第13話側妃


私の担当だった側近たちの配置転換が大規模に行なわれた。


侍女も変わり、秘書のナージャも私の傍からいなくなった。



「これは決定事項です」


ウィリアムから聞かされるのならまだしも、側妃を娶ることを知らせてきたのは、私に王室のマナーを教えていた教師のサバエバ公爵夫人だった。彼女は私の事を嫌っている一人だった。


「承知しました」


「これは、歴史においても王室では当たり前に認められている事です。国王が側妃を持たれるにあたって、異議申し立てなどは……」



「承知しました。と言いましたが?」


私がそれを聞いて文句を言うとでも思ったのだろうか。


「うっ……何か質問はございますか?」


「いいえ。細かい日程が出ていましたら教えて下さい。それと、ウィリアム殿下がいない状態で、私と側妃だけで出席する会などがありましたら事前に知らせて頂きますようお願いします」



知らされて絶望する様子が見たかったのかもしれないけれど、噂は随分前から出ていたし、そうなった場合の準備もしていた。子どもができなかったのだから仕方がない。

私はお世継ぎを産むこと以外で役に立とうと思う。



今後も必要とされるのなら、この国の為にウィリアム殿下をお支えしていくつもりだ。



結婚して十カ月、懐妊の兆しはない。

一年目であるその月に、ウィリアム殿下は新たに側妃を迎えられる。


式は大規模な物ではないが、国民に知らせる為に、私も側妃を祝う式典に参加する。


先月の閨の日からウィリアムとは一度も顔を合わせていなかった。



今日は閨の日だ。

夫婦の寝室で待っているが、彼は来るのだろうか。


猫足の豪華なソファーに座って彼を待つ。

この先、こうやって殿下を待つ必要もなくなるのかもしれないわね……



けれど、来なければ来ないで構わない。

彼は王太子だ。変な嫉妬は醜いだけだ。政略結婚でこの国に花嫁として嫁いできた。

私は後に国母となる存在だ。しっかりしなければならない。

そう。お世継ぎをつくる一番大切な責務の為に、側妃を娶られることに対して文句はない。

私は自分にいい聞かせた。


彼はきっと私に申し訳ないと思っているだろう。

そこをフォローするのは私の役目だ。



「ステラ……」


「ウィル、いらっしゃいませ。お疲れさまでした」



彼はとても憔悴した様子で、私の座っているソファーの前に膝をついた。



「ステラ、すまない……」


謝らなくてもいい。けれど、誰か別の人ではなく、ウィリアム本人から側妃の件は教えてもらいたかった。



「殿下……ウィル。大丈夫よ。私は分かっていた事だったし、覚悟はしていたわ」


「愛しているのはステラ君だけだ」


真っすぐ目を見て真剣に彼はそう言ってくれた。


私は彼を抱きしめた。


「ウィル。私は子を身ごもる事ができなかった。まだ一年しか経っていないけど、それでも凄くプレッシャーを感じていたの。だから、別の方が貴方の子を身ごもってくださったら、それはそれで嬉しいの。貴方の血を分けた御子よ。未来の王室を継いでくださる御子を産んでくれる側妃の方に、感謝したいくらいだわ」


大丈夫よと言って彼の頬に口づけた。

ウィリアムは驚いたように目を見張る。


「君は私が側妃を娶ることに反対ではないのか?」


……ああ。まただ。


「ウィル。まず、私はあなたを愛している。できればあなたの御子を私が産みたい。けれど、貴方はこの国の国王になる人だわ。だから、賛成とか反対とか私が言える立場にはない」


「私は反対した。ステラ以外の妃は必要ないと言ったが、それは聞き入れてもらえなかった」


分かっている。王太子である以上婚姻に対して個人的な意見はできない。


「ステラ、新しく側妃になる者をここに呼んでいる。非公式だ。君に知らせなければならないと思い連れてきた」


突然の謁見に驚いた。

いくらなんでも今は夜着にガウンを羽織った状態。

客人に会う装いではない。それにここは夫婦の寝室だ。


私が驚いて言葉を発する前に彼は、側妃になる者を室内に招き入れた。




「……ナージャ!」



部屋に入ってきたのはナージャだった。

彼女は私と殿下の閨の世話をしてくれていた側近だ。

何度も夜着姿を見せているし、問題はないかもしれないが……


ナージャ……


「ステラ様、ご報告が遅くなり申し訳ありませんでした」


彼女は私に深々と頭を下げた。


「私は側妃を娶る事に反対した。けれどどうしても必要だという重臣たちを何とか説得する為に、ナージャを選んだ。彼女とは閨は共にしないつもりだ」


「そんな……ことは……できないでしょう」


「いや、ナージャがそれを受け入れてくれれば問題ない。私は側妃の座をナージャに与え、生活の保障をする。それは二人の取り決めにして外部には漏らさない」


「私はそれでも構わないと殿下に申し上げました。側妃の件はいくらなんでも早すぎます。しかし、重臣たちはそれを認めません。ですから殿下とステラ様の御子ができるまで私がお飾りの側妃役を務めさせていただきます」


「ナージャには君との間に子ができるまで待ってくれと頼んでいる。彼女は伯爵家の令嬢だ。ギリギリだが身分的には問題ないだろう」


「そんな……ナージャはそれで構わないの?」


「この国の為でございます。ウィリアム様の為になるのであれば私は光栄です」


私は心の解けぬ表情になり深い溜息をついた。

ナージャがそれでいいなんて……


「私と殿下に子ができなかったら、ナージャが代わりに産むという事ですね?」


「そうなれば……他に側妃を娶るかもしれないし、彼女が産むかもしれない。私が子種を持っていないかもしれない。そんなことは分からないだろう。ただ、側妃の件はまだ早すぎる。だから、今はナージャを表向き側妃として娶ることにした」



少なくとも、ウィリアムにその気がなくてもナージャはウィルのことを……多分愛している。

この計画には問題しかないだろう。


応急処置として取った手段にしては、あまりにも軽はずみで愚かしい。





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