第一章⑨

 

   ***


 大聖堂から王宮にもどる馬車の中で、ソーンは無意識に歌を口ずさんでいた。街の景色をながめているとほおゆるんでくる。大通りはにぎわっていて、音楽がかなでられていた。

「今日はずいぶんとげんがいいようだな。歌の練習がうまくいったのか?」

 向かいに座ってジッとソーンを見ていた青年が口を開く。ヴィーセリツァという名ので、護衛やかんを主な任務としている。礼拝や聖歌連隊の歌の練習で街に出る時には、いつも彼が護衛としてついてきてくれていた。

 ヴィーセリツァはれい作法に厳しい人で、表情も険しい。笑顔など見たこともないため、ソーンは無意識にしゆくしてしまうことが多かった。

 けれど、送りむかえをしてくれているあいだに少しは慣れてきて、ちんもくも以前ほどは心地ごこち悪く感じない。ヴィーセリツァはよく気がつくし、きゆうていでソーンが恥をいたり失敗したりしないように、注意してくれたり、教えてくれたりもする。

 いそがしい任務の合間に、こうしてソーンの送り迎えや付きいもしてくれるし、危ないところを助けられたこともあった。王宮の外に出られるのも、ヴィーセリツァのおかげだ。

「歌の練習はいつも通りだったんですけど、今日はキリルっていう子と仲良くなれて、僕らは友達になったんです。僕と同じパートで、歌がすごくうまいんですよ。今まで一度も話したことがなかったんですけど、僕がちょっと困っていたら助けてくれたんです。それで、キリルにさそわれて、勉強会には出ず裏庭で……」

 ニコニコしながら話をしていたソーンは、「あっ!」と自分の口を手でふさいだ。

「つまりは、勉強会をサボって新しくできた友人とやらとしゃべっていたわけだな」

 ヴィーセリツァは聞きのがしてくれるつもりはないらしく、鋭い目でジッと見てくる。

「勉強会も大事だってちゃんとわかっているんです。でも、今日はキリルとお話をしていたくて。初めてできた友達だったんです。友達を作ることも大事なことだって、ジェニトさんにも言われていたから。うれしくてつい……」

 ソーンは「兄様におこられてしまうでしょうか」と、不安な表情になって首をすくめた。

たいまんは罪ではあるが、それを自覚して反省しているのであれば、洗いざらい自白して許しをうしかないな」

 厳しい口調で言われたソーンは、「は、はい!」と背筋をばす。

「だが……同世代の者と、人間関係をえんかつに構築することも、お前を聖歌連隊に放り込んだ目的の一つではあるだろう。人前で萎縮してばかりいては、王宮でもやってはいけないからな」

「でも、僕が勉強会に出なかったことを知ったら、兄様はがっかりするかもしれません」

「そう思うなら、反省の意を示すために自主勉強にはげめばいい。算術と読み書きの復習に加えて、魔術理論を十回音読するくらいで、団長も許してくれるのではないか? もちろん、今後はサボらないとせいやくすることも必要だぞ」

「魔術基礎理論を十回も!? 戻ったら、大急ぎでやらないと。それに、今度はちゃんと勉強会にも出ようと思います」

 ソーンが真剣な顔をして答えると、「ああ、そうしろ」とヴィーセリツァが満足そうに頷く。窓の外に目をやると、大通りの先に王宮のじようへきが見えていた。

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#コンパス 戦闘摂理解析システム アダム&ソーン 蒼の兄弟 ~うたかたの幻獣~ 著/香坂茉里 原案・監修/コンパス 戦闘摂理解析システム/角川ビーンズ文庫 @beans

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