男を精神的に殺す方法

「……あむっ」


 用意された朝食を喉に通す。

 教皇のことは嫌いだし、この街に関して良い記憶は何もないが用意された物に罪はない。

 それに作ってくれた人が居るのに食べないのは申し訳ないので、決して要らないと言ったり残そうという気にはならなかった。


「……教皇のことは嫌いだけどな!」


 そこだけはハッキリとした俺の気持ちだ。

 ただ、やはりニアさんの作った料理に比べると数段劣るというか、あまり美味しいと感じられない。

 ニアさんの料理に慣れてしまったのか、それとも彼女の料理しか満足出来ない体になってしまったのか、とにかく贅沢な悩みだなぁ。


「ご馳走様でした」


 食べ終わり、手元の鈴を鳴らすと扉が開いた。

 外で待機していた男性が食器を片付けてくれるのだが、その時に俺を見て分かりやすく舌打ちをしてくる。


(ほんと……こんなの誰が歓迎してんだよ)


 教皇から他の男たちに、俺の名前はともかく存在は明言されている。

 神に等しき力を持つということは、これからの立場は約束されているということで、それが俺みたいなガキであるのと、突然に地位を獲得することが気に入らないと思っている連中は多そうだ。


(ま~じで要らねえってのに……)


 でも、記憶が戻らなかったらと思うと寒気がする。

 まあ女性という存在をきっかけに力が目覚めたようなものだけど、もしも記憶が戻らなかったら男とウホッみたいなことをして覚醒していたら冗談じゃない。


「ほんと……良く思い出してくれたぜ」

「何か言ったか?」

「何も言ってないっすよ」

「……ちっ、なんでお前みたいなガキがこんな……教皇にも気に入られやがって」


 あ~あ聞こえない聞こえない。

 相手が大人とはいえ、こんな風に睨まれたりしても怖くなんてないし、相手にする気にもなれない。


「俺だって教皇なんかに気に入られたくねえし、そもそもこんな立場なんて要らねえよ――」


 だが、文句の一つくらいは言わせてくれ。

 何が神だよ、何が選ばれた男だよ……人が幸せの絶頂に居たってのに、それを無視して連れ戻しやがったクソハゲの治める街なんざこっちから願い下げだっての。


「ざけんなよクソガキが!」


 目を閉じた瞬間、ガツンと頬を殴られた。

 まさか殴られるとは思っていなかったので、俺はそのまま椅子から崩れ落ちるように倒れ込んだ。


「カズキ、お前のことは知ってるんだよ。お前は、女に会いたいとか世迷言を言って出て行ったそうじゃねえか? なんでそんな気味悪いことを言ったガキがそんな立場に居座れる!? 神の力!? なんだそれは、教皇は何を考えてやがる!?」


 殴られた頬がジンジンする。

 思えば前世でもそうだが、こんな風に思いっきりグーで殴られるという経験はそんなになかったので、確かに痛みと理不尽は感じたが若干新鮮な気分もしている。


「……はっ、女に会いたいとか言っただけでこんな風に言われるんだ。だから俺はこんな場所から出て行きたいって思ったんだぜ?」

「本当に……本当に気持ち悪い奴だ。いずれボロが出て、教皇もお前に愛想を尽かすのが楽しみだ!!」

「なら勝手に尽かされて今度はそっちから外に出してほしいもんだな。何ならアンタがここから俺を連れ出してくれよ。そうすりゃ俺は居なくなってそんな風にイライラすることもねえだろ?」


 ここで止まっていれば良かったのにと、俺は思わないでもなかったが言葉を続けた。


「教皇が怖いのか? 結局ビビリじゃねえかよ」


 それはモロに彼を煽る物言いだった。

 完全に頭に血が昇った様子の男は、俺の首に腕を伸ばしてきた。


「ぐっ!?」

「調子に乗るなよクソガキが!」


 首を絞められて苦しい中、ふと思った。

 俺はこの立場を欲しいとは一切思っていないが、一応教皇から大事にされる立場なのは間違いないだろう。それを気に入らないという理由でこの人は俺にこうして暴力を振るっている……お咎めとかあるんじゃないのかって逆に心配になるんだが。


「ははっ、みっともなく泣いてんじゃねえかよ」


 そりゃお前、体に痛みがあったら泣くに決まってんだろうが。


「……? なんだそりゃ……」


 だが、そこで異変が起こった。

 男が困惑するような声を出して見つめてくる――それが俺の流す涙だとは分かったが、俺もまたビックリした。だって目元から流れて手の甲に落ちた涙は、黒い絵の具を溶かしたような色だったからだ。


「……!?」


 鏡に映る俺を見れば、黒い涙が目から流れている。

 そしてその涙に触れた男は、瞬時に手を引っ込めたが耳を塞ぎたくなるほどの声を上げた。


「ぎゃあああああああああっ!?」


 俺の涙に触れた男の指が、段々と色素を失っていく。

 肌色の指は黒くなり、まるで燃えカスになった墨のようだ……そしてパラパラと空気に解けるように、彼の人差し指が消えた。


「なんだ……?」


 その時、ふと脳裏に過ったのは俺のスキルだ。

 俺のスキルは生命力を増価させたり、耐性を付与させたりと言った効果があったがその逆で“反転”するというのもあった。

 生命力を与えることの反対は奪う……?

 つまり俺の黒い涙が触れた男の指が消えたと、そういうことか?


「何の騒ぎですか!?」

「っ!? 教皇様……?」


 流石に騒ぎを聞きつけ、教皇が部屋に入ってきた。

 部屋の惨状から何があったのかすぐに察したらしく、教皇は男に出て行けと怒鳴り散らす。


「きょ、教皇様! そいつはダメだ……呪われてる! その涙に触れたら俺の指がこんなに――」

「あなたが粗相をしたからでしょう。指の一本程度どうでも良い、とっととここから去りなさい」

「なっ!?」


 男が居なくなり、教皇は俺を見た。


(き、きめええええええええ……っ!?)


 振り返った教皇は、恍惚とした表情を浮かべていた。

 その顔を見た瞬間に身の毛がよだつほどの生理的嫌悪を感じ、つい腕をスリスリと擦ってしまう。


「素晴らしい……素晴らしいですよカズキ君! その力もまた、神に等しき力! あぁ……やはり君はここに居るべき存在なのです!!」

「……………」


 俺が原因とはいえ、あの男の指が朽ちたことに対して満足そうに語る教皇にはゾッとする――だがこの瞬間、俺は絶対にこんな狂った野郎の居るここから逃げるのだと、改めて胸に誓った。

 そしてそのためにも、一芝居打つことにした。


「教皇……様、俺は考えを改めました」

「おぉ……っ! 分かってくれましたか!! おっと、先ほどの男に殴られた頬が赤いですね。治療はもちろんするとして……あの男には厳罰を科さねば」

「あいつは……まあそれはそれとして、教皇様って素敵な人ですよね。弱点とかなさそうですし」

「私はこれでも普通の人間ですからねぇ。弱点はありますよ――思い出したくないのですが、以前に一度だけ女共が作った本が荷物に何故か混ざっていたのです。絵ではありましたが、そこにあった男女の絡みを見た瞬間に高熱を出してしまいましてね……アレはトラウマに近かったですよ」


 それを聞いた瞬間、俺はニヤリと隠れて嗤った。

 やっぱりこの教皇を完膚なきまでにぶっ壊すには、俺が考えるそれをするしかないのかもしれない……セレスさんは、どういうだろうか。

 まあそうなるとここを脱出する以前に、やはりセレスさんたちとどうやって連絡を取るかだ。


(決まったな――俺がするべきこと、それは俺がどういうことを考えて生きているのかを知らしめ、そして二度と男からは関わらないと思わせる方法……それは)


 教皇たちが嫌う女性との濃厚な絡みだと、俺は結論付けた。


「女性との営みなど考えられませんよ……あぁダメですね。絶対にそんなものを見ることはないのに寒気がしてきました。この街の者たちは、私と違って全く耐性はないでしょうし……倒れるだけで済むと良いですがね」


 どんどん弱点を晒してくれんじゃんこのハゲ。

 これが真に弱点となり得るかは信じすぎな部分はあるかもだが、これに関しては嘘はないと断言出来る――だって分かるんだ。この教皇もそうだけど、他の男も女に対する嫌悪を口にする時は絶対に正直なんだから。


(セレスさん……もしかしたら俺は、あなたに凄まじいまでの提案をするかもしれない……もし頷かれたらこれ、革命が起こるぞマジで)


 ……ちょっと恥ずかしくなってきたな。

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