雇われボス、人間界で頑張ってるけど日本語が難しすぎて涙

黄金アオ

第1話 雇われボスの日常

―――穏やかな日常がずっと続くと思っていた。


 村の仲間達と笑い合いながら、面白おかしく過ごす毎日。

貧しいけれど、家族と仲間さえいれば他に何も要らないと思えるほどの幸せな日々。


 それは、わずか「11分06秒」の出来事だった。

百年近く続いた俺達の穏やかな日常は、3人の風変わりな勇者達によって唐突に悲惨な最期を迎えた。



―――およそ数時間前のこと。


「ボス、今回もイイやられっぷりっスね!感動したっス!斬られるたびに言ってる『ぬぉ~よ♪』って台詞、マジで最高っス!何を縫うんスか?自分の傷口?ボロ雑巾みたいな敵の服?ついでにアップリケでもサービスしときます? よっ、村一番の演技派!」


「…照れるだろ。まだ復活しきってないんだから、それぐらいにしておいてくれ。」


「(クソ演技をディスってるのに、本気で褒められてると思っている…だと?)」


 本日2回目の戦闘を終え、村の祭壇でいつも通り復活したばかりの俺に話しかけてきたのは、先に復活していた戦闘員の”コブン”だった。


 コブンは『オーク女子界の"カワイイ"担当、泣く子も笑うハイテンションアゲアゲ娘!』を自称しているらしいが、実際のところは『オーク女子界の"ウザイイ"担当、泣く子もイラつくウザモーションガヤガヤ娘!』って感じの騒がしい奴だ。


 日常生活では死ぬほどイライラさせられているとはいえ、戦闘時のコブンは優秀なサポート役であることは間違いない。

 ちょこまかと動いて敵を翻弄、絶妙なタイミングで攻撃を阻害、罠を仕掛けて行動を無力化することで味方へ貢献してくれている。


 「あー、そろそろ本日最後、今月最後の勇者様ご一行のおでましっスよ!あの感動をもう一度!渾身の『ぬぉ~よ♪』を心に刻ませて下さいっス!」


 「 お 前 の 減 ら ず 口 を 縫 っ て や ろ う か ? 」


 「(えぇ~さっきまで頬を赤らめてたじゃん肌が緑色だから分からないけどさ!情緒が不安定すぎてドン引きだわ~)」


 俺の迫真の演技に恐れをなしたのであろう。コブンは硬直している。

よし、今日の俺は復活直後でも絶好調だ!頭も冴えている!おぉー、なんだか最高のキメ台詞が思い浮かびそうだ…

くる、くるぞ…キタァーーーーーー!

 俺は今にもガッツポーズを天高く掲げたかったがボスという役割ゆえ、ここはクールに振る舞うことにした。


 「…まぁいいや、さっさと行くぞ。えっと、確か次が今日の最後だったな。ならば、登場のキメ台詞は…今月最後だし『ぎゃっぴん』で決まりだな!(キリッ)」


 「(これはボケなのか?いや、本気? 面倒くせぇからスルーしよっと)」


「(…あれ?今の聞こえてなかったのか?完全に目ぇ合ってたよな?俺のキメポーズがカッコ良すぎて昇天してる?コブンのやつ、まだまだ青いな…)」


 俺がキメ顔でドヤっていると、無表情のコブンが無言で出口に向かってスタスタと歩き出してしまったので、慌てて追いかける。

 復活したばかりで身体の感覚が戻っていなかったが、プルップルの足をどうにかこうにか必死に動かしてコブンと共に村の中央広場へ歩き出した。



 ―――おっと、すまん。説目するのを忘れていた。

俺らの暮らす寂れた村『Orc Summer villageオーク・サマー・ヴィレッジ』こと、通称『オクサマ村』は、この世界において冒険者がチュートリアルで訪れる最後の村として指定されたばかりの村だ。


 あれは3か月前の出来事だった。

そいつは、突然現れたかと思うと『我はゴブリンチーフにして魔王様直属の参謀長、名をトレイターと申す!』と声高々に言った。

 その見た目は『The 悪役魔法使い』と言っても過言ではない風貌をしており、シンプルな黒いローブ姿で深くフードを被っている。

 顔は口元しか見えないが、ニヒルな笑みを浮かべていて、いにも不健康そうな青白い血色がより一層不気味さと際立たせている。


 俺はそいつから一方的に『チュートリアル戦のボス”オークロードの暴虐王マンヴァイオキングマン”』という使命を与えられた。


 (…最後の”マン”いらなくね?ミスって”オ”を抜いたら某悪役の名前みたいでカッコイイけどさ!あれ、あえてそれを狙っての”マン”なのか?まぁいいや)


 ヴァイオキングマン、略してヴァイキンマンの使命は、村に訪れる勇者一行をに追い詰め、に攻撃を受け、にギリギリ倒されるという内容で報酬も出るらしい。要するに接待試合みたいなもんだ。


 だから決してUFO型のロボットに乗って腕を伸ばしたり、水で相手の顔を濡らすなんてことはしないし、やられ際に”ハ行”を全力で叫ぶキメ台詞も言ったりしない。だってキメ台詞はやっぱり『ぎゃっぴん』が一番カッコいいだろ?


 そんな感じで3か月目の俺はゆる~くやっているけど、当時の俺は反対派だった。

1人でフラッと現れたトレイターとかいう奴のことを全く信用できないし、魔王様からの指示とはいえ、老人や子供に危険が及ぶかもしれないのは容認できないからだ。

 平和だけが取り柄のこの村から『平和』が失われたら…もう何も残らない。


 しかし、居住区の安全保障と高額な前金を提示されたことにより、村人の大半が賛成派に傾いてしまった。

 村長は最後の最後まで俺と一緒に村の行く末を案じて首を縦に振らなかったが、最終的には村人の総意を尊重するという形で承諾した。

…村長だけに。なんちゃって。


 俺だけは終始一貫して反対派だったが、村長の意見は絶対だ。

気持ちを切り替えてやるだけやってみることにした。ボスといえば『地響きのような雄叫び』、『オーバーリアクション』さえマスターしておけばいいはずだ。

 声量は申し分なし、演技も自信アリなので我ながら逸材だと思う!

早速、トレイター直接指導のもと1か月間しっかりと仕事をこなしてみた。


 最初の3日間ほどは誠に不本意ではあるが、俺の大根役者っぷりを見た村人達の抱腹絶倒が止まらず呼吸困難者続出、全然喋らないトレイターでさえプルプルと小刻みに振動し続けていたが、地道な特訓の成果もあって1週間もすると演技が板についた…ように思う。


 10日目。村人達がみんな腹筋割れまくりの美ボディになったのに虚ろな表情でゲッソリ顔なのは、きっとみんな寝る間も惜しんで死ぬ気で取り組んでいるからに違いない。なんて村想いのイイ奴らなんだ…!愛が溢れて止まらねぇぜ!


 12日目。なぜかみんな耳に詰め物をしていて会話ができないのは、きっと精神を研ぎ澄まして第6感を鍛えているからに違いない。

 肉体だけでなく精神まで鍛えるなんて思いつかなかった!じゃあ俺はみんなのオーラを見る能力をつけようかな!まずはみんなの現状をしっかり観察しなきゃ!


 15日目。なぜが誰も目を合わせてくれないのは納得いかないけど、俺と目が合った途端、腹を抑えて引き攣り笑いしながら白目剥いちゃうなら仕方ないよね。

 それほど俺がスーパーカッコよく成長しているからだよな!

ほんと、罪だよなぁ俺って。(キリッ)


 20日目。誰 も 外 を 歩 い て い な い の は な ぜ な ん だ ?



 ―――まぁ、そんなこんなで1か月後、トレイターは約束通り報酬を渡してくれた。

受け取った1か月分の報酬は、村全体の1年分の収入に相当するほど莫大な報酬だった。


「…これだけあれば、やっとまともな医療を受けられる」


 医師のいないこの村では、老人と子供が多いにもかかわらず、大怪我や命にかかわるほどの重病でない限りまともな治療を受けることが出来ない状況だった。

 医師を連れてくるだけでも3日かかるし、費用もとんでもなく高額なので、基本的にはひたすら寝て、耐えてやり過ごすしかないのだ。


 痛み、苦しみ、悶える老人や子供を目の前にして、ただ見守ることしか出来ないのは本当に辛かった。

 しかし、これだけ稼げるのであれば優秀な医師を雇って村に常駐してもらうことが可能だ。

 目頭が熱くなってきた。初めて、この仕事をやって良かったと心から思えた。



 ―――話は戻って今現在。

先に歩き出しているコブンが外へと通じる扉に手をかけようとしたその時、扉が勝手に壊れんばかりの勢いで開き、仲間が駆け込んできた。


「村長が…子供たちが…、早く居住区に来てくれ!」


 何事かと考える間もなく、続々と血だらけの女、子供、老人が俺達がいる祭壇のある建物に担ぎ込まれてきた。

 手足の切断、執拗な斬撃、判別不能なほど焼かれた顔。

思わず目を背けたくなるほどのおぞましい光景―――


 俺の身体は居住区へと走り出していた。

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