第2話 わずか「11分06秒」の出来事
怒り狂って理性を失った俺は、風切り音と共に無我夢中で全力疾走した。
瞳は黒から赤へと変化した。
「…これは一刻の猶予もありませんね。私が先行しておくんで、ボスも出来るだけ早く来てほしいっス」
珍しく険しい表情のコブンは、持ち前の身軽さを活かして木から木へと器用に飛び移りながら先に居住区へと向かった。
こんなに切羽詰まった表情のコブンは一度も見たことがない。それほど切迫した事態なのは今さら言うまでもない。
俺も巨体を揺らしながら草むらを抜け、森の中を重戦車のような勢いで全力疾走した。
―――居住区へ辿り着いた俺が目の当たりにしたのは、言葉にしたくないほどおぞましい光景だった。
「おねがい はやく ころして」
「いたいよ いきができない くるしいよ」
「むすめは どこ かあさんは ここよ」
女も子供も老人も関係なく執拗にあえて死なない程度に切り刻まれた村人達が地面から悲痛な呻き声をあげていた。
『即死させず、長い時間をかけて苦痛を味合わせる』
これは明確な悪意をもって行われていることが明らかだった。
敵に対し、一考の余地もない。
『死 あ る の み』
俺の『怒り』の感情がカンストして『殺意』へと変わっていた。
瞳は赤から漆黒へと変化し、黒い炎のようにメラメラと滾っている。
仕事の時とは次元が違う。
本気の”オークロードの
―――敵の勇者は3人。
「っし、28体っと。そっちはどうだい?」
必死の抵抗を続けている戦闘員の仲間達が必死に闘っているが、光る剣で涼しい顔をしながら踊るように相手する勇者にあっさりと返り討ちに遭っている。
「うっひゃひゃーーー こっちは19体だぁー そろそろ一気にやっちまうかぁ?」
やたらと手足が細長い長髪姿の2人目の勇者は、舌をベロベロさせ屋根の上から逃げ惑う村人たちを的確に矢で射貫き、笑いながら足止めをしている。
「ったく、面倒な役回りばっか押し付けやがって。俺の分も残しておけよ?」
やられた仲間や射貫かれた村人たちが屈強な肉体の大柄な3人目の勇者に引きずられ、四肢を切断された後に適当に放り投げられている。
「うーん。それはどうだろう?さっきのウザい奴も弱すぎて遊び相手にすらならなかったからなぁ…もうすぐ終わっちゃい―――っとっとっとー!?」
まるで急に空から降って来たかのような重戦車。
俺は大ジャンプと共に、巨木のような棍棒を地面に叩きつけて急襲をかけたが、あっさりと踊るように回避された。
「ふぅー、危なかったー、あと少しでやられるところだったぜー」
オーバーリアクションで胸に手を当ててゼェゼェ言っている勇者。
「うっひゃひゃーーー、お前、棒読み過ぎるだろそのセリフよぉ」
腹を抱えて笑い転げている勇者。
「イヤー、ソンナコトナイッテー、コワクテスコシチビッTOWER!」
ガニ股で横歩きしながら股の間から光る剣を塔に見立ててお道化る勇者。
「うひゃひゃーーー、くどいわもうその下ネタ飽きてっから」
急に冷めた目で視線を送る勇者。
「…やっと俺の出番が回って来たか、余計な手出しするなよ?」
大きな斧を握り直す勇者。
「うっひゃひゃーーー、なぁに言ってんの、早い者勝ちっしょ!」
5本の矢を同時打ちする勇者。
「は!?お前、ずりぃだろ飛び道具はよぉぉぉ!」
慌てて斧を構えて走り出す勇者。
「そうはさせないよ?俺の速さを超えられるのかな?」
仲間の放った矢にスピード勝負を仕掛ける勇者。
「ッ!」
3方向からの同時攻撃は、明らかに次元を超越した速さと威力だった。
回避どころか、構える動作すら間に合わない。
走馬灯を見る隙もなく俺は無防備な状態で集中砲火を受け―――て、いない?
「うぐっ、あぁ…」
小さな悲鳴を上げながらも必死に俺に抱きついて離れなかったのはコブンだった。
その小さな身体を盾にして俺の身を守ってくれていた。
「コブン、お前、どうして…?」
「…いやぁ、1回ぐらい、ボスの、マシュマロボディに、飛び込んで、みたかったんスよ… いやぁ、やっぱり、温かいなぁ、満足、満ぞk…ッ」
ボトッ、ボトッと4回、地面に何かが落ちる音がした。
それと同時に俺を締め付けていた小さな手足が力が抜けていくのを感じた。
そして、最後にもう一度、ドサッという音と共にコブンの胴体が地面に転がった。
「ボス…? あれ、 地面しか 見えないや 聞こえ てるかな? 私のこと 忘れないで下さいね もし 生まれ変われた ら ボスの お嫁さん にして くd…」
「うぉぉぉーーー!!!」
俺は涙を流しながら無我夢中で目の前の勇者達向かって棍棒を振り回した。
何度も躱され、何度も転び、何度も頭を踏みつけられた。
それでも立ち上がり、何度も、何度も、何度でも攻めた。
その光景はあまりにも滑稽で愚かな姿なのかもしれない。
笑われ、蔑まれ、肉体も精神も侮辱された。それでもこの命が尽きるまで俺は攻めるのを止めなかった。
…それでも俺の攻撃はたったの1発すら当たらなかった。
俺は地面に仰向けに倒れた。
―――そろそろ体力も限界に近い。
ここで倒されれば祭壇で復活できるけど、時間を大幅にロスしてしまう。
村人はみんな逃げきれただろうか?もう、十分に時間は稼げただろうか…
疲弊しきった俺の心は、遂に攻めの姿勢から一転して守りの姿勢へと変わりつつあった。
そんな様子の俺を見た勇者が話しかけてきた。
「まーだやんの?いい加減、飽きてきちゃった。まぁいいや、ここで一つ重要なことを教えてあげよう」
「…お前らと話すことは何もない。もう、理由なんてどうでもいい。この村から今すぐ立ち去ってくれないか」
「うーん。人の話はちゃんと最後まで聞いた方が良いと思うんだけどなぁ。まぁ、キミがそう言うなら別にいいけど。」
「いいから今すぐ立ち去れ」
「あー、はいはい。立ち去ってもいいけど、俺達には目的があるんだ。それを達成したら、こんな村すぐにでも出て行ってやるさ」
「目的は何だ?」
「キミを殺すことさ」
「なら今すぐ倒せばいい。ほら、降参だ。」
「じゃあ、遠慮なく~」
俺は武器を投げ捨て、目を閉じ、両手を広げて大の字になった。
祭壇で復活したらすぐさまケガ人の手当てだ。医療品が足りないだろうからトレイターに頼んでみよう。アイツならきっとどうにかしてくれるだろう。
ん…、そういえばトレイターのやつ、安全保障の約束も守らないで
ど こ で 何 を し て い る ん だ ?
ふと、嫌な予感がして目を開け、周囲を確認しようとしたその瞬間、俺は勇者の光る剣から放たれた渾身の一撃を受けて四肢が切断された。
あまりの痛さに意識が薄れゆく中、目の前には四肢が切断され瞳の輝きを失ったコブンが転がっている。
「(もっと構ってやればよかった。もっと優しくしてやればよかった。事態が落ち着いたらちゃんと気持ちを伝えよう)」
そんなことを考えていると、俺の無様な姿を見てニヤついていた勇者が話しかけてきた。
「あー、余計なお世話かもしれないけどさ、暇だし重要なことを一応伝えておくね?」
そう言いながら、勇者はおもむろにコブンの首を光る剣で切断した。
そして、コブンは完全に倒された。
間もなくその肉体は白い泡のようになり、霧散する。そうすれば祭壇で復活を遂げるはずだ。
…やっとこの苦痛から解放され、ない?
俺は激しく混乱した。これまで、たったの一度たりとも復活できなかったことはない。なぜ?どうして?
動揺している俺に追い打ちをかけるかのように、目の前で信じられない出来事が起きていた。
「待たせたな」
「トレイターってば、遅すぎるっしょーーー!早く来ないから余分に殺しちゃったじゃんかよー!」
「悪い。思いのほか村長に抵抗されてな。ほら、約束の報酬だ」
トレイターから勇者に手渡されたものは、血のついた3か月分の報酬が入っていた袋だった。
「(アイツ、やっぱり裏切り者だったのか…俺らの希望を、夢を、許せねぇ)」
胴体だけになった俺は上顎を地面に突き刺し、首の力だけで必死にトレイターへ向けて這った。
乾いた土の味、時折感じる血の匂いと鉄臭い味。
会話を交わしているトレイターと勇者まであと少し。
蹴とばされてもいい、踏みつけられてもいい。たったの1発、1発でいいんだ。
噛みついて、噛みつき殺してやる。
あと30センチ、あと20センチ、あと5センチ…
『こ れ で も く ら え !』
最後の力を振り絞ってトレイターの足首に噛みつこうとした瞬間、俺の渾身の一撃は風を切る音と共に突然、金属製の何かによって阻まれ、次の瞬間には別の飛んできた何かによって首と胴体が切断された。
「うわぁ!?びっっっくりしたぁ、矢が飛んできたのか!『矢』だけにもうヤぁねぇ~。それに斧を投げつけるとか怖すぎるんですけどぉ!?」
「フンッ、足元ぐらいよく見ておけっつーの!」
「うるせぇ!俺にばっかり最後まで面倒ごと押し付けやがって」
「あー、怖い怖い。ってかキミはこ~んな足元で何やってんのさぁ?あ、話の続きか!あーごめんごめん、つい話し込んじゃったわ~」
「・・・」
黙ったまま俺を見下ろしているトレイター。
そんな様子を気にすることなく勇者は話を続けた。
頭部だけになった俺はもう、あと10秒もすれば完全に意識を失って霧散するだろう。最後の一撃も失敗に終わった。完全敗北だ…
とりあえず、話があるなら早くしてもらいたい。
「えっとね、時間がないから手短に話すね?重要なことっていうのはね…」
こ の 剣 で 切 ら れ る と 復 活 で き な い ん だ よ
―――この世界の理を打ち破る光の剣。
この剣でコブンは倒された。つまり、アイツはもうこの世にいない。
勇者は倒すではなく殺すと言った。
だから、俺も同じ運命を辿るのであろう。
守りたかったなぁ。
もう一度、会いたかったなぁ。
みんな、ごめんよ。
初めての『死』まであと3秒。
目の前で唐突に切断されたトレイターの首。
血飛沫をあげて崩れ落ちていく。
初めての『死』まであと2秒。
その足で俺へと近づき、まるで味わうかのように不敵な笑みを浮かべている。
初めての『死』まであと1秒。
勇者はゆっくりと味わうかのように俺の脳天へ光の剣を突き刺した。
―――それが、俺が見た最後の光景。
わずか「11分06秒」の出来事だった。
何十年も続いた俺達の穏やかな日常は、3人の風変わりな勇者によって凄惨な最期を迎えたのであった。
「許さない 絶対に 許さない 例え この命が尽きようとも この復讐心だけは 決して消えることはない 必ず お前らの命を この手で奪…」
薄れゆく意識の中、強く、強く、誓った俺の瞳は光を失った―――
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