第15話危篤

ママミアが同行する事になり、知らせを聞いてから五日が経過してやっとボルナットへ到着した。



「今までどこに!ウィリアムがこんな状態なのに、一週間も不在だったなんて。いくらなんでも正妃として……」


今までは私の秘書として接していたはずのナージャが私を責め立てた。

彼女が私が不在の間ウィルに付き添っていたようだ。



「ウィリアムの様子はどうですか、医師と話をさせて」


「意識がない状態で一週間生死をさまよっていらっしゃいます」



私はママミアを伴いウィルの病室へ急いだ。

その間すれ違う宮殿の者たちが、責めるような目で私を見る。



「……ウィル!」



彼はベッドで横になり、体中包帯を巻かれている状態だった。



「ステラ様、ウィリアム殿下は非常に危険な状態です。骨折などもありますが、何より頭を強く打ちつけていましたので手術をしましたが経過はよくなく……手の施しようがありません」



「ウィル……私よ、ステラよ……」


ベッドの脇に跪いて彼の手を握る。反応はない。



「ママミア、お願い……」


「だ、誰ですか?ウィリアム様のお身体をわけの分からぬものに触らせるなどなりません!」


「お止め下さい!ステラ様」


「おい!何をしている、この者を下がらせろ!」


近くにいる護衛に側近たちが命令する。



「待ちなさい!手の施しようがないと言ったでしょう、貴方は医師よね?ウィルの治療を投げたのよね、ならば黙っていなさい。私のやることに口を出さないで!」


彼らを怒鳴りつける。



「ステラ様!ウィリアムに変な者を近づけないで下さい。そんな事をしていいと思っているんですか、よそ者のくせに!」


「ナージャ、変なものを私に飲ませたのはあなたの方でしょう?黙っていなさい。口出しはさせない」


私はウィルに近づこうとする者たちを牽制した。

ナージャは私の言葉を聞き青ざめて後ろに下がった。


「貴方たちは私を誰だと思っているの?王太子ウィリアム殿下の正妻よ。今ここに居る誰よりも位が高いの。無礼者、下がりなさい」


権威のある落ち着いた声色で彼らを威嚇した。

痩せ細った血の気のない彼の顔を見る。この国の医師にできる事がないのなら、ママミアに委ねるしか残された道はないだろう。

私は彼女にウィリアムの状態を確認してもらった。


「治療はするが……後遺症が残る可能性がある。時間もかかるが命は助ける」


「わかりました。お願いします」


後遺症とはどんなものだろう。

でも、彼女は命を助けると言った。

他のどの医師も言えなかった言葉を口にしたのだ。


信じるしかないと思った。




ママミアはウィリアムの治療に取り掛かった。

王宮の医師や薬師を顎で使い、必要な薬草や器材を用意させた。

意識のない今のうちにやっておくべき事があると、手術までやってのけた。

流石に国王陛下の許可を必要としたが、救えないと言った王宮医師たちに任せる意味があるのかと私が食い下がった。命と引き換えてでもウィリアムを治療させて欲しいと願った。



そして、医師たちの力が及ばない段階を、ママミアは見事に突破した。

三日後にはウィリアムの状態は持ち直した。


少しずつ彼の顔色も良くなっていく。

私は安堵のため息を漏らす。


けれど彼の意識は戻っていない。



王太子が抜けた穴は大きく、私は国王や王妃とも話し合い、重臣たちの会議にも参加した。

ウィリアムの状態をみながら精力的に仕事をこなした。


二週間が経ち、外傷は目立たなくなった。骨折した場所は固定され、動かせない状態だった。けれどママミアが意識がなくともリハビリはできると言った。

王宮医師たちを指導してやり方を伝授していた。


皆が彼女の手腕に驚かされ、熱心に彼女の話に耳を傾けた。

ボルナットは医療も発達しているが、ママミアの魔法のような治療法は教科書に載っていないものだった。



ナージャは常にウィリアムの傍で彼の世話をやいていた。

体を拭き、水分をスプーンで与えてマッサージする。その姿は献身的な妻そのものだった。








「側妃が懐妊されました」


その知らせは会議で報告された。

私は一瞬、体がかたまったように動けなくなった。

驚きのあまり、青ざめてしまう。


場所は重臣たちや国王陛下もいる会議室だ。

気を取り直して、できるだけ冷静に言葉を発する。


「大変喜ばしいことだと思います」


まさか……結婚して間もないというのに、ナージャが懐妊?




ナージャが私に飲ませていたお茶の茶葉に、避妊薬が混入されていた。

それはこの国では流通していない珍しいものらしく、検査したとしても気がつかれないだろうとママミアから報告を受けていた。


ウィリアムが生死をさまよっている状況で、避妊薬の件を公表すれば王宮が混乱する。

私はそう思い、その件は全てが片付いてから明らかにしようと思っていた。


けれど……妊娠。


ウィリアムの子を身ごもったとなれば彼女は未来の王の血を受け継ぐ者の母となる。

そうなれば、彼女が私に避妊薬を飲ませていた事実はもみ消される可能性が高い。


正妃である私の立場は一気に地に落ちるだろう。



ウィルは、ナージャと閨を共にしないと言っていた。けれど彼女は結婚式後すぐに妊娠した。

心臓を締め付けられるような息苦しさを感じた。


嘘つき……


音も消え、暑さもわからない。これほどまでにショックを受けている自分が信じられなかった。

時は残酷に進んでいく。新しい御子は、母親の腹の中ですくすくと成長する。宮殿では、世継ぎのためにあらゆる物が揃えられていく。


『ご自分の代わりに新しい命を残して下さったのですね』という痴れ者まで出てきた。

ウィリアムはまだちゃんと生きているのに。


懐妊の知らせは、ウィリアムの状態を鑑みて大々的には公表されなかった。

それでも王家の血を継ぐ御子が、皆の心の中に光を与えたのは間違いない事実だった。


そして。


治療を始めてひと月後にウィリアムは意識を取り戻した。




彼が目覚めて、一番先に目に入ったのはナージャの姿だった。


「ナージャ……」


「ウィリアム様……」


誰もが目に涙を浮かべて、ウィルの意識が戻ったことを喜んだ。


私も彼の側に駆け付けて、手を握り涙した。


「ウィル……ウィル。良かった」


彼は薄っすらと目を開けて、私を確認すると眉をひそめた。




「お前は、誰だ……」




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