第一章⑦
三
翌日の朝、大聖堂に出かけたソーンは、礼拝の後で聖歌連隊の子どもたちと一緒に礼拝堂に残っていた。『ミローディア』という名前がつけられている聖歌連隊に参加するのは、商家の子や、下町の職人の
歌の練習が始まる前、子どもたちは
子どもたちはソーンと目が合うと、すぐに視線を
落ち込んでため息を
ソーンがグラナートという
座って聖歌集を開いていたソーンは、隣に
そのうちに、歌の指揮をしてくれる青年の司祭と、
オルガンの前に移動し、それぞれのパートにわかれて半円形に並ぶ。ソーンも少しばかり
「はい、いいでしょう。ダニール君、また一番と二番の歌詞を
そう注意されたのは、黒色の
「それと……ソーン君」
「はいっ!」
名前を呼ばれたソーンは、ドキッとして返事をした。みんなが急に静かになって、ソーンに視線を向けている。
「もう少し自信を持って歌ってもいいんだよ。音は間違えていないから。ただ、声が小さくなる時があるね。家でも発声練習をやるように」
「はい……気をつけます」
落ち込んでしまい、返事の声も小さくなってしまった。
「それじゃあ、もう一度歌ったら今日の練習は終わりにしよう」
司祭が
練習の後、ソーンは下を向いたままトボトボと
(僕が下手に歌えば兄様にまで
小さく首を横に
ソーンは少し
「おい、ソーン。ソロを歌わせてもらえるからって調子にのるなよ。お前の歌が認められたからじゃない。お前の兄貴がお
ソーンの前に立つと、ダニールは周りにも聞こえるように言う。子どもたちも、「そーだ、そーだ!」と同調して声を上げていた。
「ごめんなさい……」
ソーンはしょげたように俯いた。確かに、ソーンは聖歌連隊に一番後から入った。実力で選ばれたと胸を張って言えるほど、自分の歌声には自信がない。司祭に注意されたばかりでもあった。
「ダニールなんか、もう五年も聖歌連隊に入ってるのに、一度もソロを歌わせてもらえないんだからな!」
「そーそー。よく歌詞を間違えるしな!」
「お金持ちの奥様が顔をしかめそうな下品な
「礼拝中にいきなり
「いいか? ミローディアは実力主義だ。聖歌連隊で認められたかったら、この俺を打ち負かしてみせろ!」
ジロッと
枝に腰をかけていた少年が、ピョンッと飛び下りてくる。ソーンはその顔を見て、「あっ」と小さく声を漏らした。歌の練習の前、同じ
「キリル……っ!」
ダニールが身構えて、その少年の名前を呼ぶ。
「ダニール。偉そうなことは、まともに歌えるようになってから言うべきだと思うな」
後ろで手を組みながら歩いてきたキリルは、ダニールに顔を寄せて意地悪く
「俺が下手くそだって言いたいのか!?」
「そこまでは言っていないさ。ただ、君よりソーンのほうが歌が
キリルはダニールと
「まあ、そうかもな」
「まったくその通りだ」
他の子どもたちは、顔を見合わせて頷き合っていた。
「おいっ、お前ら。キリルの口車にのせられんな!」
「みんなも、ソーンの歌は認めているようだよ? ミローディアが実力主義だというのなら、せめて君はもうちょっと
「俺の美声は近所でも有名なんだ。今さら、教わることなんてないね。余計なお世話だぜ!」
ダニールは「おい、行くぞ!」と、他の子どもらを
学習室の前で振り返ると、「お前らなんか、仲間に入れてやんねーよ!」と悪態を吐きながら舌を出していた。
「仲間に入れてくれなんて、
「キリル……あの、ありがとう!」
キリルは同じパートなのに、今まで一度も話したことはない。キリルが誰かと話をしているところを見かけるのも、初めてなような気がした。いつも一人でいて、物静かにしている。歌の練習の時も、司祭様に注意されているところを見たことがなかった。
「ソーン、君は勉強会に出るの?」
「そのつもりだよ。
「ああ、そうか。王宮で暮らしているんだったね」
キリルは
「それじゃあ、僕と一緒にサボらないかい?」
そんな
サボるなんて、今まで一度も考えたことがなかったから。
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