第14話 コースレッド
ウィリアムとナージャの結婚式は厳かに行われた。
北の離宮が側妃の住まいとなるようだ。
中庭には、様々な種類のバラが植えられローズ宮殿と名付けられた。
万が一側妃が増えることとなっても使えるような大きなつくりになっていた。
「ウィリアム殿下はハーレムでも作る気でしょうか?」
「これから続々と側妃がやって来る想定なのかもしれないわね」
「贅沢な離宮です。ステラ様のものより豪華な装飾の家具が運び込まれていますよ」
サリーはローズ宮殿を観に行っていろいろ報告してくれた。
彼女は腹が立っているようだ。
正妃である私より豪華な家具が搬入されるのが気にくわないらしい。
「そうね。ナージャの実家はそれほど裕福ではないようだから、殿下が買い求められた物かもしれないわね。けれど、贅沢することが良いことだとは限らないわ」
ウィリアムはナージャに無茶な要求をした責任を感じているのだろう。
彼はナージャをお飾りの側妃として宮殿に留めることに対して、その対価を物で支払っているつもりなのだ。
「ナージャ様はウィリアム殿下に好意を向けていらっしゃいました。決して職務に忠実だったからという訳ではない気がします」
「男の人って鈍感よね。女心が分かっていないというか、残酷というか……」
ナージャは一人の女性として、ウィルに好意を向けていた。
そしてそれは愛情だった。
サリーも気がついていたのだから、宮殿では周知の事実ということだ。
ウィリアムだけは、ナージャが仕事で側妃になってくれたと思っているのだろう。
彼は王室に対して忠実な部下としか思っていない。
彼女の行為が、恋愛感情からくるものだとは気づいてないだろう。
結婚式の日程が決まり、その後の会議で私を帰郷させることが決定された。
式の後、一ヶ月間コースレッドで過ごすらしい。
「だからといって、ステラ様を里帰りさせるなんて酷いと思います」
「新婚の二人を正妃が邪魔しないように配慮したのよ」
そんなことをしなくても邪魔なんてしない。けれど世間の目はその心配を拭えないのだろう。
ウィルはナージャと体の関係を持たないと言っていた。
けれどそれは口先だけだろう。彼は王太子として国の未来を一番に考える人だ。
彼の言ったことを信用するしないの問題ではない。
私が世継ぎをつくることに異議を申し立てる権利はない。
「ステラ様、一ヶ月もコースレッドに帰れるのですから楽しみましょう。久しぶりにお友達にも会えますし、羽を伸ばした長期休暇ですね」
サリーは私に気を遣い明るく話しかけてくれた。
「そうね。せっかくだし、故郷の食事を楽しみましょう。王宮の皆の顔も見たいわ」
「楽しみですね」
ええ、とサリーに笑顔を向けた。
私たちは結婚式の翌日にコースレッドへと向かった。
ウィリアムは新しい側妃のことで忙しかった。
彼とはゆっくりと話す機会がないまま、伝言だけ残して出発することになった。
『ナージャが側妃として落ち着いたころに帰ってきます。久しぶりに故郷でゆっくりさせて頂きます。どうぞお体に気を付けてお過ごしください』
新しい側妃のことと、私への気遣い。きっとウィルは大変だろう。
私がいない方がスムーズに進む事案もたくさんあると思う。
◇
そして、私たちは三日かけてコースレッドまで帰って来た。
今回の帰郷で、ナージャが私に飲ませていたお茶の茶葉を持ち帰っている。
まさかとは思うけど、もし避妊薬などが混入されていたとしたら、それは王家に対する謀反だ。
私が授かる子は王家の血筋の御子。それを故意に邪魔することは重罪だ。
頭の切れるナージャがそんな危険な橋を渡ろうとするはずはない。
けれど子ができなかったのは事実だ。
そして、引っかかることはある。
彼女以外の者がその茶葉に関わっていなかったという点だ。
他の侍女でもなく薬師でもない。彼女がいつもそのお茶を入れてくれた。
しかも閨の期間だけだ。
モヤモヤした気持ちをスッキリさせるためにも、ちゃんと成分を調べようと思った。
ボルナットでは誰にも知られず調べることは難しいと思った。
コースレッドでこっそり調べるつもりだ。
「死んだ人を生き返らせたっていう薬師の老婆に頼んだんですよね?」
「森の奥に住んでいて魔女と言われている人。素晴らしい腕の持ち主らしいわ」
「なんだか噂では、とても変わり者だとか。信用できるのでしょうか」
「戦争で爆風で吹き飛ばされた兵士を生還させた薬師のようよ。信頼している人からの紹介だから大丈夫でしょう」
私はその魔女という老婆に茶葉の分析を依頼した。
ボルナットで分析してもらうより、よほど信用できると思っていた。
しばらくしてボルナットから手紙が届いた。私に宛てた私的なものだ。
【ステラ、君がいなくてさみしい。
昨夜君の夢をみた。
目を覚ましたくなかった。
毎日君を想っている。
離れているのがつらい。
はやく逢いたい。
愛している】
手紙を抱きしめた。
いつの間にか涙が流れていた。
◇
コースレッドに帰って来て二週間ほど経過したとき、ボルナットの王宮からの急ぎの知らせが届いた。
それも勅旨を伝える使者ではなく、早馬を使った手紙だ。
ただことではないと感じた。
『ウィリアムが事故に遭い危篤』
思わず言葉を呑み込んで手紙を凝視する。
コースレッドの宮殿内も騒然とし、国王である父は情報を得るために動いてくれた。
それは視察へ向かう途中、山道で起こった落石による事故だったらしい。
彼は重傷を負い、命の危険があるという。
「ステラ様!」
急な知らせにサリーが動揺している。私は驚きで心臓が激しく動悸する。
「詳しい状況は分からないわ。とにかくボルナットへ戻りましょう」
手の震えがおさまらない。
慌てては駄目だ、私は王太子妃、ウィリアム殿下の正妃だ。
こういう時こそ冷静に、しっかりしなくてはならない。
「すぐにボルナットに戻ります。荷物などは後からでもかまわない。夜間も走れる馬車と、御者、護衛をお願い」
その時、私室のドアがノックされ、従者が焦ったように中に入ってきた。
「ステラ様。客人がお見えです。薬師のママミアと申しております。重要な知らせがあり、急遽お目通りをと……」
茶葉の分析を頼んだ薬師の老婆だった。タイミングが悪すぎる。
今、客に会っている暇などない。
「こんな時に……!」
「そんな場合ではないわ!今、ステラ様は大変な時なんです。また日を改め……」
私はサリーの言葉を止めた。
「待って!ママミアを連れてきてちょうだい」
そうよ、そうだわ、老婆は魔女と言われる薬師。
「彼女をボルナットへ同行させます」
嫌だと言おうが連れて行く。老婆に協力してもらうしかない。
最終手段だ、王命を出してもらってでも同行させる。
私は何度か深呼吸をして神経を鎮めた。
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