女を求めた男として

 嘘とはいえ、教皇に恭順する姿勢を見せるのは苦痛だ。

 その度に教皇が気味の悪い表情を浮かべるので、本当にとっとと速やかにここから逃げたい。


「今日がこの街の、新たな始まりとなるのです。ではカズキ君、お披露目までゆっくりしていてください」


 そう言って教皇は部屋を出て行った。

 教皇の言っていたお披露目とはその言葉通りのもので、建物の前に集まっている男たちに俺という存在を知らしめるものだ。


「……はぁ」


 もうさっきからため息が零れて止まらない。

 さっき俺を殴った男もそうだったが、俺が女性を好きだと言ったことをこの街の全ての者が知っているので、いくら教皇が俺のことを説明しても受け入れられるわけがない。

 まあ受け入れてもらうつもりもないし、そうしてもらいたいわけでもないのだが、それさえ分からないほどに俺が……否、俺の持つ力が手に入ったことで教皇は浮かれているわけだ。


「昨晩にここへ連れ戻されてからというものの……深刻だな」


 何が? それは俺の下半身事情だ。

 セレスさんたちの元に居た時は、とにかく気持ちの良い興奮を味わいまくって俺の息子が元気じゃない瞬間は少なかった。

 だというのにここに来てからは、セレスさんたちのことを想像しても全然元気になってくれないのだから。


「ショックでダメになっちまったのかなぁ……だとしたらやだなぁ」


 これからって時に、役に立たなくなったら俺は悲しいよ。

 教皇とのやり取りやお披露目に関しての心配よりも、俺としてはそっちのことばかりが気掛かりだ。


「はぁ……はぁ……」


 何度も何度もため息が出てしまう。

 ある意味こんなことで落ち込めるのは余裕の証拠かもしれないが、とにかくちゃんと機能することに安心したいところだぜ。


「……?」


 その時、ガチャッと扉が開いた。

 教皇かと思ったが全然違う人で、その人はここで出会った他の男たちと違い全身を黒いローブで覆い隠していた。


「……誰だ?」


 その出で立ちは、まるで暗殺者のようにも見えて一歩退く。

 教皇が居ないことを見計らい、ついに直接暗殺に手を染める奴が現れたのかと内心焦ったが、俺の視線はある一つの部分に集中した。

 それはその人物の胸元部分――たとえローブを着ていようとも、そこに豊かな膨らみがあることを感じさせる丸みがあったのだ。


「……おっぱい?」


 つい、そう呟いてしまう。


「ふふっ、流石は旦那様だ。すぐに気付いてくれたか」

「……え?」


 その声は、明らかに女性の声だった。

 この街に居るはずがない存在ではあるが、それ以上にその声を俺は知っていた。


「オリエ……さん?」

「あぁ、妾だ」


 被っていたフードを脱ぎ、その人は……オリエさんは顔を見せた。

 前に会ってからそこまでの期間は立っていないのだが、今の俺にとってこれ以上ないほどに心を穏やかにしてくれる存在だった。


「オリエさん!!」


 どうしてここに居るのか、そんなことはどうでも良い。

 俺は無我夢中でオリエさんに抱き着き、ローブの上からでも構わないその豊かな胸元に顔を埋めた。


「旦那様……随分と心細かったみたいだな?」

「その……怖いって気持ちよりは、早くここから出たいって気持ちでしたけどね……早くみんなに会いたかったから。みんなの元に帰りたかったから……あぁおっぱいの感触だぁ」


 オリエさんは、やれやれと苦笑しながら頭を撫でてくれた。


「そんな風に寂しがっていた旦那様を迎えるのに、布の上からでは無粋だったか。では旦那様、下から潜り込むといい」

「なんですと……?」

「足元からローブの中に入るといい。気付いたかもしれんが、この下は裸なのでな」

「っ!?!?」


 た、確かに微妙に気付いていた。

 胸に手を当てた時、下着があればそこまで感じ取れない固いものがあって気になっていたが。まさかまさかそんな……えぇ?


「じゃ、失礼します!」

「うむ、来ておくれ旦那様」


 サッと離れ、サッと足元に屈み、サッと布を持ち上げて中に侵入!

 当たり前だが中は暗く狭いけれど、本当にオリエさんは何も着ておらずどこを触れてもスベスベな肌の感触がある。


(これは……やっべえぞ)


 ローブの中は、むわっとオリエさんの香りが充満している。

 久しぶりに嗅いだオリエさんの香りにクラクラしそうになりつつ、生乳に頬を当てながら更に指を沈み込ませて思いっきり堪能する。


「ぅん……っ♪ どうだ旦那様」

「最高です! それに、俺は大丈夫だった!」

「大丈夫だった?」


 俺の息子が大丈夫なことを確認出来たってだけだ。


「さてと、順に説明しよう。まず、私はセレスに頼まれてこの街に侵入したのだが、本来であれば入ることは出来ぬ。しかし、旦那様によって妾の魔力と力が増幅された影響で、こうして結界を突破出来たわけだ」

「へぇ……ちゅぱちゅぱ」

「こらぁ……吸うでないわ……♡」


 ぺしっと軽く叩かれたが、止めたら止めたで不満そうにするオリエさんはエッチすぎて可愛すぎる。


「このまま旦那様を連れて逃げるのも良いのだが、それは悪手になると妾やセレスたちは考えている。まあセレスたちは完全に旦那様を奪い返す気満々だがな」

「セレスさんたちが……でも、こうしてオリエさんまで来てくれて俺は凄く嬉しいですよ」

「くくっ、セレスたちは妾を羨ましがっておったぞ? 一番最初に旦那様に会えるのだからとな」


 それで、こうやってイチャイチャしているのも優越感に拍車をかけているようだった。


「オリエさん、俺に考えがあるんです」

「考えか?」

「はい――俺はこの街からしたら異物ですし、教皇も俺の力を欲しがっているだけに過ぎない……まあ俺は何があってもセレスさんたちの元を離れる気はないんですが、ここは俺のことをこれでもかと知らしめて教皇を含め他の男の心を折ってやろうかと思います」

「ほう?」


 それはなんだと、問いかけてきたオリエさんに俺はニヤッと笑う。


「その……俺だけじゃなくて、セレスさんたち女性の許可が居るんですけども――」


 それを伝えると、オリエさんは頬を赤くした。

 だが良い考えじゃないかと俺みたいにニヤッと笑みを浮かべ、セレスさんたちに伝えてくると言って姿を消すのだった。


「よしっ! おっぱいチャージ完了だぜ」


 俺にはもう、怖いモノは何もない。

 後はオリエさんに伝えたように全てを実行するだけだ……俺という存在が何であるかを知らしめ、その上で俺が彼らと違う考えの人間なんだと思い知らせてやる。


「ただいま戻りました……おや? 何かありましたか?」

「いえなんでも」


 教皇が戻ってきたので、俺は息を整えた。

 ただでさえ女性の香りに教皇は敏感なため、オリエさんには匂いを消す魔法も使ってもらったので気付かれることはないだろう。


「ささっ、それでは運命の日を迎えるとしましょうか」

「俺、ドキドキします」

「私もですよ。さあカズキ君、新たな日々の幕開けですよ!」


 黙れよクソハゲがよ……いや、ハゲは止めとこう酷いし。

 取り敢えずそうやって笑っていられるのも今だけだ――俺は俺だ、どんな人間なのか、どんな男なのか思い知らせてやるぜ。



 ▼▽



 その日、男たちは見ることになる――カズキの生き様を。


「皆、今日は運命の日となります!」


 教皇がそう言って集まった男たちに告げた。

 

「彼が、私たちの新たな希望となるのです!」


 そうして歩いてきたのはカズキだ。

 その姿を見た男たちの反応は様々だが、特に嫌悪の感情が強いのは女好きを公言した影響がある。


「ざけんなよ……」

「気持ちの悪い……」

「何を考えてんだ……」


 そんな声は、カズキにさえ聞こえそうだ。

 しかし、そんな空気も長くは続かない――何故ならば、空から何かが降り注ぎ結界を破壊したからである。


「っ!?」

「お、女……!?」

「うわあああああっ!?!?」

「気味が悪い!!」


 現れたのは、四人の女だ。

 四人とも人間ではなくエルフ特有の長い耳があり、それに気付いた男たちは更に悲鳴を上げた。

 あの教皇でさえも言葉を発するのを忘れたように唖然としており、どうやって街に入れたのか分かっていないようだ。


「セレスさん!!」


 そして何より、男たちにとって衝撃的な光景が始まった。

 カズキが心からの笑みを浮かべ、一人のエルフに抱き着いた。豊かな胸元に顔を埋め、幸せそうに笑みを浮かべるカズキ。


「カズキさん……っ」

「迎えに来たっすよ」


 カズキと彼女たちのやり取りは、男側からすれば信じられない。

 だがと一つだけ共通して思ったことがある――女と抱き合うカズキの笑顔があまりにも眩しく、自分たち男が決して浮かべることがない笑みだということを。


「セレスさん、ニアさん、メルトさんも……ありがとう来てくれて」

「良いのよ。何があってもあなたを救うと決めていたから……さてと、早速やるの?」

「良いんですか?」

「良いわよ。もう隠すのも無理だし、それならいっそのこと見せ付けてやりましょう。この世界にカズキさんと私たちの関係を。


 何をする気だ、そう思ったのも束の間――エルフたちは服を脱いだ。

 さあ、革命の始まりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る