第12話 生きる理由

一体、あれから何日経ったのだろう

ここはどこで、俺は誰なんだろう


俺は、仲間を守るために死んで、何故か生き返って。

俺は、なんのために生きているのだろう


―――裏切り者を始末するため?

そんなのどうだっていい


―――今度こそコブンを守るため?

そうだけど、それじゃない


―――人間に復讐するため?

そうだったけど、それじゃない


―――勇者を殺すため?

そうだけど、そう


―――じゃあ、なんのために?

分からない、何も、分からない


―――じゃあ、どうするの?

分からない、何も、考えたくない


宛てもなく歩き続け、彷徨い続け。

疲れたら眠り、目覚めたら、歩く。

転んで、転ばされて。

殴られて、殴り返して。


ずっと逃げ続けて、ずっと追い求め続けて。

思考することから逃げて、思考し続けて。


目の前の景色は、どこまでも続いていて、どこにも続いてなくて。

目の前の景色は、色鮮やかで、無色透明で。


うるさい、うるさい

俺は、俺は…


歩き続け、ずっとずっと遠くまで来た気がする。

逃げるために雑踏に紛れ、雑踏から逃げた。

真っ暗闇の中を手探りで彷徨い続け、真っ暗闇の中を歩き続ける。

そして、気が付けば目の前には見覚えのある景色。


「みち あるく」

「これは すいどう」

「みず ひねる でる」


―――あと30秒。


「みち あるく」

「みち あるく」


―――あと10秒。


「みち あるく」


見覚えのある炎の揺らめき。

見覚えのある背中。

痛々しい腕と、痛々しい頭。


「にかじい」


ピクリとも動かない背中。

揺らめく炎。


「…」


言葉が、でない。

こんな時、なんて言葉をかければいいのだろう。

伝えたい言葉を、溢れるほど抱えているのに。


逃げ出してしまって、ごめんなさい。

ケガをさせてしまって、ごめんなさい。

謝れなくて、ごめんなさい。


違う。そうだけど、そうじゃない。

俺が伝えたいのは、一番伝えたい言葉は―――



「にかじい ありがとう」



一度だけニカ爺が俺に言ってくれた言葉。

言われて嬉しかった言葉。

感謝の言葉。



『あーあ、まったくもう。本当にえらい目に遭った』

「にかじい」


『骨は折れるわ血は出るわでまともに動けん』

「にかじい」


『ウナギまで買ったってのに、食べ損ねた。あれが人生最後だったかもしれん』

「…」


『ほら、そんなところに突っ立ってないで、メシにするから早よぉ来い』

「…」


『まったく。相変わらず話の通じないヤツじゃのう』

「…」


『おいで ゴブさん』

「にかじい!!!」


振り返り、両手を広げ、ニカッと笑いかけて俺を呼んでくれた。

俺は、無我夢中でニカ爺に駆け寄り、強く強くハグをした。


『痛い!痛い!痛い!肋骨まで折るつもりかー?この、馬鹿垂れが!』

「にかじい! にかじい!」


年甲斐もなく大声で泣き、大粒の涙を流し、わんわん泣いた。

その様子を誰かが目にすることはなかったが、それはきっと誰が見ても父と子のようだったに違いない。


初めて言葉にして伝えた想い。

初めて伝わった言葉。


俺は一生、この日のことを忘れない。

俺は一生、この言葉を忘れない。


―――ありがとう。


何度も言いたい。

何度も言われたい。


やっと分かった。

俺が生きている理由。


ありがとうを言うため、ありがとうを言われるために、俺は生きている。

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