25.十四日目。デートをする私と王子様

 なんてこと。



 ……なんてこと!!




 カーテンから漏れる朝の光が、微笑むイライジャ様を照らしている。

 昨夜は……なんてこと。

 私の鉄の意志は、一体どこへ行ってしまったというのか。


「クラリス」

「見ないでくださいませ……」

「昨夜のそなたは、とても可愛かった」

「言わないでくださいましーー!!」


 ああ、もう!!

 恥ずかしくて消えてなくなりたいのですが!?


「クラリスの初めてをもらえて、俺は嬉しい」


 ですから言わないでくださいませ……このとろけるような甘いお顔がいけないのです。

 私の鉄の意志は、木っ端微塵に砕かれました。

 あああ、本当になんということを……側仕えにあるまじき行為をしてしまうとは……!


「大丈夫だ、なにも心配することはない。そなたが俺のそばで能力を遺憾なく発揮してくれれば、誰も文句など言わぬだろう」


 王子は私のことを買い被り過ぎなのです!

 私にそんな能力などないし、イライジャ様に合う素晴らしい女性は他にいくらでもいるのだから。

 しかしだからこそ、これは本当に私のことを好いてくれているのだとわかる。

 恋は盲目とはよく言ったもので……王子は今、私と結ばれた幸せから、周りがなにも見えなくなっているのだ。

 ああ、鉄の意志が砕かれてしまったことが悔やまれる……

 月下の踊り子は、男性だけでなく女性にも効果があったのだろう。ええ、きっとそうに違いない。

 私が、あんなに、乱れ……あああああああああああああ!!!!


「クラリス、もう一泊していこう」

「はい!? なにをおっしゃっているのですか?!」

「早く帰らねばならぬこともあるまい」

「それは……そうですが」


 畑は全滅してしまっていて世話はいらないし、建国際はまだ先のこと。

 確かにもう一泊しても、なんら問題はないのだけれど……


「ジョージ様と同じ生活を味わおうとしていらっしゃったのでは」

「どれだけ大変なのかはもうわかったからな。こうしてゆっくりとプライベートを過ごすことなどないのだから、たまには良いだろう?」


 そう言われると、なにも言えなくなってしまうではありませんか。

 イライジャ様は王族としてずっと政務をこなし続け、個人的な旅行などなさったことがない。

 せっかくできた自由な時間だというのに、過酷な生活ばかり続けるのはお可哀想だ。楽しく過ごしてもらえる方が、私としても嬉しい。


「そうでございますね。あまり派手には動き回れませんが、それもよろしいかと」

「よし、決まったな。では少し出かけるか。そなたの体が大丈夫そうなら、ではあるが」

「だ、大丈夫でございますっ」

「それなら良かった」


 もう、嬉しそうなお顔で笑うのですから!


 私たちは村の外に出ると、散歩をしながら土産物屋を覗いてまわった。

 イライジャ様は終始笑顔のまま、幸せそうで。

 そのお顔を見ると、私は罪悪感に襲われてしまう。


 どうしてイライジャ様は、私などを好きになってしまったのか。

 男性は、年上の女性に憧れを持つと聞いたことがあるし、おそらくそれなのだろうけれど。

 憧れを好きと勘違いしているのは仕方ない。しかし関係を持ってしまった今、建国祭を境に私が消えてしまえば……きっとイライジャ様はショックを受けるに違いないのだ。


 困った。


 手を恋人繋ぎするイライジャ様も、ブドウを買って私に食べさせてくるイライジャも、ペアリングを買おうとしているイライジャ様も、ことあるごとに「愛している」と言うイライジャ様も、立ち止まってはすぐにキスをしてくるイライジャ様にも、すべてのイライジャ様に困っているのですが!?

 嬉しそうな顔が止まらないイライジャ様に、心底どうしていいのかわからないのですがー!!


「クラリス、そなたも楽しそうでなによりだ」


 そして私、困っていたはずなのにどうして楽しそうな顔をしているというのか!!


 ああ。そうか。

 私は──楽しいのだ。


 こんな風に、一般の男女のようなデートをしていることが。

 イライジャ様と、恋人同士のようにいられることが。


 なんてこと。


 私は、イライジャ様を、愛してしまっているのだ。

 息子のようにではない。一人の男性として。


「どうした、クラリス。顔が赤いぞ」

「今日は暑いからでございますっ」

「そうだな、今日は日差しが強い。大丈夫か、気分が悪くなったりはしていないか」


 イライジャ様、お優しすぎます……

 どうすれば……ますます好きだと自覚してしまうではないですか!!


「体調は問題ございません」

「なら良かった。昨夜は無理をさせてしまったからな」

「昨夜のことは持ち出さないでくださいまし!?」

「はははっ!」


 まったく、この王子様はもう!

 ああ、しかし私のこの気持ちを知られないようにしなければ。

 あくまで私は息子のように思っているのだと……そう思わせておくべきだ。

 でないと、このままでは離れ離れになった後、イライジャ様はいつまでも私を待ってしまいかねない。


「愛している、クラリス」


 私は道端で何度目かのキスを受け。

 あまりの溺愛っぷりにくらくらしてしまいそうになりながら、なんとか意志を保つ。


 そして宿に戻り夜になると、私はイライジャ様に月下の踊り子をつけられ。なぜかご自身もつけられていて。


 私たちはかすかな月明かりを感じながら、夜を過ごした。

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