第24話ウィリアムside 記憶の断片
執務室で書類に目を通しながら、ステラのことを考えていた。
昨夜、背中を向けた彼女の肩が揺れていた。泣いているんだと分かった。
誰かを抱きしめながら眠った経験なんてない。
少なくとも自分の記憶にはない行動だった。
ステラに『おはようございます』と起こされて、朝が来たんだと気がついた。
自分が背後から、かぶさるように眠ってしまったため、ステラは身動きが取れなかったのだろう。
『おはよう……わるい。重たかった?』
『大丈夫です』
それから私は朝の準備のため自室に戻った。
ステラは着替えてから離宮へ行くと言った。
彼女は食事を全て離宮で摂っている。
一緒に朝食をどうかと誘う前に、離宮で使用人が食事を用意していると言われた。
「殿下、なんか朝からボーっとしていますね。大丈夫ですか?今日は午前中に、カーレン国の大使とお会いになる予定が入っています」
ジェイに声をかけられた。
「ああ。わかっている」
そう言えばジェイは私よりステラと話をしているだろう。
公務を手伝ってもらっていたから、執務室にいる事務官たちはステラと毎日会っていた。
皆、私より彼女に詳しい。
そう思うと何故が癪に障る。
「ムンババ大使は薬学関係の資料を渡す約束があるらしく、ステラ様と午後から会われるらしいです」
「そう言えば、ステラはムンババ大使と親しくしているようだな」
「はい。お互い他国の出身だということで、気が合うみたいですよ。ここひと月は、薬学の勉強をされてらっしゃいますので、カーレンの医療にも興味を持たれたみたいですね」
彼女はボルナットの医学が他国より遅れている現状を知ったようだ。
今回の私の怪我で、我が国の医師や薬師たちが役に立たなかったことを重く受け止めていた。
ママミアはコースレッドから呼び寄せた。
我が国は大国だというのに、医療に限っては発展途上にあるだろう。
「薬草学の研究者や、医学学校などの視察にも行って自らも学ばれていらっしゃるようです」
「専門ではないでしょうから、どうやったら医療の発展を促せるか考えていらっしゃるのではないですか」
我が国の弱い分野を強化しようとしている。彼女こそ国政に携わるべき存在だろう。
子づくりなんて二の次でも構わない。そう思わせるくらい有能な妃だ。
「ステラのことはやりたいように自由にさせろと国王から言われている。学びたければ学べばいいし、遊びたければ遊べばいい」
「ママミアを連れてきて、殿下の命を救ったわけですから。国王陛下としてはどんな褒美でも与えようっていう考えでしょうね」
「王妃様は、パーティーや買い物を一緒にしたいようですけど。ステラ様は何かとお忙しそうで、お茶会の誘いは断ってらっしゃいます」
王太子妃として参加しなければならない付き合いもあるだろう。
彼女が貴族婦人たちから悪く言われなければいいが。
「ご令嬢たちから、あまりよく思われないかもしれないな。王宮勤めの侍女や顔を出す貴族を敵に回す可能性がある」
「確かにそうですね。勉強や仕事は女性に必要ないという古い考えもあります」
「ステラ様は、同性の敵を作ってしまうタイプかもしれませんね。私たち事務官には女神のような存在なんですけどね」
「ダンスやマナー、観劇や芸術鑑賞などはステラ様にとっては無意味な物なのでしょう」
皆がステラを心配して、懸念材料をあげていく。
嫌がらせをされたり、もしかして襲われたり……彼女に何かあったらと思うと気が気じゃない。
急に心配になってしまった。
「ジェイ」
私は目で合図をした。
「わかりました。できるだけ目立たないよう警護を付けます」
「ステラにも気づかれないように」
「承知しました」
ジェイは返事をして執務室を出て行った。
彼女に護衛を付け、安全を確保しておく方がよいだろう。
◇
「ムンババ大使とは、久しぶりに会ったわけではないだろう」
「そうですね数カ月前にお会いしてます。事故の知らせを聞いて、宮殿には駆けつけましたが謁見は叶いませんでした。記憶に関しての病状は聞いています。けれど、見た目には何の問題もなさそうで嬉しく思います」
相変わらずきりっとした姿で、気持ちのよいさまだと思った。
大使にも心配をかけたことを詫びて、今後も良好な付き合いを望むとつたえる。
「今日はステラとも会う約束があるようだな」
「ステラ様は薬草に興味があるようです。特に茶葉を調べていらっしゃいます。勉強熱心で王都の薬草店なども廻ったりされますよ」
「彼女は学習能力に長けている。薬草学に興味があるのなら専門家を呼んで学ぶのも良いかもしれないな。大使には世話になっているようで感謝する」
「ありがたいことに、友人のように接して頂いてます。私もステラ妃にお会いできるのが毎回楽しみですよ。今日は離宮で食事をしながらカーレンの薬草について話をします」
食事だと?
二人でか?
「離宮で食事をする?ステラには王宮で食事をするように伝えよう」
「心配には及びません。ステラ様は時間にシビアな考えをお持ちです。食事しながら話をするのは効率が良いとお考えです。それに、二人だけではありません。離宮にも給仕はいますし、私も側近を連れています」
彼は白い歯を見せて笑った。
ムンババ大使は独身でモテる男だ。結婚しているとはいえ、王太子妃と二人で食事をするなど良いわけがない。
しかも離宮は隔離されているような秘密の建物だそこへ客人を呼ぶなどもってのほか。
そもそも、私と共に食事を摂ったことがない。離宮にだって呼んでもらっていない。あそこは私専用の隠れ家だったはずなのに。
咎めるような厳しい目つきで大使を睨んだ。
「離宮での食事は体裁がよくない。変な噂が立っても困る。だいたい大使は、ステラをダンスに誘ったりするだろう。遠慮すべきだし立場を弁えねば……」
「……ダンスですか?」
大使は、おやっ、と言う風に眉を片方上げた。
いつの……ダンスだ。
ムンババ大使は、ステラをいつダンスに誘ったんだ……
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