第28話*ステラの計画

【三ヶ月前】


ウィリアムが死んでしまうかもしれない。事故の知らせを聞いて私はその場に崩れ落ちた。

ボルナットへ帰国して彼の状態をみた時には衝撃のあまり愕然とした。


なんとしても彼を救う。ママミアを命の綱とし、最後の望みを託した。

自分の命と引きかえにしても。

どんなことがあっても守り抜こうという決心する。


だから、ウィリアムの意識が戻った後、私のことを忘れてしまってたとしても我慢できた。

側妃のナージャに子どもができたとしても、それを全て受け入れた。


彼が生きてさえいてくれれば、私は何を失っても構わないと思っていたから。




【二ヶ月前】


『もう、王太子の仕事を手伝わなくてよくなったわ。自由に過ごしていいと言われた』


『ステラ様、本当にいいのですか……ナージャ様は避妊薬の入ったお茶を飲ませていたんです。それは犯罪ですし、ちゃんと裁きを受けなくてはならない事です』


サリーはナージャを訴えるべきだと言った。


『今、やっとウィルが公務に復帰できたところよ。ナージャは懐妊したわ。事を荒立てるべきではない』


『ママミアがあのお茶の成分を分析してくれた結果がありますよね。それをお茶と共に証拠として出せば、ナージャ様を捕まえる事ができます。王太子殿下のお子を身ごもったからって許せる事ではありません』


『ナージャは上手くやったわ。あのお茶を私に入れていたのはナージャ、飲んでいたのを知っているのもナージャだけ。他の使用人や侍女はそのお茶の存在を知らないのよ。ナージャに飲まされていたと私が言ったところで、証拠はないわ』


『……確かに。もうきっと証拠はすべて処分しているでしょうね。酷いわ、最低よ!』


『今更私が何を言おうと、彼女はウィルの子を身ごもっているから、今は誰よりも強い立場にいる。関わらないようにするのが一番いいわ』


サリーは、肩を怒らせているが、冷静になるべきだと思ったのか大きく深呼吸した。


『関わらないようにしているのに、ナージャ様に冷たいだとか、虐めようとしているだとか噂が流れています』


噂を否定しようとしても、多分逆効果だ。


『噂は私を嫌っている者が流しているのよね……』


誰が味方なのか敵なのかがわからない以上、下手に動かない方が吉。


『ウィリアム殿下の為に、必死に治療をすすめたのはステラ様ですし、今も公務を代わりにやっているのはステラ様です。ナージャ様はただ意識のない殿下の傍らにいただけで、看病していたっていいますけど役に立ってなんかいないでしょう』


サリーはかなり怒っている。



『まず、自分たちの身を守りましょう』


サリーは頷いた。

私たちはまず守りを固める事に集中する。


『とにかく、この離宮で食事ができるようになって良かったです』


今まではウィルの公務の手伝いで、自由な時間がなかった。

けれど体力も戻ってきたウィルは、私に仕事をさせず、自分ですべてやると言い出した。その分私には時間ができた。



私たちはソフィアに頼み、私の侍女として、ミラとマリーを宮殿に引き入れた。

マリーは有能な侍女で、ミラはかなりおしゃべりだが、コミュニュケーション能力が高い。使いようによって敵の情報を誰よりも掴んでくる。


『ミラは歩く拡声器です。宮殿の中に潜り込めば噂を一夜にして流せる能力があります』


『マリーは頭の回転が速いわ。参謀として活躍してもらいましょう』


私はこういう日に備えて、二カ月前から自分たちの陣営を強化していった。




【一ヶ月前】





しばらくして、ウィルと閨を共にする事になった。

彼は記憶を失う前と同じように、夫婦の寝室で眠ると言った。


毎晩私を求める姿に、もしかして、記憶が戻っているのかもしれないと感じた。


けれど、抱き方は以前と違った。


優しく労わるように私を愛してくれたウィルではなく、まるで征服しようとするように、その行為は激しく、大胆だった。

本能のままに動いている野性的なウィルは、私の知っている以前の彼ではなかった。



『今の私をみてくれ……』


荒い息と共に、吐きだすように口にした言葉。彼が苦しんでいるかのように感じた。

記憶が戻らない自分に苛立っているんだと思った。


私の目に、別人のようなその荒々しい動きや、欲を必死に抑えようとするその姿がたまらなく扇情的に映り魅了されていく。


私は、以前とは違う、その新しい野性的な彼にいつの間にか翻弄されていった。




【現在】





私は容疑が確定しないまま、貴族牢へ収監される事となった。

貴族牢というのは、宮殿の西に建てられた離宮だ。


周囲は高い塀に囲まれていて、自由に外に出ることはできない。

他国の要人や貴族などが人質として過ごす時に使用される離宮だった。


門には鍵が掛けられ、門衛が配備される。人の出入りは厳重に管理される。


「ウィリアム殿下が決定されたとか……本当でしょうか?」


「そうね……ウィルが決めたのでしょう。少なくとも私以外に怪しい人物なんていないのだから」


仕方がない事だ。ウィリアムが私をそのまま宮殿に置いておくのは難しいだろう。


「ナージャ様の事は殺してやりたいほど憎いですけど、もしステラ様がナージャ様に危害を加えるつもりなら、あんな誰もが見ている場所で犯行には及ばないでしょう。わざわざ自分がやりましたみたいな状況はつくらないわ」


「ええ。けれど、ナージャが自分の側近でもある侍女長を毒殺する事もないでしょう。身内なんだから、もし彼女を殺めたのだとしたら理由があるはず」


「けれど、調べたくても、ここに幽閉されたら私たちは身動きが取れません」


「そうね……ならば、動かすしかないわね」


「はい。準備は整っています」


サリーはニヤリと笑った。



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