第20話 思い出せ
「ニカ爺、ただいま」
「お前、その傷どうしたんじゃ?」
「仕事で失敗しちゃってさ。別に大したことないし大丈夫だよ」
「そんなわけあるか馬鹿者!いいから話をせい!」
今までに見たこともないほどの形相で怒るニカ爺を見て、正直なところ何が原因でこんなにニカ爺を激怒せているのか見当がつかなかった。
このまま適当にはぐらかしたとしても、胸倉を掴む勢いで問い詰められるに違いないと思った俺は正直に話すことにした。
「……というわけで、確かに失敗しちゃったけど、明日にはニカ爺を病院で診てもらえるんだ。これできっと良くなるね!よかったね!」
「お前は本当に馬鹿者じゃ。どうしてこんなにも面倒ばかりを持ち込むんじゃ」
「検査ってそんなに大変なの?一日もあれば終わると思うんだけど」
「そういうことじゃぁない。まぁ、いい。明日になれば迎えを寄越すんじゃろ?」
「そのはずだけど。ちゃんと約束したし、スマホを持っておけって言われたし大丈夫だと思う」
「お前、約束って口約束か?それとも何か契約書にサインでもしたのか?」
「けいやく、しょ?ううん。話をしただけだよ。ちゃんと紙に書いて約束しないとダメだったの?もしかして俺、騙された……?」
「いや、それでいいんじゃ。明日、連絡来るといいな」
ニカ爺はなぜかホッと胸を撫で下ろしたかと思うと、この件についてその後一切、話話題にすることはなかった。
俺はニカ爺に簡単な手当てをしてもらい、二人で夕食を食べた後そのまま眠った。
そして、検査を受けさせてもらう約束の日が訪れた。
俺は朝から日課の空き缶集めをして我那覇さんのところで換金して昼前には帰宅。
朝からずっとソワソワしていた。
病院というところは混むと聞いていたし、検査自体も時間がかかるだろうと思っていたので、未だか未だかと落ち着かずにいた。
「そうだ、ニカ爺。検査が終わったら桜を見に行こうよ!」
「そう、じゃな」
「じゃあ、約束だよ!楽しみだね」
返事はするものの、ニカ爺はじっと黙り込んだまま静かに考え事をしていた。
そして、ついにその時が訪れた―――
俺は教えた覚えがないのだが、遠野さんと運転手の男が直接迎えに来た。
「約束通り来たぞ。車に乗るんだ」
「遠野さん、ありがとうございます!ニカ爺、お迎えが来たよ!早く行こうよ!」
「いや、ワシは行かん」
俺がずっと果たしたかった目標、ニカ爺のために生きると決めて今日まで頑張ってきた使命。なのに、ニカ爺はそれを拒否した。
「ど、どうしてだよニカ爺?検査、受けられるんだよ?絶対良くなるに決まってるよ?なのに、どうしてニカ爺?」
「遠野さん、と言ったな。仕事の対価としてワシに検査を受けさせてくれるようじゃが、それを受け取るわけにはいかんのじゃ。勝手な都合で申し訳ないが、報酬は要らんからもうコイツと関わらないでもらえんじゃろうか」
「それは困りましたねぇ。彼には次の仕事も、その先の仕事もずっと頼もうと思っていたのですが。残念です」
「ご理解頂け感謝します。では、お引き取り願います」
「いやぁ、本当に残念です。では、違約金の六百万円お支払い下さい。受け取り次第、すぐに帰りますから」
「ろ、ろっぴゃくまんえん?遠野さん、それどういうことですか?昨日はそんな話してなかったじゃないですか!」
「確かにそんな話はしていなかったね」
「これ以上は話すだけ無駄じゃ。お引き取り願おう」
「それは無理な話ですね。こっちだって損害受けてるんですよ?タダで帰るわけにはいかない」
「コイツは契約書を交わしていないと言った。あとから何を言おうと無駄じゃ。さっさと帰れ」
「そうですね。口約束だけじゃ無効なのはよく知っています。でも、契約書ならここにある」
運転手の男がカバンから一枚の紙を取り出し、ニカ爺に見せた。
確かに、それは正真正銘の契約書であり、サインも間違いなく俺の自筆でしっかりと署名されていた。
「ゴブさん、これは一体どういうことなんじゃ?昨日お前はワシに契約書を交わしていないと言ったよな?お前のサインもしっかりある」
「言いました!だけど、このけいやくしょ?を見たのは今が初めてなんだ!嘘じゃない!」
「じゃあ、なぜここにお前のサインが入っているんじゃ?」
「それは……」
俺は普段からペンを持つ習慣がない。それに字を書くのはニカ爺と一緒に字の練習する時か空き缶を換金する時だけだ。
じゃあ、空き缶を換金する時に我那覇さんが紙をすり替えたのか……?
今は信用しているけど、確かに最初の出会い方は良いものとは言えなかった。
じゃあ、今になって俺に復讐を……?
やっぱりアイツは勇者の一人なのか?
混乱して今にもパニックになりそうだ。
目の前の現実が俺の記憶と一致しない。でも、あのサインは確実に俺のものだ。
疑わしきは我那覇さんだけ。じゃあ遠野さんと我那覇さんは裏でつながっていて俺を陥れようとしている?
なぜ?俺なんかを騙して何の得がある?何もないはずだ。
それに、我那覇さんとニカ爺は付き合いが長いし不義理を働くとも思えない。
冷静に考えるんだ。他にもペンを握って名前を書いたことがあったかもしれない。
思い出せ、思い出せ―――
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