第20話ウィリアムside 仕事に追われるウィル


こんなに大量の仕事を彼女がしていたのか……毎日すべき仕事だけで机の上がいっぱいになっている。

ひと月ぶりに自室から出て、王宮の執務室で仕事を始めた。


ベッドの上でできる物は、やっていたつもりだった。

しかし期限がない仕事や、急ぎでない物は後回しになっていたようだ。


「ステラがこれを処理していたのか?」


「ステラ様もかなり遅くまでかかってやってました。勿論すべて完璧にできたわけではないですが、私たちと共に、勉強しながら一生懸命頑張って下さいました」


「彼女の釣書には頭のいい女性だと書いてあった。学習能力に長けていて、物覚えも早いのだろう」


「そうですね。かなりの才女なのでしょう。最初の頃は、煩く教えようとする王妃教育の教師たちを、返り討ちにしていましたから」


ジェイは思い出したように笑った。

皆、自分の知らないステラの話をする。


「ステラ様は、効率的に進めることにこだわっていましたね」


「無駄を省けば、その分余裕ができるっておっしゃってました」


他の事務官たちもステラを賞賛する。


「あの方は凄いです。女性とは思えない」


あまりに皆が褒めるので気分が良くない。


「確かに女性らしくないな。ステラは言うことが辛らつだ。はっきり物を言いすぎる」


大して話したことはないが、自分が感じた彼女の感想を言った。

しかし、それを聞いた事務官たちは首を横に振る。彼女を悪く言うと、皆が気分を害するらしい。


「殿下はもう少しステラ様とお話をするべきです」


「そうです。ものすごく女性らしい一面もお持ちです。新婚の時は、こちらが赤くなってしまうほど可愛らしかった」


「美しいだけではなく、なんというか、ずっと見ていたくなるような穢れのない感じの方です。それでいて、この人に従おうと思わせるオーラをお持ちでした。殿下があまりステラ様を表に出したがらなかったので、こっそり覗き見しに行ったりしました」


そんなことをしていたのかと思わず眉根を寄せる。

昔から執務室にいる者たちは私を揶揄っているのか?


「ほめ過ぎだろう」


腹立ちまぎれに音を立てて机の上に書類を重ねた。



「殿下が事故に遭われた時、混乱した王宮の臣下たちに指示を出していたのはステラ妃です」


「そんなことが新参者にできたのか?お前たちはすこしステラをカリスマ視し過ぎているようだ」


いくらなんでも、ステラが指示を出さなければ動けない程、皆が無能だとは思えない。


「何もできない私たちの救世主でした。ステラ様は凄かった。勿論、女性ですし他国の出身ですから、最初は執務室の者も使用人達も皆、言うことを聞きませんでした」


ジェイが低い声で当時の状況を説明する。


「それはそうだろう。上に立ち、臣下に命令する機会はなく、きっと苦労したのだろう。人を動かすには信頼を得る必要がある。信用されるには時間もかかる」



新しく来た彼女が、宮殿の古参たちを指示に従わせるのは難しかっただろう。

彼女は隣国から来た王太子妃だ。

今まで何かを決定する必要はなかったはず。


一人で必死に頑張ったのか、泣いて縋ったのか。

宮殿の者たちの信頼を得るには、誰よりも努力しなければならなかったはず。その成果と努力は認めよう。




「違います。あの時は、時間をかけずに私たちをまとめ上げました。ステラ様は権力を振りかざしたのです」


「……えっ?」


「ははは、そうでしたね」


「私は王太子妃だ!私より位の高い者はここにいるのか!」


「そうそう。私の言うことを聞きなさい!ここでは私が一番偉いんだって言ってました」


まさか……そんな無茶苦茶な。


「お前たちは何も言い返さなかったのか?女の、しかも他国の者が権力を振りかざした。そんな無茶振りに文句も言わずに従ったのか?」


なんて情けないんだ。自分の部下である側近たちが女に丸め込まれたのか。


「反対するなら代案を!です」


「代案……」


「そうです」


「ステラ様より良い案を出せる者がいなかった。殿下の治療に対してもそうでした」


「救えないって言って治療を投げた医師に、ママミアの治療を拒む権利はないでしょうって食ってかかった」


「命を救えないという者と救えるという者がいる。どちらを選ぶのかは明白です。とおっしゃいました」


なんて女なんだ。


「恐ろしいほどの、自信だな」



「いいえ。ステラ様は震えていらした。命がけで言ってました。殿下に、もし何かあれば、自分は命がないことを分かっていて、それでもママミアに治療をさせた」


命がけで……そんなことがあったのかと驚いた。


『仕事ができ頭がよく、カリスマ性があり、命がけで王太子を守る』そんな彼女だから皆が指示に従ったのか。


臣下たちがステラのファンであるのはよく分かった。


「わかった。彼女が凄いというのは理解した。だがいつまでも頼っていたくはない。私も早く元通り仕事をこなせるように努力する」


執務をやると言った以上は、自分でなんとかしなくてはならない。


「ステラ様に手伝ってもらえば、だいぶ楽になります。なのに、もう仕事をしなくていいなんてなんで言ったんですか」


ジェイが文句を言った。

口から出てしまった言葉は取り返しようがないだろう。


「今までずっとベッドにいたんだ。休んだ分は責任を持って自分でなんとかする」


「病み上がりなんですから、また倒れたりしたら困るのはこっちです」


ステラは慣れていない分、時間がかかっただろうが、自分は今までやって来たことだから彼女より要領よく仕事を進めることができる。


……はずだ。


「無駄口はおしまいだ。仕事を片付けるぞ」


執務室の事務官たちにはっぱをかけた。

そうは言っても、かなりの量がある。二、三日では終わりそうにないなと思った。


一緒に散歩をして、彼女はあまり話をしない王女だと感じた。

だが、離宮で食事を摂らせろという我儘を通した。

食事が口に合わないのなら、王宮の調理師に作らせるように助言したが自分でするという。

この国に馴染もうとしていないことは明らかだ。



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