24.十三日目。ご立派な王子様

「そもそも同室など、今さらであろう」


 イライジャ様の乾いた髪はしかしセットされておらず、無造作にふわりと広がっている。

 その笑みも相まって、私は直視できずに視線を逸らした。

 確かに、小屋では同室にならざるを得ない。一室しかないのだから。

 しかしここなら、お金さえあれば何部屋でも借りられるではありませんか!

 もちろん無駄遣いはよろしくありませんが、これは無駄ではないはずなのに!


「どうした、クラリス」

「ち、近づかないでくださいまし!」

「そんな言い方をされると、傷つくぞ」

「あの小屋とこの宿を一緒にしてはいけません!」

「なにがどう違うと言うのだ」

「生きるために生活する小屋と、道楽のための宿では目的が違います」

「ほう。ではこの宿ではなにが目的だと?」


 もく……てき……?


「顔が赤いぞ、クラリス」

「な、なにも考えてなどおりませんよ!!?」

「そうは見えなかったがな」


 イライジャ様は、ははっと声を上げて笑っておられる。

 また揶揄われただけだとわかった私は、はっと息を吐いた。


「それにしても良い香りがするな、クラリス」

「……お姉さんが石鹸を……石鹸を! 貸してくださったので。イライジャ様はきつい香りのものがお嫌いでしょうから、近づかないでくださいませ」

「そなたから香るものは、すべて甘美だ」


 甘美……甘美!?

 なにをおっしゃっておられるのか、この王子様は。

 というか、近づいてこないでくださいまし!


「やはり、この香り……俺を誘っているのだろう?」


 うぐ。月下の踊り子に気づかれてしまったようです。

 誘ってなどおりませんから!!


「ご冗談を。我が子のように思っているイライジャ様を誘うなど、あってはならぬことです」

「そなたも中々強情だな」

「ひゃ!?」


 軽々と抱き上げられましたが!? そしてベッドまで連れて行かれているのですが!!


「なにをされるおつもりですか!」

「なにを? 具体的に説明した方が良いならするが」

「いえ、結構でございますーっ」

「ははっ、そなたは本当に可愛い」


 そっと下ろされた先は、思った通りベッドの上で。


 どうすれば。

 私はこのまま大切なものを捧げてしまうのだろうか。

 それも悪くな……いえ、良くありません!


 確かにこの身でイライジャ様をお慰めすることも辞さない……と思っていた時もありましたが。

 王子が私のことを愛していると知ってしまっては、意味が違ってくるのです!


 そう、これ以上愛されては……困るのです。

 別れがつらくなってしまうから。

 イライジャ様に悲しい思いをさせたくはない。こんなことを思うのは、傲慢かもしれませんけれども。


「そろそろそなたも素直になってくれ。クラリス」


 エメラルド色の瞳しか視界に入らないほど、イライジャ様との距離が近い。


「頑ななそなたも、嫌いではないが」


 そんなことを嬉しそうにおっしゃらないでくださいまし。

 私も強引なイライジャ様のことが嫌いでは……

 なにを考えているというのか、私は。

 もちろん、嫌いではない。嫌いではないけれども。

 なんてこと。断る理由がもう思いつかない。


「良いな?」

「悪くはありませんが、良くもございません……っ」

「悪くないなら、するが」

「合意のない行為は破滅の元でございますよ! ご自重くださいまし!!」


 私の訴えに、少しだけムッとしながらイライジャ様は距離を置かれた。

 着崩れそうになった衣服を直して、私はベッドに座る。

 どうにか早まらせずにすんで、ほっと息を吐いた。


「クラリス……愛し合う者同士なら、問題ないはずだが?」

「私がいつ、愛していると申しましたか。我が子同然の愛ならばありますが、それとこれとは別でございます」

「強情が過ぎる……」

「これはただの事実にございますから」

「どうすればそなたは認めてくれるのだ……っ」


 イライジャ様ははぁぁあっと大きな息を吐いて、前髪をくしゃくしゃっと掻かれた。

 落ち込んでいるところ申し訳ないけれど、お可愛らしい。


「月下の踊り子を香らせる好いた女を前に、耐えられる男は俺くらいのものであるからなっ」

「さすが王子、ご立派でございます」

「褒められてもまったく嬉しくない!」

「ふふっ」


 子どものようにむくれてしまったイライジャ様を見て、つい笑みが漏れてしまう。

 申し訳ないことをしている気持ちは、ちゃんとあるのだけれど。


「まぁ、無理強いはせぬと言ったのは、俺だからな。我慢の効くうちは、だが」


 そう言いながら、私は顎をくいっと上げられた。

 イライジャ様のつるすべなお肌が迫ってきて、なにをしているのかと混乱する。


「イライジャ、様……?」

「そなたをその気にさせれば良いのだな。俺を求めたくなるくらいに」

「イライ、んんっ!?」


 だから! なぜ!!

 キスは同意なしでもいいと思っているのですか!!

 一度は私からしてしまったとは言え、良いとは思わないでくださいまし!


「その気になったらすぐに言ってくれ」

「んんんん!!」


 言いませんから!!

 その気になんて、なりませんから!!


 私には鉄の意志が、鉄の意志が──



 ああああ……

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