第19話 洗礼
―――ピンポーン
部屋の呼び鈴を鳴らしてしばらく経つが、しばらく反応がない。
きっと外出しているのだろう。
運転手の男は、もう一度呼び鈴を鳴らした。
―――ピンポーン
「こんにちはー。引越しの挨拶に伺ったのですが、居ませんかー?」
すると、外出中だと思われた部屋の鍵が解除される音がして扉が少しだけ開き、中からボサボサ頭の四十代ぐらいの男が顔を覗かせた。
すかさず運転手の男はドアの隙間に足を差し入れた。
「ちょっ、いきなり何するんですか!」
「それは、こっちのセリフでしょうよ、緒方さん」
扉にはチェーンが掛かっていたが、運転手の男はそんなのお構いなしだと言わんばかりに扉を何度も強く引っ張って強引に破壊しようと試みている。
「わ、分かりましたって、今開けますから乱暴しないで下さいっ!」
「そんなの信用できるわけないじゃないですか。信用しろって言うならまずは財布とスマホを渡してください。そしたら信用してあげますよ」
一度でも扉を閉めてしまえば籠城される可能性があるのだろう。
だから交換条件として人質を差し出せと言っているようだ。
「わ、分かりました。ちょっと待っててください」
ボサボサ頭の四十代ぐらいの男は、ずり下がった部屋着のズボンを引き上げながら部屋の奥へと向かった。
そのタイミングで運転手の男が俺に指示を出した。
「部屋の裏手に回って隠れておけ。逃げ出したら力ずくで取り押さえて俺を呼べ」
インターホンを鳴らす前と後とで全く別人になったのかと錯覚してしまうほど、運転手の男の迫力は凄みを増していた。
俺は指示された通りに階段を下、部屋の裏手近くにある柱に隠れて待機した。
案の定、ボサボサ頭の四十代ぐらいの男は手慣れた手つきで窓を開け、落下防止用の柵にぶら下がった姿勢をとり、垂直落下してきた。
俺は、男が尻もちをついた瞬間を狙って飛び出し、男を取り押さえた。
「捕まえましたぁぁぁ! お願いしまぁぁぁす!!」
男は、捕まったら命をとられると言わんばかりの勢いで必死に身をよじって脱出を試みているが、体重をかけて取り押さえている俺から逃げられるわけもなく、あっさりと運転手の男に身柄を拘束された。
「うっひゃひゃーーー 酷いですねぇ、また俺を騙そうだなんて。これはお仕置きが必要ですねぇ」
運転手の男は、また別人になったかのように舌をベロベロさせながら男の頭を地面に押し付けている。
身悶えする男は、口の中に砂が入ってしまったのが、ペッペッと唾を吐き出した。
「おっと、これは俺への反抗ってことだよねぇ? 元気がよくて何よりだねぇ」
「ち、違います、砂が、砂が口には―――っ!!」
男が言い訳し始めた瞬間、運転手の男は何度も何度も男の頭を強く踏みつけた。
それは、男の意識が無くなるまで執拗に続いた。
「も、もうこれぐらいにしておきません、か?」
このままではマズいと思い俺が止めるよう促すと、足がピタッと止まった。
これで一安心かと思いきや、運転手の男が俺に鋭い視線を向けた。
「てめぇ、何ぬるいこと言ってんだよ!コイツは俺に逆らったんだぞ?これぐらい当然だろうが!!!じゃあテメェが代わりになるっつうのか?お前、覚悟できてるんだろうなぁ?」
「……」
「妙な正義感晒してんじゃねぇぞ新入りが!黙って見とけやボケが!」
人からお金を借りるということ、約束を不義理にするということは、こんな仕打ちを受けて当然というのがこの世界の道理らしい。
―――まずは、ちゃんと仕事の様子を見て覚えなくては
さっき自分で決めたばかりのことを思い出し、俺は素直に黙って最後まで指示に従うことにした。
しばらく続いた当然の仕打ちは、運転手の男が満足したところで終了となった。
俺は、車のトランクに入れろという指示に従って男をトランクに詰め込んだ。
運転手の男が運転席に座ったので、俺もすぐに後部座席に乗り込んだ。
「仕事は覚えられたかな?」
「はい」
「いい返事が聞けて嬉しいよ。じゃ、次行こうか」
遠野さんの号令で車は再び走り出した。
目的地に着くまで誰も一言も話さなかった。
揺られることおよそ十分で次の現場に到着した。
「次、女だしトランクもいっぱいだから、ちゃんとお金を持ち帰って来てね?」
「分かり、ました」
遠野さんの意向を理解した俺は、目の前にある一軒家のインターホンを押した。
すると、今回はあっさりと玄関扉が大きく開き、五十代後半ぐらいのご婦人が印鑑を持って出てきた。
「はーい。 あれ?」
笑顔だった婦人の表情がみるみる変わり始める頃には、俺は既に家の中に強引に押し入っていた。
慌てて追いかけてくる婦人に警察でも呼ばれるかと思ったが、俺の予想と違って婦人は静かに玄関扉を閉め、落ち着いた様子で俺に話しかけてきた。
「分かるでしょ?ご近所さんに噂されたくないの。お願いだから大きな音立てないでね?」
婦人は外に停まっている車を見て小さくため息をついた後、俺についてくるよう言い、寝室のクローゼットを開けた。
俺には価値が全く分からないが、高級そうなバッグや宝石が丁寧に並べられていた。
「現金はどこだ?」
「そこの引き出しの中にあるので全部よ」
やけに素直に従うなと思ったが、外で待機している仲間がいるのを分かっているから無駄な抵抗はしてこないだろう。
さっきみたいにひと悶着なくて良かったと思い、一安心したところで俺は引き出しを順番に開け始めた。
ここではない、ここも違う。一体、どの引き出に入っているんだ?
「おい、どこに入っ―――!?」
婦人に尋ねようと振り返ろうとした瞬間、俺の右肩に激痛が走った。
何が起きているのか分からなかった俺は、一瞬パニックになったが右肩に刺さっているナイフと鬼の形相の婦人を見て状況を把握した。
途端に戦闘モードに切り替わった俺は、婦人の腹部めがけて拳を振りぬいた。
鳩尾にクリーンヒットした婦人は、そのまま床に倒れ込んであっさり意識を失った。
俺は痛みを必死にこらえながら現金を探し続けたが、結局現金は無かった。
仕方なく宝石とバッグを持ち出し、財布の中にあった数枚のお札と小銭を全部抜き取って車に戻った。
「うーん。二十点」
俺の怪我を一瞥した遠野は、心配するそぶりを見せることなく淡々と評価した。
「現金は少なかったけど、これを売ればまとまったお金になるんじゃないですか?」
「お前、バカかよ。これ全部安物か偽物だぞ?こんなもん、質屋に持って行ったって幾らにもなりゃしないっての。それに、誰が売りに行くんだ?家に押し入った奴が身分証提示して防犯カメラの前で堂々と換金するのか?それにお前の怪我、病院でどう説明するんだよ?後ろから刺されましたって正直に言うつもりか?馬鹿野郎が」
「……」
何も言い返せなかった。そんなことをすれば、間違いなく警察沙汰になる。
そうなれば遠野さんに迷惑がかかる。
「今日はここまでだ。お前、早いとこ手当てしとけよ?あと、このスマホを肌身離さず持ち歩け。鳴ったらすぐに出ろ。分かったら車を降りろ。また連絡する」
車はそのまま走り去ってすぐに見えなくなった。
俺は血だらけになった洋服を誤魔化しながら歩いて帰った。
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