手が欲しい、と思う時があるだろう。

手が回らない、忙しい。

そんなときは誰でもいいから手が欲しい。


今日は片手間に人伝えに聞いた話をする。

これは私の知り合いからの噂話だ。


仕事の残業、暗い夜道。

残業だったな、辛いなという感覚に陥った瞬間。

彼女は現れるのだという。

「手、いりませんか」

彼女は黒い服を着て黒い髪の毛を垂らし顔も見えない。

一見ただの奇妙な人間に思えるだろう。普通だったら声をかけすらしない。

だが、彼女は見抜いたようにこういうのだ。

「お仕事、大変でしたよね」

そこから、まるで見ていたかのように全てを言い当てる。

怒られた、押し付けられた、いじめられた、残業を言い渡された。

「辛いですよね、苦しいですよね」

事細かに、すべてに同情を強いる。

するとどうだろう、人間は見ず知らずの人間に同情されてもなお、嬉しいと思ってしまうのだ。

普通はそうではない、ただ、暗闇、疲労、その他さまざまな感情が入り混じり、人間はそれを承諾する。

「手、いりませんか」

そんな話の末に、彼女は再びこういうのだ。

「猫の手が欲しい」

「後輩が少しでも手を貸してくれたら」

「親の手を借りたいほどだ」

それを一言でも言ってしまえば彼女は消えて、翌日同じ場所に現れる。

紙袋を持って。


あとは慣れ親しんだ怪談だ。

彼女が「どうぞ」と渡してくる紙袋には腕が1本入っている。

慌てふためいて顔をあげても、そこには誰もいない。

結果、何者かに襲われて腕を1本失くす人が増えている…というものだ。



恐らくこの怪談は、口裂け女やらなんやらの話を捩ったものだろう。

いつからあるのかと聞かれても解らないものだ。

逆に、この怪談は何処で流通しているのかと聞かれれば、東京の中心地だという。


まあ、そうだな、あちらの方は誰かの手も借りたいほどだろう。

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蔓延る Rokuro @macuilxochitl

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