第11話 突然の再会、必然の別れ

「ハァ、ハァ、ふぅ。変な臭いのする垂れ汁もここまで、か。」


 トボトボと自転車を押し歩き続けたが、メルヘンボーイの足跡は早々に途絶えてしまった。

 もう、だいぶ日も傾き始めたのか空の色が茜色に変化しつつある。


「これじゃあまるで、あの有名なドットイートゲームみたいじゃな、懐かしい。すると、ワシは主役の黄色いパクパクする方か。全部辿ったし、ステージクリア!とはいかんかのぅ。ワシ、もう疲れて一歩もあるけそうにないわい。」


 ワシは再び大通りまで来ていたが、もう疲れてしまったので一休みすることにした。

 通行の邪魔にならないよう、人目を避けて商店の側壁に自転車を停めて地面に座りこんだ。


「今日は朝から大変な目に遭いっぱなしじゃ。ゴブさんと出会ってから一向に気が休まらんし、言動が分からないことだらけで目が回りそうじゃ。何が『三日痔ぃ』じゃ、誰にも言っていない俺の恥ずかしい情報を把握してるとか、諜報機関のスパイかよ?はぁ。何も食べていないのに体力ばかり使ったし、さすがに休みたいし何か食べ…ん?なんだか美味そうな匂いがする!この香ばしい匂いは…!」


 ふと、匂いのする方向に視線を向けると、そこはウナギ専門店だった。

 リーズナブルな価格でウナギを提供してくれている老舗だ。

 ワシも何度か買ったことがある。数年に一度レベルのお祝いでしか買えないけれど。


 ワシは匂いにつられて店の前までやってくると、熱さを我慢して煙と格闘しながら細目で一生懸命働いている小太りの店主と目が合った。

 店主は俺を一瞥するなり、更に目を細めて『千円』と言った。

 その様子は『また厄介なのが来やがった』と言わんばかりの態度だ。


(まったく、息子の代に変わって以降、接客態度が地に落ちたもんじゃのぅ。

 親父さんの時、ワシがお得意様だったことを聞いておらんのじゃろうか?お客様は神様じゃぞ?つまり、ワシは神じゃぞ?ニコやかに接客せんかい!…まぁ、買わないんじゃがなっっっ!)


 心の中でそう呟いたが、実際のところを考えると、ワシは今日ゴブさんのお陰で大漁だったわけじゃし、貯め込んでいた空き缶も一気に換金できたわけで。

『ヒーさん・ミーツ・ゴブさん』ってことで『二人の出会いに、乾杯』的なノリで買っちゃおうかなーとも考えた。

 …うん、我ながらワシ、キモいな。


 だけど、も考慮して考えないといけないので、ワシはポケットから今日の報酬を取り出して財布と相談を始めた。

 小太りの店主は、ほんの少しだけワシが真剣に悩んでいる様子を黙って見つめた後、やっぱり客じゃないと判断したのじゃろう、再び目の前の蒲焼きと格闘し始めた。


 今日一日のことを思い出す。放水中にタックルされて、追いかけられて、レースで敗北して、両手を粉砕骨折されかけて、また追われて…。

 あれ、散々じゃね?アイツに買ってやる義理、一切なくね?


 やっぱり辞めておこうかとも思ったけど、それ以上にゴブさんと過ごした時間がとても楽しかったこと、そして何より彼を見ていると、どうしても自分がいることに気が付いた。

 順調に成長していたら今頃、ゴブさんと同じぐらいの年か。


 ―――罪滅ぼしみたいな自己満足、ね。


 ふと、さっき自分が言った言葉を思い出す。

 そうじゃ、これはただの自己満足じゃ。ワシが食いたいと思ったから買うだけ。

 贅沢できないから1枚だけ。それを、ワシが一人で全部食べるだけ。

 アイツの羨ましそうな顔を見ながら食べるウナギはさぞかし美味いんじゃろうなぁ。


 じゃが…もしワシが久々のご馳走に胸がいっぱいになってすぐ満腹になってしまったら、もし、万一そうなったら捨てるのも勿体ないし、仕方なく一口ぐらい味見させてやろう。


「一枚」


『あいよ』


 小太りの店主は千円札を受け取ると、手際よくホッカホカの真っ白なご飯の上にウナギの蒲焼きをポン、ポンと乗せてたっぷりとタレをかけた。

 そして、フタを閉めて輪ゴムで縛り、ビニール袋に入れて差し出した。


『まいど』


「…間違えてるぞ?」


『たまたま1枚焼きすぎちまって、商品にならないからオマケだよ。それに…久々にアンタに買ってもらえて、親父も喜ぶだろうし。これからもご利用お待ちしてます!』


 白い歯を見せ、一点の曇りもない笑顔で俺の両手を強く握りながらウナギを手渡された。

 ワシの手、だいぶボロボロで、汚れていて…なのに、そんなこと一切気にする素振りも見せずに感謝の気持ちを言葉で、態度で、動作で示してくれた。


「…あり、がとう。また、来るから親父さんに宜しくな」


 ワシは言葉を言い切る前にパッと背を向けて空を見上げながら歩き出した。

 鼻の奥がツンとして痛い。目元がじんわりと熱くなってきた。


 ―――やっぱり、ウナギ屋の煙は染みるなぁ


 ワシはそのまま道路に飛び出しそうになり、クラクションを鳴らされてビビり散らかしながらも、平静を装って元来た方向へ歩いた。

 感動の場面が台無しなのはご愛敬ってことでっ(はぁと)

 さぁ、早く帰ってメシにしよう。ゴブさん、喜んでくれるといいなぁ。



 一方その頃、俺は再び本来の目的地である建物の前に立っていた。

 さきほどの店からほど近いこの場所。今日はもう店じまいなのか金属製の鎖で閉じられて中に入れないようになっている。


「困ったなぁ。ここに戻ってくればニカ爺と会えると思ったのに。乗り物もないし。さて、どうしたものか…」


 俺は少し悩んだ末、どうせ小屋に戻れば会えるだろうと思い、帰路につこうとしたタイミングで建物の中から人間が出てきて俺をことを呼び止めた。


『おーい、そこのお前さん!ヒーさんの弟子なんだろ?』


「?」


『あぁ、確かお前、喋れないんだったな。ここで何してるんだ?』


「?」


 …この人間、なんだか見覚えがあるような。

 建物の扉を閉め、鉄の鎖を跨いでこっちにやって来る人間。


 いや、そんなわけはない。だって俺は昨日の夜に人間界に来たばかりなのだから。

 ということは、元の世界にいた頃に勇者として現れた、とか?

 いや、それもあり得ない。勇者はみな若い人間ばかりだったはずだ。

 こんな奴は見たことがない…はず。だけど、確かにどこかで見たような。


 柵を跨ぎ終え、だんだんと俺へと近づいてくる屈強な肉体の大柄な男。

 大型の獣の1頭や2頭ぐらい余裕で担いでいそうな強者の風格。

 この人間が武器を持つなら剣や弓というより、棍棒や斧がしっくりきそうだ。


 ―――棍棒や斧


 急に俺の胸元がゾワゾワと騒ぎ出し、警鐘を鳴らしだした。

 いや、そんなはずはない。


 だって、見た目は似ているが年齢が全然違うし、今俺に見せている豪快な笑顔からは、あの時のような冷酷な殺意は全く感じない。

 元の世界あっち人間の世界こっちとで、見た目を変えられるのか?

 いや、そもそも2つの世界を行き来できるものなのか?


 分からない。何も分からない。

 しかし、刻一刻と男がこちらへ近付いてくる。


 ―――考えろ、考えろ!


 ―――思い出せ、思い出せ!


 この胸の高鳴りは、きっと気のせいなんかじゃない。

 頭じゃなく、身体が、本能が『コイツを警戒せよ』と全力で訴えかけてきている。

 何か確かめる方法があるはずだ。


 見た目で判断できないならどうする?

 喋り方?歩き方?

 いや、そこまでは覚えていない。


 ―――なら、どうすればいい?


 突然の出来事で真っ白になっている頭を必死にぶん回し、俺は全力で思考するも何も思いつかなかった。

 そしてついに男は俺の目、歩幅1歩分の距離までやってくると、肩をポンっと叩いた。


 その時、男の後方からピューっと風が通り抜けた。


「!」


 全身から鳥肌が立ち、頭の毛まで逆立つ勢いで痺れた。

 頭が、身体が、本能が『早く逃げろ』と全力で煩いほど警鐘を鳴らし続けている。



 ―――間違いない、あの勇者の仲間と同じ臭いがする。



 斧を使い、まるで流れ作業のように次々と俺の仲間の四肢を切断しては適当に放り投げていた男。

 容姿、強者の風格、そして、この臭い。

 間違いなく、あの斧の勇者だ。


「うぉぉぉ!!!仲間を返せぇぇぇ!!!」


『!!!』


 この機を逃すわけにはいかない。今こそ、復讐を果たす時だ。

 俺は、100パーセントの力を込めて大きく拳を振り上げ、思いっきり男の顔面に殴りかかった。


『何をし―――!!!』


 男の顔面を捉えるようとした俺の拳は、間に飛び込んできたニカ爺の頭部側面に直撃した。

 一応、ニカ爺なりに頭部を守ろうと腕でガードしていたようだが、俺の拳はそれをいとも簡単に弾き飛ばし、そのまま頭部へとねじ込まれていた。

 ニカ爺は、男共々3メートルほど吹っ飛んだ。


「ニカ爺!」


『が、我那覇さん、本当に申し訳ない。コイツにはよーく、よーく言って聞かせますんで、どうか、どうか勘弁して頂けないでしょうか』


 首を垂れたニカ爺が男に向かってひれ伏している。

 腕の色がみるみるうち青紫色になり、現在進行形で腫れつつある。

 それに、頭部からは血も流れていて、すぐに手当てが必要なことは明らかであった。


 しかし、ニカ爺はそんな状況にも関わらず、誠心誠意を尽くして謝罪している様子が俺にも伝わってきた。ニカ爺は何も悪くないのにも関わらず、だ。


『お前、何をしているのか分かっているのか!この馬鹿垂れが!!!お前も一緒に土下座せんかいっ!!!』


 無理矢理、俺の頭を押さえつけて謝罪させようとしているのだと理解した。

 だけどねニカ爺、悪いけど俺にはそれをするわけにはいかない理由があるんだよ。


 俺がニカ爺の腕を振り払うと、本当はもう立っていることすらままならない状態であったのだろう、ニカ爺はまるで一本の空き缶が風で倒れるかのようにフッと倒れてしまった。

 しかし、空き缶と違ってカランという軽い音じゃなく、ゴンッという鈍くて不快な音が俺の耳にこびりついた。


『ヒーさん、大丈夫か?おい、ヒーさん!誰か、誰か救急車を呼んでくれ!!!』


 周囲は騒然となり、沢山の人間が集まっていた。

 近くには倒れた自転車。

 そして、香ばしい匂いのするメシが踏み潰されて地面にベットリこびりついていた。



 ―――俺は、その場を逃げ出した

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