第4話 消臭と招集

 お互いに打ち解けたところで、ニカ爺は急に何かを思い出した様子で俺の肩を2回、ポポンと軽く叩き慌ただしく作業を始めた。

 先ほどの円筒状の何かの上部に掌をかざし、何かを確かめている。

反応を察するにどうやら中身が満足のいく状態ではなかったようだ。


 ニカ爺は円筒状の何かの取っ手部分を両手で掴んで持ち上げると、慎重にバランスをとりながら俺の横を通過して小屋を出て行った。

 何か貴重な品でも入っているのだろうか?俺はニカ爺の後を追って一緒に小屋の外に出た。


 ニカ爺は円筒状の何かをおもむろに焚火の上に設置したかと思うと、再び小屋の中へ戻っていった。

 俺は少し悩んだ末、焚火の方を見に行くことにした。

どうやら円筒状の何かは鍋だったようだ。

覗き込んでみると、中身は食べ物…これは、スープ。スープだ!ご馳走じゃないか!

ニカ爺は冷めてしまったスープを温めているに違いない。

 既に下処理が済んでいるようで、真っ白で角張った石のようなものと黒っぽい薄皮のようなものが浮いている。

このあと何かしらの具材を投入するのだろう。ワクワクが止まらない…!


 俺の思考回路は鼻腔経由で完全に支配されてしまった。

塩気のある優しい美味しそうな匂いが俺に残っていた警戒心を根こそぎ抜き取って食欲で埋め尽くす。口の中は急激にじゅわっとしてきて、危うく涎が垂れそうになった。

 食欲のせいで身体がソワソワ。居ても立っても居られなくなってきた。


 スープといえば、俺の村では催事の時にしか食べることが出来ないご馳走だ。

村の立地が水源から遠いことや、雨の少ない気候だったから俺の村は常に水不足に悩まされていた。

 そのため、必要最低限しか摂取出来ない水をふんだんに使って作られるスープは滅多にありつけないご馳走なのだ。


 焚火の炎で温められて湯気が立ち始めたスープ。

白と黒の具材がゆっくりと踊り出し、俺のことを誘惑している。

 ニカ爺は貴族か何かなのだろうか?じゃあ呼び方変えた方が良いかな?

いや、今はそんなことはどうでもいい、早く食べたい…!


 俺はニカ爺を急かしに小屋の中に入ると、ニカ爺は俺に背を向けたまま鞭のような、草の束のようなものを刃物で細かく切断している。鞭ではなく、ツンとした匂いの草の束だった。


…これ、便所の臭い消しに使ってる草じゃん。


飯を作る傍ら、まさか便所の消臭用の草を用意しだすとは。やるな…コイツ。

 あ、でも待てよ、もしかしたらこれを撒き餌にして獣でも捕まえて具材にするんじゃないか?

 この辺りではそんな狩り方をしているのか。これは勉強になりそうだ。

とはいえ、そっかぁ。まだまだ時間がかかるんだね。



 はやくたべたいいますぐたべたいもうがまんできないとりあえずあじみだけでも!



 細かく切った便所の臭い消しを丁寧に集めたニカ爺は、それを右手を器の形にして全部のせた。

 俺のことをチラッと横目で確認すると、そう焦るなと言わんばかりの表情で笑いながら反対の手で重ねた2つの容器を掴んで再び外へ出た。

 まさか、俺がソワソワしているのを見て、今にも漏らしそうなんだと思っている…?


 狩り用の撒き餌なのか、それとも単純に便所用なのかハッキリしてほしい。

狩り用ならば待ちきれないから代わりに俺が行ってくる。

便所用ならば誤解を解かなくてはならない。

 答え合わせをするためにニカ爺のことを追いかけて小屋を出た。



――― 嘘 だ ろ ?



 俺は、驚愕の光景を目の当たりにして一歩も動けなくなってしまった。

目の前でニカ爺が鍋の中に便のだ。


おいおいおいおい、嘘だろそれはダメだってダメダメダメダメーーー!!!

いやぁぁぁーーー!!!

やめてぇぇーーー!!!


 時すでに遅し。

便所の臭い消し用の草は鍋の中を楽しそうに泳いでいる。

 俺は間違いなくここ最近で一番泣いた。コブンが死んだ時よりも泣いた。



 わずか「1分06秒」の出来事だった。

何十秒か続いていた俺の幸せなひと時は、1人の汚いジジイによって凄惨な最期を迎えたのであった。


 「許さない 絶対に 許さない 例え この命が尽きようとも この復讐心だけは  決して消えることはない 必ず お前らの命便所の草を この手で奪…」


 薄れゆく意識の中、強く、強く、誓った俺の瞳は光を失った―――

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