第9話 ぺったんほーい

 ニカ爺は次の作業を俺にレクチャーするために『ゴブさん 見て』と言い、注目するようジェスチャーしたので、意味を理解した俺は、地べたに座り込んで手順を覚える準備を整えた。よし、バッチコーイ!


『STEP.1 空き缶 取る』

『STEP.2 空き缶 立てる』

『STEP.3 空き缶 足 潰す』

『STEP.4 空き缶 入れる』


 ほーん、圧縮して小さくまとめるってことね。OK、理解。

 俺がちゃんと理解した様子を確認したニカ爺は、ニカッと笑うと額を右手の甲で拭って一仕事終えた感をアピールしてきた。思ったよりも重労働らしい。

 俺は、早速やってみようと立ち上がったが、ニカ爺は急に説明を再開した。


『潰す時は缶の真上から垂直に力をかけることで前後左右に力が分散せず、確実に潰すことが出来るから覚えておくように。もし力が垂直方向以外に向かってしまうと空き缶がうまく潰れずに吹っ飛んだり、最悪の場合、亀裂が入って断面で足をケガしたり、転倒して骨折する可能性もあるから注意が必要じゃ。万一、ケガをしても我が家には治療するための道具が何もないし病院にも行けないからツバつけて治すしかない。その際にばい菌が…(略)』


 あー、手順本文より補足の方が10倍長いのはどうなん?と、僕はキメ顔でそう言った。なんつって。

 まぁ、とにかく全然何言ってるか分からないけど、潰す時のコツと注意事項を話していることは理解できた。

 とりあえず、実際にやってみないことには何も分からないので、俺は早速、自分が集めた空き缶を3個取り出して適当な間隔で地面に並べた。

 そして、試しに30パーセントぐらいの力で右足に体重をかけて踏み潰してみた。


 どぅぉぉぉん


 どぅぉぉぉん


 どぅぉぉぉん


『はぁぁぁ!?』


 俺の踏み潰した缶が…無くなった?

 いや、というよりも俺の足が軽く地面にめり込んでいた。

 足首ぐらいまでめり込んだ自分の足を引っこ抜くと、地面の中にぺっちゃんこの空き缶が埋まっていた。力加減を見誤ったようだ。


 なんとなく感覚を掴んだ俺は、再び空き缶を3個並べて今度は10パーセントの力で踏み潰した。


 ガチャン


 ガチャン


 ガチャン


『いいね!』


 ニカ爺は再びニカッと笑ってサムズアップ。

 これも世界共通らしい。


 今度は5個並べて踏み潰し、その次は10個並べて踏み潰した。

 だいぶコツも掴んだし、思ったよりも楽な作業で良かった。

 空き缶を踏み潰すよりも取り出す、並べる、入れる作業の方が手間だなと思っていたら、急にニカ爺がササっと俺の足元に近づき、右側にしゃがんだかと思うと、手拍子しながら音頭をとり始めた。


『ぺったんほーい、ぺったんほーい』


「?」


 手順に含まれていなかったので、どうしたらいいのか分からずにいると、ニカ爺は俺の足元に空き缶をサッと添えた。


『ぺったんほーい』

 ガチャン


『ぺったんほーい』

 ガチャン


『ぺったんほーい』

 ガチャン


 あー、ニカ爺が空き缶を置いて俺が踏むのね。OK、理解。

 俺とニカ爺はリズミカルに空き缶を置いては潰し、置いては潰し。

 最初は若干タイミングが嚙み合わず、グダグダになることもあったが、すぐにタイミングを合わせることが出来た。


『ぺったんほーい』

 ガチャン


『ぺったんほーい』

 ガチャン


『ぺったんほーい』

 ガチャン


 お互いに慣れてきたところで、余裕が出てきたのかニカ爺が調子に乗り出した。


『ぺったんほぉい』

 ガチャン


『ぺったんほいっ』

 ガッチャン


『ぺったんほほいっ』

 ガチャーン


 だんだんとリズムが乱れだした。やりづらい。俺はニカ爺のウザノリにペースを惑わされないよう目を閉じて集中した。


『ぺったんほぉ~い?』

 ガチャン


『ぺったんほほいっ』

 ガチャッ


『ぺったんたんっ』

 miss... (42 combo)


 マズい、俺は『ほ』のタイミングに合わせて踏んでいたので、踏むのを止めてしまっていた。

 つまり、次の缶は2個ある状態だから力加減を少し強めて垂直方向に…あぁ、ダメだ、制御が、方向が、考えている時間がない!このままではニカ爺の手がぺったんこになってしまうぅぅぅ!


『ぺったんファ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"』

 ばきぃぃぃ


 俺はニカ爺の手の甲を缶ごと50パーセントの力で踏み抜きそうになったが、瞬時に足をニカ爺の居ない左方向へずらしてギリギリ避けた。

 ちなみにばきぃぃぃの音は横に落ちてた枝の音ね。叙述トリックってやつ。


 間一髪で大事故を回避できた俺とニカ爺。

 地面からはマンガのように白い煙が立ち上っている。結構力入っちゃってたからね。

 腰を抜かしているニカ爺と体制を崩して転んだ俺。

 お互いを見つめ合ったまま時が止まった。


 ふと、意識を取り戻したかのようにハッとした2人は涙を流しながら互いの無事に感極まって泣きながら抱き合った。


『ふぇぇぇん、よがっだよぉぉぉ~怖かっだよぉ"ぉ"ぉ"』

「ぐぅ"ぅ"~ん、ぐぅ"ぅ"~ん」


 お互い小学生女子のような、得体のしれない獣のような独特な鳴き声をひとしきりあげた後、今度は安全第一でやろうねっ?絶対だよっ?調子乗ったらダメだからねっ?と互いに誓い合い、再びゆっくりと作業に戻った。


 …本当は調子に乗ってウザノリを始めたニカ爺、いや、ひょっとこジジイが全面的に悪いのだが、無事だったので許そう。ちょっと足首ぐりってなって痛いけど大事故にならずに済んだし。


 それから15分もしないうちに空き缶を潰す作業は無事に完了した。

 2袋分あったパンパンの空き缶たちは1袋の8割程度に圧縮された。

 お互いに努力を労い、並んで座って休憩。

 ふと、空を見上げると太陽はまだ昇りきっておらず、木陰も長い。10時ぐらいだろうか。


 あー、喉が渇いた。そういえば、朝メシを食べるどころか水の1滴すら摂取していない。そろそろ辛くなってきた。

 一息ついたことで、空腹と喉の渇きを思い出した。

 俺は、つたない言葉でニカ爺と呼び、川へ水を飲みに行く旨をジェスチャーで伝えた。

 すると、ニカ爺は理解できなかったのか、川と逆方向を指さしながら、こっちと言った。


 不思議に思いながらも歩き出すことおよそ30秒。そこには石でできた小さめのテーブルのようなものがあった。

 それは、テーブルかと思いきや上部には凹凸があり、中心付近には銀色に輝く突起のようなものがあった。


『みず ひねる でる』


「椅子 癒える デブ」


 やはり言葉は難しい。正確に復唱できているだろうか。今度、練習しておこう。

 ニカ爺は、見てと言って銀色の突起にある歯車をひねると、顔を近づけて勢いよく飛び出した水を飲み始めた。


「いやぁ~ん!!!」


 俺は驚きの声をあげた。ニカ爺は俺に冷めた視線を送ったかと思うと、歯車を回して水を止め、若干距離をとってきた。俺、何か変な反応したのかな?オーク的には普通のリアクションなんだが。まぁいいや、喉がカラカラでそれどころじゃないし!

 俺はニカ爺と同じように銀色の歯車を回して顔を近づけ―――っ!?


『ぎゃははぁぁぁ~だっせぇぇぇ!!!ざまぁぁ(ニチャァ)』


 ニカ爺と同じようにやったはずなのに、俺の時だけ勢いがすさまじく、更に運が悪いことにレーザー光線の如く発射された水が俺の鼻の中にダイレクトアタックをかましてきたので、俺は思いっきりのけ反り、そのまま尻もちをついてしまった。


 イラッとしてニカ爺のこと一発殴ってやろうかと思ったが、鼻が痛いし水がへんなところに入ったみたいで息がしづらくてそれどころではなかった。

 しばらくそのままゲホゲホと咳込みながら呼吸を整えていると、ニカ爺が改めて歯車を回しながら強弱の加減を教えてくれた。

 あぁ、歯車の回し具合で勢いが変わるのね。OK、理解。


 それにしても凄いな、これ。

 すごく貴重なはずの水、しかも純度が非常に高い水が無限に湧き出てくる。

 このテーブル、いや、石柱?のどこにこれだけの水が蓄えられているのだろうか。

 俺が不思議そうに何度も歯車を回しながらじっくり観察していると、ニカ爺が教えてくれた。


『これは すいどう』


「俺は 外郎ういろう


『ひねる でる』


「日出る 寝る」


『本当は喋れるだろ、お前』


「本当は喋れるだろ、お前」


『!?』


 なんだかメッチャ驚かれたが、最後の言葉の意味は分からなかった。

 ひとまず、ちゃんと正確に復唱できたようで良かった。

 なんだか疑惑を含んだ視線を向けられている気がするが、気にしないでおこう。


 俺は貴重な水をたらふく腹に入れられて大満足。

 場所は覚えたので、これからはここで水が飲める。当面の間は死なずに済みそうだ。


 貯水槽となったポヨポヨのお腹を抱えながら、再び小屋に戻った俺達。

 今度こそメシの時間になるのではと期待していたが、残念ながらまだ作業が残っているようだ。


 少し休憩して水を飲んだとはいえ、年のせいもあってかニカ爺は少し疲れた様子で腰を抑えながら重そうに圧縮した空き缶の袋を背負い始めた。

 その表情は思った以上に苦痛を露わにしていて、身体に鞭を打っている様子が痛いほど伝わってきた。

 1つ動作をするたび、フーッと息を吐き、とてもしんどそうにしている。

 これからこの空き缶をどこかへ運ぶようだ。

 俺はすかさずニカ爺に駆け寄って空き缶の詰まった袋を横から奪い、代わりに担いだ。


『あぁ、ありがとう』


 ニカ爺は苦痛の表情が抜けきらない笑顔でにこやかな表情を見せた。

 考えてみれば、朝のドロップキックから始まり、ラップバトルからの全力疾走、空き缶集めレースのあとにぺったんほーい。

 寝起きの老人がやるにはキツすぎる。これからは俺が頑張ってニカ爺へ恩を返していこう。少しずつかもしれないけど、行動で示していこう。


 とりあえず、どこへ向かうのか分からないが、この程度の重さ俺にしてみれば無に等しい。水もたらふく飲んだことだし、どこまでも行けそうだ!

 俺が空き缶の詰まった袋を担いでスタンバっていると、ニカ爺はフラフラと小屋の裏手へと回った。するとすぐにひょいひょいとニカ爺の手だけが俺を呼んでいる。


 何があるんだろう?それとも、何か食べさせてくれるのかな?

 期待を胸に小屋の裏へ回ると、そこには圧縮された空き缶がパンパンに詰まった袋が5袋あった。


『これも おねがいねっ(はぁと)』


 久々のぶりっこジジイ登場に若干イラっとしたが、俺はさっき恩を返していくと誓ったばかりだ。ここは素直に従っておこう。

 俺は引き攣った笑顔で袋を左右3袋ずつ担いでみたが若干重かった。

 なんだか袋の中から変な臭いのする汁がポタポタ垂れているし、黒くてカサカサと素早く動く虫が飛び出してきて不快感MAXだが仕方ない。ニカ爺には文字通り荷が重すぎるだろうし…


 俺に感謝の意志を示したニカ爺は、羽のような軽い足取り(?)でスキップしながらすぐ横にあった硬そうな2つの輪っかがついている乗り物?を押して歩き始めた。

 あ、これはさっき見たやつだ。凄い速さで駆けられるやつ!


 ニカ爺はそのまま軽快な足取り(?)で歩き出したので、俺は後ろをついて歩く。

 なんだか色々と疑問に思うところがある。そして、その疑問は疑惑へと昇華され始めたところで、確信へと変わった。


 俺たちが道路へ辿り着いたところで、ニカ爺はおもむろに乗り物(?)に跨ったかと思うと、急に爆速で駆けだした。


「ジジイ、やっぱり元気じゃねーか!!!」


 出遅れた俺をあざ笑うかのように、爆速ジジイは遥か彼方で俺の方に振り返りながらニヤニヤしている。ウゼェわマジで。

 そのまま派手に転んでしまえばいいのにと思ったが、それはそれで後々面倒なのでナシとして…とにかく追いかけなくては!


 ぶるんぶるんぶるん!!!

 ガチャガチャガチャァァァ!!!

 べちゃっべちゃっ

 カサカサカサ...


 全力疾走で追いかけ始めるも、さっきたらふく水を飲んだせいでポッチャポチャなお腹がぶるんぶるんぶるん!!!して気持ち悪い。

 それに、走る度に袋がガチャガチャガチャァァァ!!!と騒音まき散らしているし、揺れのせいで変な汁が一気に溢れ出している。

 さらには急な激震のせいで黒くてカサカサと素早く動く虫が飛び出してきた!

 うわぁ、何匹か俺の服の中に入ってきた!?キンモぉぉぉ!!!


 俺は白目を剥きながらも全力疾走で爆速ジジイを追いかけた。

 騙されたことで怒り狂って理性を失った俺は、風切り音と共に無我夢中で全力疾走した。

 瞳は黒から赤へと変化した。



 ―――それから走ること、およそ10分。


 意外と近場で良かった。というか、多分ニカ爺と歩いたら30分はかかっただろうし、近くはないか。

 俺は軽い汗をかいていたが、息切れするほどではなかった。まぁ、軽いジョギング感覚だったし。

 しかし、爆速ジジイの方は乗り物に乗っていたはずなのにゼェゼェ息切れしている。

 多分、目的地に着いたのだろうけど、その場に倒れ込み一歩も動けない様子だ。

 今いるのはやや大きな通りに面していて、そこそこ人もるし荷車も多く行き交っている場所。大小さまざまな商店が整列しているので、かなり活気があるように感じる。

 目の前にはそこそこ大きな倉庫のような、工場のような建物があり、奥の方に自分達が持って来たものと同じ圧縮された空き缶を100倍デカくしたものが大量に積まれていた。


 しばらくは休憩ってところか。俺は袋を地面に降ろすと、服の中から黒くてカサカサと素早く動く虫を手で掴んで放出してからニカ爺に戻りつつある爆速ジジイの横に座って空を見上げた。


 その一部始終を目撃していた近くの人間がヒェェェと小さく悲鳴をあげながら小走りで逃げて行ったが、この短時間で人間への恐怖心が無くなりつつある俺は何とも思わなかった。


 あ、そういえば俺の容姿を確認するのを忘れてた。早く確認せねば。

 小屋からここに到着するまでに何人もの人間とすれ違ったけど、みんな俺のことを見て驚愕の表情を浮かべていた。

 オークの姿ではないと思うが、どこかしら人間と違うところがあるのかもしれない。

 ニカ爺の呼吸が整うのを待つ間、俺は単独で近くを散策することにした。

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