第27話冤罪
その場で茶葉を適温の湯で蒸らし、ティーカップに注がれた紅茶が目の前に置かれる。
けれどフルーティーな紅茶の香りは、場の張り詰めた緊張を和らげるものではなかった。
側妃ナージャの住むローズ宮殿は敵の陣営。乗り込むためには完璧に
防衛しなければならない。
私は全ての準備を整えた。
私は給仕から茶葉、お湯に至るまで、全てを離宮から持参した。
このローズ宮殿で、ナージャの出した物を口に入れるつもりはない。
「わざわざ、ステラ様がご自分でお茶を用意されるなんて、おかしな話ですわ」
ナージャは私が持ってきたティーセットを見て、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「特別なお茶が手に入りましたの。せっかくですからナージャに飲んでもらいたいと思って用意したのよ」
ナージャの言葉に余裕の笑みで私は返答する。
「私に持って来て下さったのですか?」
「ええ。是非、味わってもらいたいと思って」
ナージャは逆に恐怖だろう。
私が用意したお茶を飲む度胸はないはずだ。
もちろん、お茶に何か仕込んだわけではない。ただの紅茶だ。
けれど彼女は用心のため、それを口に入れる事はないだろう。
「侍女長。せっかくですから、貴方が先に頂いたらいいわ」
ナージャは立ち上がると、新しいカップを取りに行った。
侍女長にお茶を毒味させるつもりらしい。
そんなに私が信用できないのかしら。
少し笑ってしまう。
次の瞬間。
思いもよらないことが起こった。
私が持ってきたお茶を飲んだ侍女長が、口から血を流して倒れたのだった。
それは一瞬の出来事だった。
侍女長は苦しみ、喘ぎながら、床に倒れ込んだ。
「い、いったいどういう事なのでしょう!なぜ、こんなことに!」
お茶をポットから注いだサリーの顔は青ざめている。
「すぐに医師を呼んで!侍女長!しっかりして……」
私は立ち上がり、倒れた彼女のもとへ走り寄った。何が起こったのかは分からない。
でもしばらく痙攣した後に、彼女はぐったりとして動かなくなった。
悲鳴があがり、場が騒然とした。
たくさんの者が見ていた。
多くの人の目の前で起こった出来事だ。
私が用意したお茶を飲んで侍女長が……死んだ。
毒を盛られたというのは間違いないだろう。お茶に毒が混入していた。
そして、その毒を持ち込んだのはこの状況では……私なのだ。
知らせを受けて急ぎウィリアムとジェイがやってきた。
ウィルはその場にいた者たちから状況の説明を受けている。
「詳しいことは調べてみないと分からない。ただ、侍女長が亡くなってしまったのは事実だ」
ウィリアムが私にそう告げる。
「……なんという事でしょう。いたわしい」
ナージャは震えながらウィルに縋りついた。
ローズ宮殿に仕える者たちが、後退り、私の周りから皆が離れて行く。
使用人たちの視線が突き刺さる。
違う……私じゃない。
全てをローズ宮に持ち込んだのは私だ。
お茶も、お湯も、お菓子も。そして茶を淹れた給仕も……全て私が。
宮殿の護衛騎士たち、医師、側近たちが、その場にいるウィリアムの指示を待つ。
「ステラを……拘束しろ」
冷たい彼の声が響いた。
そして、私は捕らえられた。
◇
厳しい事情聴取が行われた。それは私の世話をしている侍女や、側近達にまで行われた。
家宅捜索のように自分の部屋が調べられた。
個人的な持ち物まで、没収されてしまった。
『茶に毒を入れたのではないか』
『いいえ。そのような事はしていません』
『侍女長が飲んだ茶の成分を分析した結果毒物の反応があった』
『侍女長が飲んだお茶から検出されたのですね。では、私のティーカップに注がれたもの、ポットの中に入っていた茶葉、ナージャのお茶、茶菓子、全ての毒物検査をお願いします』
私は調査官にそう頼んだ。
私が目を離した隙に、誰かが侍女長の飲み物に毒を入れたとしか思えない。
けれど、怪しい動きをした者はいなかった。
ならば何故?いつ?その謎が解明できない。
考えても分からなかった。
私は誰かに嵌められた。
黒幕はナージャだろう。
けれど彼女は自分の味方である侍女長を殺した?何故そんなことをしたのか……
私に罪をなすりつけるために、ローズ宮殿に仕える使用人たちを生贄に差し出した。
そんな恐ろしいことまでするのか……
悪魔に魂を売ってしまったの?
『私はやっていないわ。これは冤罪よ』
『ステラ様が薬剤の勉強をしていた事、茶葉や薬草の専門店や研究所などに足を運んでいた事が問題になっています』
茶葉を調べていた事実が私の首を絞めた。薬剤の勉強が裏目に出た。
侍女長が飲んだ毒物がどういった物なのか知りたい。けれど私が個人的に動けない状態では、調べようもない。
万策尽きた。
濡れ衣であることは確かだけど、それを証明する者がいない。
毒入りの茶をナージャに飲ませようとした疑いと、侍女長殺害の嫌疑がかけられた。
きっと彼女は自分の手の内にいる者に嘘の証言をさせ、証拠を捏造するのだろう。
王家の子どもの命を狙った者として、謀反の罪で死刑だ。
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