第16話ウィリアムside 記憶


目が覚めると自室のベッドで寝ていた。頭がガンガンする。体が重い。

どうやら私は大きな事故に遭ったらしい。



側近たちから落石事故のことを聞いた。

当時の状況は全く記憶になかった。視察に行っていたことも覚えていない。

そして奇妙な老婆が私の治療にあたっていた。

王宮の医師団はどうした?なぜこんな怪しい老婆に私の治療をさせているのか不思議だった。


眉をひそめる私に、医師が説明をする。


「殿下は生死をさまよっていました。もう王宮の医師たちにはどうすることも出来ず、コースレッドからステラ様が連れてきて下さった薬師に治療の全権をゆだねました」


説明されても意味が分からなかった。

よそ者の薬師に王族の治療をさせるなど、あってはならないことだろう。


「その薬師はボルナットの医師にできなかった治療を施したというのか?」


「はいそうです。恐れながら、殿下は手の施しようのない状態で、後は死を待つのみという状況でした。我々の力不足で大変遺憾です。申し訳ありませんでした」


医師たちが深く頭を下げた。

それは事実らしく、父である国王からもママミアがいなければ自分は死んでいたと告げられた。

信じがたい話だが、事実自分は大怪我を負っていることは確かだ。


「……体が重い。それに、ステラとは誰だ。もしかして私の妃になる予定のコースレッドの王女か」


「ステラ様は……王太子妃でございます……」


「婚儀はまだだろう。半年先だ」


皆が私の言葉に驚いたようだった。


混乱しているらしい私の記憶。

検査をしなければならないと言われた。




結果、私にはステラ王女がこの国に来る数カ月前までの記憶しかなかった。私は過去二年の記憶を失っていることが分かった。


婚儀が滞りなく行われ、彼女は私の妃となって一年と二ヶ月が過ぎたらしい。

しかし彼女との間に子はできなかったという。

そして、二カ月前に側妃としてナージャが私のもとに輿入れした。


側妃を娶るとしても、なぜナージャなんだ。


彼女は幼少期から幼なじみとして育った妹のような存在で、王宮の事務方として私の秘書のような役割をしていた。

ナージャを女性として意識したことなどなかった。

婚約者の候補として名が挙がったこともない。彼女は伯爵令嬢で身分も低い。誰かの政治的な意図が絡んでいる訳ではないだろう。

私が選んだのか?

全く覚えていない。



「ママミア殿。今回は私の命を救ったと聞いた。感謝する。しかし、記憶が飛んでしまっている。体も重いし、自由に足が動かない」


「後遺症でしょう。殿下はお若いので、リハビリを続ければ問題なく手足の不自由は改善されるでしょう。体力は衰えていますが、そのうち元に戻るでしょう。記憶の部分は、脳の問題です。思い出されるかどうかはわかりません」


「そうか」


事故以前の二年間の記憶が抜けてしまっている。しかしそれは大きな問題ではないだろう。執務をこなし、王太子としての公務はちゃんとできる。

この二年の間に国政が荒れたり、飢饉や疫病が流行ったわけではなかったという。

国民が平穏であったのなら、それは申し分ないことだ。

それに、面倒な結婚の儀をもう終えていることに対しては、逆にありがたいと思えた。

正妃との間に子はできなかったようだが、側妃が身ごもった。それも面倒事を記憶のない状態で終わらせているとは、助かったと思える。



「これ以上、私にできることはございません。国へ帰らせて頂きたい」


ママミアはコースレッドの王命でここへ来たという。


「私の為に足止めしていたようだな、済まなかった。今回はコースレッドの国王の手を煩わせてしまった。我が国の王もそなたに多大なる感謝の意を表している。十分な褒美を用意させよう」


「ステラ様がいなければ私はここへ来ておりません。感謝なら妃殿下に申されるべきだと思いますよ」


ステラ王女か……

よほど皆から信頼されている王女のようだな。しかし私は彼女と話をしたことがない。


「ステラにも感謝をしよう。ママミア、何かあればいつでもボルナットの国王を頼ってくれ」


どうか我が国に留まってはくれまいかと国王が望んでいるが、ママミアはコースレッドの国民だ。無理は言えまい。



「ここの医師たちは勉強熱心でした。後の治療は王宮の医師団に任せても大丈夫でしょう。それと、ステラ様にとある茶葉の分析を頼まれておりました。その結果は手紙で報告していますので、目を通しておいてください」



「……わかった。少し疲れた、休ませてもらう」


茶葉?とはなんだ。


とにかく老婆は早く祖国に帰りたいようだったので、後は王宮の者に任せて私は休むことにした。

栄養を摂り、眠ってリハビリだ。今の私はそれが仕事らしい。

ママミアに感謝を伝えられたのでもう十分だろう。


私はベッドに横になり目を閉じた。


瞼の奥の暗闇に、失った記憶が映ればいいが思い出せないのだからどうしようもない。

正妃に子ができなかったのは、もしかして白い結婚だったのかと思った。側近のジェイに訊ねてみたが、そうではなく、ステラとは仲睦まじく過ごしていたと言われた。


仲睦まじくとは、おかしな話だ。

私が妻に対して愛情を持って接するなどありえない。

そもそも後に国母となる女性に、愛だの恋だのは関係ない。

私たちは王太子と王女という立場、政略結婚の意味を互いに理解しているだろう。


ナージャが世継ぎを身ごもったと聞くと、これで王家も安泰だと安心した。

子が産めぬ正妃などは役立たずだ。


けれど隣国との政治的な条約がある以上、ステラと離婚はできない。

ステラ王女の機嫌を損ねないよう接しなければならない。

適当に正妃らしく宝石やドレスを買わせて、贅沢させておけば問題ないだろう。



とにかく一刻も早く政務に取り掛からねばならない。私が闘病している間に仕事が山積みになっているはずだ。早く元の身体に戻さなければと気が焦る。


ナージャが私の部屋へやってきた。

彼女は暇を見つけては様子を見に来る。


「ウィリアム様。まだゆっくり療養して下さいませ。お腹の子のためにも、十分お体を休めて早く元気になっていただかなくては」


「ナージャ、君は私の看病をずっとしてくれていたらしいな。側近たちが褒めていたぞ。懐妊したことも喜ばしい。よくやった。大業を成し遂げてくれて感謝する」


「ありがたいお言葉にございます」


「まだ妊娠初期だろう。大事があってはならないから、ゆっくりと静養して丈夫な子を産んでくれ」


涙を流しながらナージャが私の手を取った。

馴れ馴れしい態度に驚いた。


妻なのだから、それくらいは当たり前なのだろう。しかし、今まで部下だった者に急に手を握られ違和感しかない。

それに女性にべたべた触られるのは好きではない。

妻を娶るという現実は、煩わしいことこの上ないと感じた。


正妃も私にひっついてくるのだろうか。


夜会等のエスコートであれば仕方がないが、できることなら距離は取りたいものだと思った。



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