第14話 終わりのない始まり

 何の指示もないまま、作業が始まった。

 俺以外の地下班メンバーは、慣れた様子で歩き出し、だいたい六メートル間隔で配置についた。

 俺は勝手がわからなかったので、気が付けば一番手前を担う配置になっていた。


 地上班も同じく配置についたのであろう。俺の真上辺りにいる男が後方に視線を向けながら待機している。そして、掛け声と共にガタガタと音を立てて近づいてくる何かを受け取り、それを俺に向かって投げ込んだ。


「あっぶね!」


「お前、初めてか?」


「そうです」


「もっと後ろで構えてないとケガするぞ」


 投げ込まれたものは古いテレビだった。

 ブラウン管テレビという名称だったと思う。前に図書館にあった『昭和の暮らし』という本で目にしたことがある。


 俺は、それをどうしていいのか分からずにいると、俺の六メートルほど後方にいたメンバーから、早くこっちに持って来いと急かされた。

 急いでブラウン管テレビを持ち上げ、歩いて彼の足元へと運んで降ろす。

 彼はそれを再び持ち上げ、更に六メートルほど後方のメンバーのもとへ運ぶ。


 確か、これも何かの本で読んだことがある。そうだ、これは『バケツリレー』という運搬方法だ。

 確か『はたらくしょうぼうしゃ』という幼児向けの絵本の中に出てきた。

 俺が自分の持ち場に戻る頃には既に大きな収納棚と小さな冷蔵庫が投げ込まれていた。

 俺は急いでそれを持ち上げてせっせと運んだ。運び続けた。


 作業に慣れ始めた頃、次の荷物が投げ込まれるまでの間に地下班の最奥メンバーの方に視線を向けると、だいぶ一杯になっていると思っていたはずの荷物がまだ僅かしか埋まっていないことが分かった。

 地上に瓦礫の山として積まれていた廃材や産業廃棄物、粗大ゴミと思われるものは、そろそろ空になっていてもいいはずだ。


 もうじき作業も終了するのだろうかと思っていると、地上から大きなドドドドという轟音が聞こえた。

 地上班の男に今のは何の音かと尋ねると、新たな荷物がトラックで運ばれてきた音だと教えてくれた。

 つまり、作業はまだ続くらしい。



 作業開始から何時間経過しただろうか。

 日は既に傾き、地下スペースの半分以上が陰で覆われている。

 もうじき空が茜色に染まり始めようとしていた。

 しかし、轟音は不定期に鳴り続けていて作業も継続し続けている。

 だんだんとキツくなってきた。


 休憩時間もないまま、終わりの見えない作業を繰り返し続ける。

 途中、太陽が真上に差し掛かった頃に投げ込まれた500ミリリットルのミネラルウォーターもとっくに空っぽになっている。

 それでも休むことなく作業は続く。


 空が青から朱色、そして黒へと変化し、代わりに人工灯の白い大きな提灯のようなものが一斉に点灯した。

 それは俺達の安全を確保してくれる味方であると同時に、作業継続の知らせでもあった。

 後方のメンバーを振り返ってみると、みな疲労が限界を超えているのであろう、倒れ込むかのように休憩している。

 同世代の若者も、体格のいい中年男性もとっくに限界を超えている。

 それでも地上から荷物は投げ込まれ続け、このまま作業は永遠に続くのではないかと錯覚してしまうほど、作業は一向に終わる様子がない。


 それから更に数時間経過した。恐らくもう二十四時を過ぎているだろう。

 普段なら深夜帯の春先の空気は冷たくて煩わしいものだが、今日に限っては汗だくの俺の味方をしてくれている。

 しかし、後方で倒れ込んだままのメンバーにとっては相変わらず煩わしいままのようだ。

 後ろのメンバー達の足元にはたくさんの荷物が積まれたままになっていて、倒れた姿を覆い隠すには十分な高さになっていた。

 俺の後ろのメンバーに至っては、まるで壁かのように荷物が積まれていて、まるでちょっとした要塞のようになっている。


 地上班から早く処理するよう催促され、俺は何度も後ろのメンバーに大声で催促したが、誰一人として立ち上がる者はいなかった。

 それでも地上からは延々と放り込まれ続けている。

 俺は仕方なく荷物を担いで最奥まで運搬し始めた。


 一回で持てる荷物は二つか三つが限界。

 一往復で百メートル。およそ三分の時間をかけて運び続けた。

 できるだけ急いで運び続けても、荷物は減るどころか増える一方だった。

 そんな俺の様子をある者は薄目で見て、ある者は視線で追い、ある者は聞き耳を立てて把握した。


 俺は、自分が頑張りを見せればきっと再び立ち上がってくれるだろうと期待したが、俺の行動は逆効果だった。

 誰もが目を閉じ、うずくまり、縮こまり、芋虫のように身体を丸めて一切動かなくなった。


 そんな姿を見た俺はいささか憤りを覚えたが、その度にニカ爺のニカッと笑った笑顔を思い出してやり過ごした。

 俺の人生、ニカ爺の人生、ほんの少しでも他の誰かに預けていいほど軽いもんじゃない。

 俺はひたすら運び続けた。何度も、何度も転びそうになりながら、休んでしまおうかという誘惑と闘いながら、運び続けた。

 でも、作業は終わらない。

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