第21話ウィリアムside 面倒だ


「もう今日はここまでにして、残った仕事は明日に回しましょう」


「分かった。先におまえたちは休め。私はもう少ししたら部屋に戻る……あっ!」


夫婦の寝室のことをすっかり忘れていた。


「どうしたんですか?」


「しまった。ステラに今日から夫婦の寝室で休むように言ったんだった」


ジェイは、重ねた書類をぶちまけてしまった。


「妃殿下が待ってるじゃないですか!何をのんきに仕事なんてしてるんですか。早く行ってください!」


私は従者を呼んでステラに伝えるように言った。


「すまない。仕事で遅くなりそうだから、先に休んでいるよう伝えてくれ」


傍に控えていた侍女に伝言を頼んだ。


「な、なんで今ですか!もっと早く伝言しとかなきゃ」


「うるさい!」


思わず強い口調になった。側近たちのステラ擁護は聞き飽きた。


まだ仕事は残っているんだ。

イライラしてしまう。


どうせ私が戻れるのは深夜だろう。


夜中になり、夫婦の寝室に行くには遅すぎると思い自室で休むことにした。


翌日、仕事が一段落するまでは夫婦の寝室には行けないと言っておこうと思った。

彼女を寝ずに待たせてしまうよりは良いだろう。




結局、仕事に追われ一週間ずっと自室で眠った。

体調のこともあるから、食事と睡眠を第一に考える。できるだけ他のことに力を使いたくはない。


「お気になさらずお仕事を頑張ってくださいとのことでした。お手伝いすることがありましたらいつでも申しつけ下さいとのことでした」


ステラの担当侍女からそう伝えられた。物わかりの良い正妃で助かった。ほっと胸をなでおろす。



食事を共にすることがないため、彼女とは散歩の時以来、顔を合わせていない。





「一カ月が経ちました。溜まった仕事は何とか片付きましたね」


ジェイが、落ち着いた仕事に安堵の息を吐く。


「そうだな。やっと通常の職務に戻れる」


日をまたぐ前に仕事を終えることができるだろう。


「皆もよく頑張ってくれた。今後は休みも随時とってくれ」


「ウィリアム殿下も、今日からは夫婦の寝室で休まれるのでしょ?」


「そのつもりだ。ステラにはそう伝えている」


有難いことに、この一ヶ月、ステラから文句を言われることはなかった。

仕事ばかりで構ってくれないなど言ってきたら、面倒だと思っていたが、それは杞憂に終わった。

茶の誘いなどは、それだけで時間がとられるので、断る理由を考えるだけでも気が滅入る。


一息ついて、休憩のお茶を飲んでいると、ローズ宮の侍女長がやってきた。

仕事が落ち着いたという知らせがいったのかもしれない。


「殿下、ナージャ様が夕食でもいかがですかとお誘いがありました」


「仕事が忙しい。いつものように断ってくれ」


「お腹のお子のことをお話ししたいと申されてらっしゃいます」


「聞いたところで、私は医師でもなければ女でもないから助言などできない」


「けれど、お話を聞いていただくだけでも女性は嬉しいものです」


何か問題でもあるのかと思えば、腹の子は順調だという。面倒だ……


「時間がある時に、ローズ宮殿に様子を見に行かれてはいかがでしょうか?お顔を見るだけでも安心して頂けますし」


誰の安心だ?心労がたまるだけだ。


ただでさえ時間がないのに、なぜナージャの顔を見るためにローズ宮へわざわざ行かねばならない。


「王族の血を引くお子様がお腹の中にいらっしゃいます。殿下が会いに来られたら、ナージャ様もお喜びになります」


侍女長は必死に頼み込んでいる。

妊娠したのだから、後は無事に産まれるまですることはないと思っていた。

だが、妊婦というのは精神的に穏やかな状態を保たないとならないらしい。

ストレスは良くないと皆から言われた。


「妊娠していると、何かと不安になるらしいです。夫が傍で優しく声をかけてくれるだけで、落ち着いた状態を保てるみたいです」


子を持っている文官がそう助言してきた。


「王太子殿下は、公務があるんだから、そんな普通の家庭のようなことはできない」


ジェイが助け舟を出してくれた。


「できるだけナージャ様の様子を見に行かれるよう王妃様もおっしゃっています」


だが侍女長は王妃の名を出した。母の言葉だと言われると無下にはできない。


「分かった。次の休みにでも様子を見に行こう」


面倒だと顔に出ないように返事をした。

子を無事に産んでもらうためには、できるだけナージャの機嫌を損ねてはならないだろう。



……側妃に正妃。

どちらも構わなければならない状態を、何故作ってしまったのだ。

記憶をなくす前の自分にまったく腹が立つ。




しかし、正妃に子ができないのは私のせいではないだろう。彼女の健康状態に問題はないという。

ならば当然、今夜は夜伽の務めもあるだろう。


しかし、本当に私は彼女を抱いたのだろうか……


側近たちは毎日のように閨を共にしていたというが、信じがたい。

一人で眠るほうが気を使わずに済む。


執務の仕事が一段落したのに、次は子づくりの仕事だ。いい加減うんざりする。



子づくり目的ならば、子ができやすい日程だけ分かればありがたいのだが。

流石にそれを正妃に告げるのは失礼だろうか……


今日の様子を見て、話せそうならそう提案してみよう。

そんなことを考えながら窓から見える庭園を眺めた。


散歩に付き添わせた時は、それほど鬱陶しいとは思わなかったが、いざ閨事となると面倒だなと感じる。


なんだか言いたげな目でジェイが話しかけてくる。


「ナージャ様は今、妊娠四ヶ月ですね?ステラ様は婚儀が終わってすぐにコースレッドへ帰郷されたので一緒に休まれるのは四ヶ月ぶりです。体力は戻ってきていますし、以前と変わらずとはいきませんがゆっくりとなら大丈夫でしょう」


ゆっくりととは時間をかけろという意味だな。

無理だ。さっさと終わらせるつもりだ。


「ジェイ、そんな気持ちの悪い顔で訊ねるな」


「殿下は淡白で、女性関係はまったくと言っていいほど興味のなかった方です」


「そうだな。自分にくっついてくる令嬢などを嫌悪していた。べたべたされるのは好きではない」


「独身の時はそうでした。けれど、結婚されてからステラ様と同室でお休みでした」


毎晩一緒に寝ていたなど、何度も聞かされたが記憶にない。


「何度も言うが、ステラとはここ最近、顔を合わせていない。仕事が忙しかったし、特に彼女も何も言ってこなかった。お前たちが言うように、愛し合っていたのなら彼女から何らかのアクションがあってもおかしくないだろう?」


彼女は会いたいと言ってこない。

もし、夫婦として私のことを想っているのなら、自分から会いに来るだろう。


「ステラ様のことを忘れている殿下に、自ら会いたいとは言いづらいのではないでしょうか?殿下から声をかけられるのが良いかと思います。正妃ですから、ちゃんと尊重して下さい」


「分かっている。今夜は夫婦の寝室で休むと言っているだろう。ステラとのことに口を挟むな」


彼女に声をかけてはいないが、毎日何をしているかの報告は受けている。

最近は空いた時間で薬学の勉強をしているという。


これ以上煩わしい案件を増やさないで欲しい。

私は重たい息を吐いた。



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