第一章⑥

 

   ***


 日が落ちたころ、夜番の任務をジェニトと交代してもらったアダムは、街の市場に立ち寄った後で宿舎へともどった。

 アダムとソーンの宿舎は、ほかの騎士たちが生活する宿舎とは分けられている。二人で生活するには十分な広さで使用人もいるため、不便なことは一つもない。帰ってきたことが物音でわかったのか、ソーンはすぐに階段を下りてきてげんかんにやってきた。

「兄様! 今日は夜番だったのではないのですか?」

「交代してもらった。夕食を作ってやる」

 アダムが扉を閉めながら買ってきた肉や野菜を見せると、ソーンのひとみかがやく。

「わぁ! 僕も手伝います。兄様の手料理、久しぶりですね!」

 かたうでをまわすと、ソーンはうれしそうにニコニコしてもたれかかってきた。



 夜、アダムはできた料理を食堂に運び、ソーンといつしよに夕食をとる。テーブルの中央に置かれたしよくだいでは、ロウソクのほのおが揺れていた。向かいに座ったソーンは、野菜と一緒にんだ肉を熱そうにほおっている。

「あまり急いで食べると、火傷やけどするぞ」

「すごくおいしくって。おなかもペコペコだったから」

 ソーンはずかしそうに笑い、ゆっくりとスプーンを口に運ぶ。今度はフーフーと息をきかけて冷ましてから食べていた。

「そうだ、兄様。僕、明日は聖歌連隊の歌の練習があるんです」

「礼拝の日か。できれば送ってやりたいが……」

だいじようです。ヴィーセリツァさんがいつも送りむかえをしてくれるから」

 ヴィーセリツァは、かんごく騎士の別名がある騎士の一人だ。女王イデアの命を受け、外出するソーンの護衛をしている。腕の立つ騎士だから、彼がそばについているのなら安心だ。

「そうか。聖歌連隊の練習はどうだ?」

「楽しいです。あっ、でも……まだ、慣れないことも多くて」

 ソーンが聖歌連隊に入ったのは数ヶ月前のことだ。礼拝の時、聖歌連隊の子どもたちが歌っているのを見て歌いたそうにしていたから、ジェニトに相談し、女王陛下の許しを得て参加させてみることにした。

 ジェニトも、王宮の庭園や図書室にこもってばかりいるソーンのことを、以前から心配していた。聖歌連隊にはソーンと同じとしごろの子どもたちも多くいるから、交流することは勉強になるし、気晴らしにもなるだろう。けれど、まだ他の子どもたちとめていないのか、ソーンは顔をくもらせる。

いやなら、無理に行かなくてもいいんだぞ」

「嫌というわけじゃありません。まだ友達はできないけど、司祭様もシスターもやさしくしてくださいますし、それに歌うのは楽しいです。今度の女王生誕祭で、僕もソロを歌わせてもらえることになったんですよ。少しだけですけど……それを兄様にも聞いてもらいたいから」

 目を輝かせるソーンを見て、「そうか」とアダムは微笑ほほえんだ。

(小さい頃は、いつも俺の後ろにかくれていたのにな)

 王宮に上がった頃は他の騎士たちがこわかったのか、おどおどしながらアダムの服にしがみついて様子をうかがっていた。今でも、大きな声や音にびっくりすることはあるようだが、自分からあいさつをしたり、話しかけたりもするようになった。引っ込み思案な性格もずいぶんと変わり、積極的に人と接するようになった。

 アダムはゆっくりと自分を成長させる時間なんてなかった。王宮に上がる前も、騎士見習いになった時も、戦場にほうり込まれた時もそうだった。生きるすべを必死に身につけなければ、自分自身も、弟も守ることができなかった。

 結果として、騎士団長という立場になれたのだが、同じような苦労をソーンにさせたいとは思わない。ソーンはゆっくり学んで、色々なことを習得していけばいい。

「生誕祭の日は、いそがしいですよね。兄様もトーナメントに出場するのでしょう?」

「いや、今年は出ないつもりだ。女王陛下の警護があるからな」

「それはちょっと残念です。兄様の試合がられるのを楽しみにしていたから……」

 たっぷりバターとはちみつったパンを、「ほら」と弟の皿に取り分けてやった。

「聖歌連隊の歌は必ず見にいく。それくらいの時間なら取れるからな」

「本当ですか? じゃあ、もっとがんらないと。兄様、後で練習を見てくれますか?」

「そのかわり、ちゃんと全部食べてからだ。よくめよ」

「はいっ!」

 ソーンは急いでちぎったパンを口に押し込む。甘い蜂蜜とバターを塗ったパンはソーンの好物だ。ペロッとくちびるめて、「おいしいです!」とほおゆるめていた。

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