第10話 追って、追われて

 今いる主要道路は人間が多い。なので、単独で散策するのはまだ怖いし自分の容姿も判明していない以上、何かあったら困ると思って人目を避けるように一本わき道に逸れた。


 たった一本、道を変えただけなのに急に静かになり、人間が行き交う様子もない。これなら安心して散策できそうだ。

 この世界に来て初めての単独行動。いや、正確には空き缶集めレースで一人になったのが初めてだが、あの時はレースに夢中だったのでノーカウントだ。


 まず、周囲の建物を観察してみると、どれもが人間の住居のように見えた。

 多少色褪せたりもしているが、どれもが堅牢で小さな要塞のように感じる。

 丸太や土壁で造られているものは一つも見当たらない。普通の人間が生活するのにこれほど強固に守りを固める必要があるほど、人間界の治安は悪いのだろうか?


 急に心細くなってきたが、今まで見てきた人間はみな貧弱そうだったので、その点は問題なさそうだが、技術力が未知数なので油断できない。

 肉体は一目見ればおおよその戦闘力を測れるが、技術力だけはよく観察できたとしても測りようがない。やはり警戒を怠らないよう注意せねば。


 次に目についたのは、住居の前で鎖に繋がれているすっとぼけた表情の獣と、鎖に繋がれていない状態で昼寝をしている愛くるしい見た目の獣。

 どちらも毛皮を剥いで焼いて食べたら美味しそうだ。想像したら食欲が刺激されて涎が出てきた。


 鎖に繋がれている方は多分、敵を察知するための門番のような役割を果たしていそうなので見送るとして、手前の愛くるしい小ぶりな方を捕まえよう。

 気配を消してそっと近づき、だんだんと距離を縮め…ソロリ、ソロリ。

 あっ、逃げられた。


 愛くるしい小ぶりな獣は嗅覚で俺を察知したらしく、すぐに逃げ出してしまった。

 それよりも早く、鎖に繋がれている奥の獣の方が先に俺に気付いた様子だったので、アイツの方が嗅覚が優れているらしい。

 すっとぼけた表情をしているが、やはり門番を任されているだけあってあなどれない。ひとまず狩りは後回しだ。


 俺は仕方なくトボトボと道の奥へと進んだ。道の奥へ進もうと鎖に繋がれた獣の横を通り過ぎる時、何気なく視線を向けてみたら、すんごいメンチ切られたけど全然恐くなかった。所詮、鎖に繋がれた獣など恐れるに足らん。

 俺は、何を思ったのか急にウザ絡みを仕掛けたくなり、ギリギリ届かない距離までおちょくりに行くことにした。


「ほーれ、ほれほれ」

『グルルル...』


「ぺったんほーい」

『ガルルル...』

(鎖が揺れる音がする)


「ぺったんほぉ~い?」

『...』

(いったん下がって助走をつけている)


「ぺったんほほいっ」

「ヴォゥ」

(鎖が限界まで張る音がする)


「ぺったんたんっ」

『ヴォゥヴォゥ』

(鎖が外れた音がする)


「ヒェェェ!!! ...なーんつって(ドヤァ)届かないんじゃ恐くねーし」

 ってあれ?鎖が外れた音、しなかった?


『ヴぉヴぉヴぉヴぉヴぉヴぉヴぉ』

「いやぁ~ん!!!」


 俺は驚きの声をあげて全力疾走した。

 メッチャ足早いじゃん!メッチャ顔恐いじゃん!さっきまであんなにすっとぼけた表情してたのによぉぉぉーーー

 俺はマンガでよく見るアレ(上空から町を見渡した視点で煙を上げながら縦横無尽に逃げ回るやつ)で町中を逃げ回った。

 もう自分がどこにいるかも分からない。

 ――― DEAD END ―――



 俺が全力で逃げ回っている頃、ニカ爺の方はと言うと…


「ハッ!ここはどこ?私はだあれ?」


 ワシは気が付くと、馴染みのある産業廃棄物の収集業を営んでいる会社の前で倒れていた。そう、ワシはちゃんと自分が誰なのか、どこにいるのかを正確に把握している。当たり前すぎて言うまでもないけど。


「ったくよぉ、お前の顔マジで恐過ぎるんだってマジでさぁ!!!顔面凶器ってだけでチビりそうなのに、体力お化けの超速重戦車とかマジで何者なわけ?どっかの国の戦士か何かなの?そんなんに追いかけられたらワシみたいな老いぼれジジイでさえ競輪選手並みの速さで逃げるしかないじゃん?体力無くなるじゃん?寿命縮むじゃん?んで、DEAD ENDってなわけ。分かる?これは立派な殺人未遂―――って、あれ?ゴブさん、どこ行った?」


 周囲をよく見渡してみたが、ゴブさんの姿は見当たらなかった。

 発見したのは、地面で目を回してひっくり返っている『頭文字G』と変な臭いのする垂れ汁が脇道へ続いていることぐらい。


「これ、ゴブさんが垂らしたやーつに違いない。一人ヘンゼルとグレーテルとか、どんだけメルヘンボーイなんじゃ。似合わないにもほどがあるじゃろ。とはいえ…これは好都合じゃ(ニヤリ)」


 このチャンスを逃すまいと、ニカ爺は自力で全ての袋を産業廃棄物収集業者の持ち込みカウンターへ運び出し、慣れた手つきでササっと受付を済ませた。


『おっ、ヒーさん今日は大漁だねぇ。抗争仕掛けて領地シマの拡大にでも成功したんか?ガハハ!!!』


「いやぁ、ワシはそんな博打しませんって。知ってるでしょ?もう足を洗いましたから。ほら、ちゃーんとキレイに洗ったから生まれたての小鹿みたくぷるっぷるに震えているでしょ?」


『確かに震えているなぁ。まるで、誰かに追われて死に物狂いでチャリを漕いだ抗争中の逃走中の労働中の暴走中のプロ収集家空き缶拾いみたいだ。』


「相変わらず韻を踏むのがお好きですなぁ。嗜む程度のワシには到底敵いそうにな…って見てたんですか!?あー、恥ずかしい恥ずかしい///」


『そりぁ、あれだけ派手に来られちゃ誰だって気付くわなぁ。ガハハ!ってか、追いかけてきたのは何者なんだい?新人…って感じじゃなさそうだし、かといって他の領地からの刺客って線も無さそうだしなぁ。』


「アイツはワシの弟子みたいなもんですよ。昨日、道に倒れていたのを拾ったんですが、言葉を話せないあたり何か事情を抱えているんでしょうけど…まぁワシなりに『ゆいまーる』精神で仕方なく構ってやってるだけです。」


『そうか、それは良い心がけだな。それにしても弟子とはまた珍しいな?あれだけ頑なに孤高を貫いてきたのに。とはいえ、仲良くやれているようで良かった良かった。ガハハ!』


「誰かさんの影響せいで遠回りする人生も悪くないかな、と思いまして。(それにこれは罪滅ぼしみたいな自己満足なんです)」


 ニカ爺の言葉は、最後の方が急に尻すぼみして聞こえないほど小さな呟きとなったが、相手はそれを聞き直そうとはしなかった。


『気息奄々だったお前も成長したってことか。まぁ、気長に気楽に気負わず気宇壮大に頑張れよな。さすれば気運が高まるに違いないさ。』


「…やっぱり敵わないっす。フリースタイルの練習してから出直してきます!」


『おう!いつでも挑戦待っているからな!何か困ったことがあれば、いつでも頼ってこいよ!』


 ガハハという豪快な笑い声と共にワシの肩をバンバンと叩く相手。その笑い声と肩叩きの効果は高価な整体に通うよりもワシに大きな癒しと緩和をもたらしてくれた。

 本当にいつまで経っても敵いそうにない。いや、敵う必要などないのかもしれない。


 換金額である二千円と少しの小銭を受け取ったワシは、もっと話していたい気持ちを抑えて後ろ髪を引かれる思いで彼と別れ、通りに出ると太陽に向けて大きく伸びをした。(引っ張るほどの後ろ髪なんて生えていないんじゃがな)


 今日の日課はこれでおしまい。

 あとは…超速重戦車を探し出して、紐でつないでチャリを引っ張ってもらいながら帰るだけじゃ。

 アイツが顔面凶器なのが悪い。だからワシは仕方なくアイツの後ろ側に回るしかないんじゃからな。それにもう足のぷるっぷるが限界に近いんじゃ。

 だから…慰謝料を差っ引いて、アイツの取り分は銅色硬貨3枚で十分じゃろ。

 ワシはアイツが残した変な臭いのする垂れ汁を辿ってゆっくりとチャリを押しながら歩き出した―――



「ハァ、ハァ、ふぅ。ここまで来ればもう大丈夫だろう」


 俺は『ヴぉヴぉヴぉ』からの逃走劇を無事に乗り切り、気が付けば再び主要道路に立っていた。

 途中、町の衛兵のような身なりの整った青色の衣装を纏った人間が警笛を鳴らしながらニカ爺と同じ乗り物で追ってきたが、それもなんとか振り切ることができた。


「今日は朝から大変な目に遭いっぱなしだ。人間の世界に来てから一向に気が休まらないし、分からないことだらけで目が回りそうだ。何も食べていないのに体力ばかり使ったし、さすがに休みたいし何か食べ…ん?なんだか美味そうな匂いがする!」


 ふと、匂いのする方向に視線を向けると、そこには煙まみれの串刺しにした茶色い軟らかそうな肉?のようなものを炙っている店があった。

 看板に細長い魚が描かれている。肉ではなく、魚の身を炙っているのだろうか。

 とにかく美味そうだ。もういい加減、衝動を抑えられない!


 俺は匂いにつられて店の前までやってくると、熱さを我慢して煙と格闘しながら細目で一生懸命働いている小太りの店主と目が合った。

 店主は俺を一瞥するなり、更に目を細めて『千円』と言った。


「てんねん」


『養殖だ』


「夕食だ」


『何枚?』


 どうやら、何かを聞かれているようであるが、何を言っているのか分からないので、俺はそれを食べたい旨を伝えるために、炙られている魚の身を指さした。


『千円』


 店主は俺が『一枚』と意思表示したのであろうと理解し、額の汗を拭いながら煩わしそうに再び千円と言って掌を差し出した。


 この炙り身がセンエンという名前なのだろうか?いや、状況から察するにセンエンという物?いや、センエンという金額で買えるのだろう。

 当然、人間世界のことを何も知らない俺が人間世界の通貨を知っているわけがないし、持っているわけがない。


 仕方ない。ひとまずニカ爺と合流してから出直すとしよう。とはいえ、走って喉が渇いたので水が飲みたい。水が飲める場所だけ教えてもらおう。

 えっと…あの水が無限に出てくる石柱、何て言うんだっけ?うーん、思い出せない。確か、あれは…そうだ!


「椅子 冷える デブ」


 俺は自分の記憶力の高さを自画自賛するあまりドヤ顔になっていた。


『テメェ余計なお世話じゃ!!!冷やかしなら他所でやれやボケェ!!!』


「ヒェェェ!!!」


 何が悪かったのだろうか?言葉?表情?分からない!!!

 店主のあまりのブチギレた様子にビビった俺は「助けてニカえもーーーん!!!」と心の中で叫びながら慌てて再び逃げ出した―――

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