第22話ステラside 初夜のようなもの
何度も閨を共にしていたというのに、初めてのように緊張する。
ウィルに夫婦の寝室で眠るようにと言われてから、ひと月がたった。
あれから彼がここに来るのは今日が初めてだ。
顔を見ることもなく、私は公務を一切しなくてもよくなった。
事故に遭う前までは、彼の職務の三割ほどを私が引き受けていた。
けれど、それもしなくていいと言われた。
以前していた仕事だから、自分一人でこなせると思ったのだろう。
だけど、大きな怪我を負っているし、二年間の記憶が抜けた状態だ。かなり大変だったと思う。側近たちは深夜まで仕事をして、やっと通常に戻ったと言っていた。
何度か手伝うと言ったけれど、私に声はかからなかった。
妃に仕事をさせることを彼のプライドが許さなかったのだろう。しつこく手伝うと言うのもどうかと思いそっとしておいた。
「ステラ、待たせたな」
ウィルが夜着の上にガウンを羽織り寝室へやってきた。
彼が部屋に入ると私は立ち上がり、ゆっくり頭を下げた。
「お仕事お疲れさまでした」
「やっと仕事が落ち着いた。君にはずいぶん助けてもらっていたようだ。感謝する」
「お役に立てたのでしたら良かったです。お体の具合はいかがでしょうか」
以前のように砕けた話し方はできなかった。会話がぎこちない。
「以前と同じように動くことはまだ無理だが、日常生活に支障はない」
「前回お会いした時より、お元気になられたように感じます」
一緒に散歩をしていた時は、まだ杖をついてしか歩けなかった彼が、今は普通に歩いている。
「寝てばかりいるより、体を動かした方が治りも早いらしい」
食事もできるだけ沢山摂って、トレーニングもしていると聞いている。
かなり努力をしただろう。
ウィルはガウンを脱ぎ、私は彼のガウンを預かった。
近づいた彼からは良い匂いがした。
ウィルはそのまま私の手を取り、ベッドへと導く。
顔を見るとまた緊張しそうだったので、視線を合わせなかった。
何ヶ月かぶりに彼に手を取られて歩く。
◇
「なぜ震えている?」
キスも抱擁もなく、そのまま始まった閨事に胸が苦しくなった。
緊張なのか恐れなのか、体が震えてしまったようだ。
「……いいえ」
彼は脱がそうとしていた私の衣服を元に戻した。
そして横を向いている私の頬を掴むと正面に向ける。
「なぜ泣いているのだ……」
「泣いてなどいません」
潤んだ瞳から雫が頬を伝った。
駄目だ……こんなことでは閨事ができない。彼が呆れてしまうだろう。
ウィルは眉間にしわを寄せると、私の隣にごろんと横になった。
「どうやって君を抱いていたのか覚えていないんだ」
ベットの天蓋を見つめながら、深いため息と共にそう呟いた。
「申し訳ありません……私はただ、緊張しているだけで……」
きっと彼の気分を害してしまったのだろう。謝ることしかできない。
言い訳している自分が悲しかった。泣いてしまうなんてあってはならない。
必死に涙をこらえようとするが、我慢すればするほど肩が震えてしまう。
「……覚えていないんだ」
彼は諦めたように深く息をつくと、もう一度そう言った。
辛く、苦しいのは自分だけではない。
きっとウィルも思い出せないことに苛立っている。
「私との閨事を嫌がっているわけではないのか?もしかして私たちは白い結婚だったのではないかと考えていた。君は何も話さない。だから、夫婦関係が円満だったと周りの者から聞いても信じられないんだ」
上手く返事ができなかった。
「私たちは、愛し合っていました。少なくとも私はウィルを愛していたわ……」
彼は私の方を向いて、話を続けるように言った。
「以前と同じように想うとは限らないと貴方は言った。だから、以前のように私を愛して欲しいとは言えない」
私は彼の気持ちを取り戻すために、どう行動すればいいのか分からなかった。
「自分の気持ちを他人に決められるのは気分が良くない。だが、君は従者たちと違って、私に以前と同じ愛情を求めてこなかった」
「殿下に愛情を押し付けることはできないでしょう」
「もともと、女性と愛し合うような性格ではなかった。わたしは国民の為に生きてきた。誰か一人を愛することなどないだろう」
「そうですね……今の殿下の気持ちを尊重しようと思います。貴方は、義務感で私と夫婦の営みを行おうとしていますが、それは愛情ではないですよね」
「義務……か」
「これは私の勝手な思い込みかもしれませんが……子ができない石女と夜伽を行う必要はないと思っていらっしゃるのではないですか?」
「……それは」
彼は苦い顔をする。
図星だと思った。
「子づくり目的の閨であるのなら、今夜の夜伽は必要ないでしょう。なぜなら子ができやすい日ではないからです。けれど、私は妊娠できない体ではないと思っています。我儘なのかもしれませんが、もうしばらく子を諦めないでいただきたいです。できれば殿下と閨を共にすることをお許し下さい」
「君とはどれくらいの頻度で子づくりをしていたのか分からない。ただ、まだ結婚して一年ほどだろう。子を諦めるには早いと思う」
「そう言って頂けるとありがたいです。ですので、子ができないであろう時期の夜伽は、殿下の気分次第でよいかと思います」
「私の気持ちを尊重してくれるということだな」
私は頷いた。
以前は愛されているから閨を共にしていた。
愛を知った今は、妊娠する為だけに抱かれることが虚しい。
だけどそれが私の使命だから受け入れなければならない。
涙が溢れだしそうだったので、私は急いでベッドからおりた。
愛されていない現実を目の当たりにしている今がつらい。
私はドレッサーの前まで歩いて行った。呼吸を整えて感情を殺す。
結婚した時に二人で作った契約書を、彼に見せようと決めた。
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