第一章⑧
***
日の当たる裏庭で、ソーンはキリルと並んで木箱に腰を下ろす。
キリルは上着のポケットからリンゴを二つ取り出し、その一つを「ほら」とソーンにくれた。
「いいのかな?」
「
だらしなく足を投げ出してリンゴをかじりながら、キリルがククッと笑う。ソーンもリンゴを一口食べてみると、少し酸っぱくて
「キリルは、いつも勉強会には出ないの?」
「知っていることをわざわざ学ぶ必要はないさ。ソーンだってそうだろう?」
「勉強会に出たかったのなら、無理には引き留めたりしないよ? 今からでも
ソーンは少し考えてから、「今日は……いいや」とヘラッと笑って首を横に振った。勉強会に出るより、今はもう少しキリルと話をしてみたい。
聖歌連隊の中で、ソーンに話しかけてくる子どもはそう多くない。キリルもソーンの
礼拝堂で同じ椅子に座ってくれた時も、
「あいつに言われたことなんて、無視すればいい。ソーンが
「そうかな?」
「ダニールは来年には聖歌連隊をやめるからね。その前に、ソロを歌いたかったのさ。だけど、それが
「どうして、聖歌連隊をやめてしまうの?」
「
ダニールは歌の練習の時、音程を外してしまうことが多い。歌詞を
「僕じゃなくて、ダニールが選ばれたほうがよかったのかな?」
事情を聞くと、なんだか申し訳ないような気持ちになる。ソーンはまたいずれ歌わせてもらう機会もあるだろう。ダニールにとっては、これが最後の機会かもしれないのだ。
「選ばれなかったほうがあいつにとっては幸運なことさ。君の代わりに選ばれていたら、女王生誕祭の
キリルはそう言って、
「キリルはどうして聖歌連隊に入ったの?」
「親に
「僕はみんなと一緒に歌ってみたくなって。友達を作るいい機会だって、兄様も
ソーンはリンゴをもう一口食べると、ぎこちなく笑みを作る。キリルのように話しやすい相手は初めてでもあった。それは、キリルが話し上手だからだろう。
「ソーンってさ。本当に
「魔獣には変身しないし、できないよ!」
「夜になると
ソーンは「そんなふうにはならないよっ!」と、頭を
「もしそうなら、変身するところを見せてもらおうと思ってこっそり楽しみにしてたんだ」
「グラナートという魔獣がいるのは本当なんだけど、僕も見たことがないんだ」
自分の中に
(兄様の
ソーンの中の魔獣はそういうわけではない。以前、アカンティラドにグラナートを呼び出すことはできるのかと、質問してみたことがある。
『呼び出せたとしても、アレは人の言うことを
アカンティラドは、そう話してくれた。
セントグラードの
ソーン自身、グラナートが顕れた時のことは、ほとんど覚えていない。幼い
そうでなくとも、
「キリルは、僕のことが怖くない?」
「どうして? ソーンはすごいよ。魔獣を宿している子どもなんて
キリルはソーンを見つめてニコッと笑う。
「そうか……そうだね。みんなも、そう思ってくれるといいけれど」
「よかったらさ。僕と友達にならない? 君とならうまくやれそうな気がするんだ」
そんなキリルの提案に驚いて
「じゃあ、約束だ。僕はどんなことがあっても、ソーンの味方でいる」
キリルはリンゴの
「僕も約束するよ!」
「君の暮らしている王宮の話を聞かせてよ。どんなところ?」
「僕がいつもいるのは庭園だよ。花や果物がたくさん植えられていて、真冬でも温室は花が
「そいつはすごい! 一度、その庭園の花を見てみたいな」
「うん、僕もキリルに見せてあげたい!」
「君たち、こんなところで遊んでいたの!」
急に大きな声がして、ソーンはギクッとして振り返る。やってくるのは、
「キリル。今日はソーンまで連れ出して、勉強会をサボるなんていけない子ね!」
「ごめんなさい。
キリルはまずいという顔をして木箱から下りる。目配せされたソーンも急いで立ち上がり、「ごめんなさい!」と謝りながら一緒に
「二人とも、勉強会にはちゃんと出なさい!」
キリルとソーンは「「はーいっ!」」と返事をしてから、顔を見合わせて笑い合った。
約束するよ。いつだって、君の味方でいるって──。
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