああ!」
ナージャが床に突っ伏して泣きだした。
もう、あのキリッとした側妃の姿などみじんもない。髪を振り乱し、わめきだした。
「私は、結婚式はしたがナージャと閨を共にしていない。彼女が妊娠するはずなどないのだ。指一本触れていないのだからな」
「そんなの!嘘よ!」
「私が事故に遭ったと同時に身ごもるとは、君はどれだけ悪質なんだ。いったい誰の子だ」
時間が止まったかと思うほど室内が静まり返った。そして次の瞬間、広間内が騒然とした。
「王家の子を身ごもったという虚偽を……謀反だ!大罪だ!」
「なんて女だ!王家を乗っ取るつもりか!」
「王の高潔な血だと騙し、下賤な者の血を引き入れようとしたのか!反逆だ」
「赦されないことだぞ、国王を騙そうなどと」
「この痴れ者が!捕らえろ」
国王の命により、控えていた近衛たちが動き出す。
「やめて!私は妊娠しているのよ!何かの間違いだわ」
「連れて行け!」
「ウィリアム!ねぇ、ウィル……おねがいあああああ!!」
ナージャはあっという間に拘束され、腕を後ろでに縛り上げられた。そして引きずられるように兵たちに部屋から連れだされた。
「助けて!ウィリアム……ウィル……」
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