革命の前夜

「な、なんで……」

「見つけ出すのに苦労しましたよカズキ君」


 目の前に立つのは教皇だ。

 セレスさんと向き合っていたはずなのに、一瞬にして景色が切り替わって奴が……教皇の顔が目の前にあった。


(……夢か? いや――)


 驚いてはいる……だが、ここで慌てては何もならない。


「俺は、どうしてここに居る?」


 冷静さを失わないよう、俺はそう問いかけた。

 教皇は相変わらず気味の悪い笑みを浮かべながら、腕を大きく広げて近付いてきた。


「神に等しき力を持った男性を保護するためのマジックアイテムが眠っていたのですよ。一度しか使えない代物ではありますが、こうして無事にあなたを連れ戻すことが出来ました」


 教皇の言葉から分かったが、やはりあの報せにあった男とは俺の事だったみたいだな――正直そんなものに興味はないし、驚きはしたがこいつと話したいとも思わない。


「……連れ戻したってことは、ここは男だけが住む街?」

「その通りですよ。あなたが居るべき場所、オリジンの街です。さて、こうして話をするのも悪くはありませんがもう夜です。さっきも言いましたが早く寝て明日に……っ!?」


 近付いてきた教皇がサッと離れた。

 彼は表情を歪めながら鼻を摘まんでおり、明らかに何か嫌な香りを嗅いだ人間の反応をしている。


(……まるで糞でも嗅いだような顔してんなこいつ)


 それは俺がウンコみたいな臭いがするってこと?

 なんてことを思っていたが、ある意味で俺の考えは半分ほど合っていたらしい。


「これは女の臭い……!? 汚らわしい……女の臭いを体に纏わせるなどあり得ない……いや、あなたは無理やりに迫られていたということですかそうですか」

「勝手な解釈をしないでほしいんだが?」

「なに?」


 本来であれば、自分よりも年上の相手には敬語を使っている。

 けれど自分の意思を無視されてまで連れ戻され、望まない神輿に担がれようとしているのは我慢出来ない。


「俺は、自分の意思でこの街を出た。俺は女性が好きだ――そして、俺は心から大好きだと言える相手が出来たんだよ」

「……………」


 段々と教皇の表情が無へと変わっていく。

 その様子に一切ビビッたりすることはないのだが、どうやってセレスさんたちの元に戻ろうかという焦りは少なからずある。


「神に等しき力を持つだとか、そんなものはどうでも良い。俺はとっとと俺を必要としてくれる場所に帰りたいんだがな?」

「……愚かですね君は」


 心底落胆したと言わんばかりに、教皇はそう言った。


「女に毒されてしまったのですか? 女など、私たちが生きるのに必要のない存在です」

「必要がないって俺は思わないな。彼女たちの優しさと温もりは、俺に癒しと幸せを与えてくれる……俺だってそれを返したいって思うほどに、彼女たちのことが大切なんだよ。俺にとって彼女たちはもう、居なくてはならない存在なんだ」

「……これ以上は平行線ですね。まずは睡眠を摂ってください。詳しい話は明日にしましょう」


 教皇が言うように、これ以上は何を言っても無駄そうだ。

 結局その日はこの街で俺が使ったことがないような部屋に通され、一人になったところで大きくため息を吐く。


「……セレスさん」


 頭に思い浮かんだのは、セレスさんだけではない。

 ただ単にこうしてここに飛ばされる前に一緒に居たのがセレスさんだったからか、彼女の名前を口にしただけでニアさんやメルトさんたちの顔も脳裏に浮かんだ。


「……ここに帰ってくるなんてな」


 二度とここに帰るつもりはないと思っていた……否、絶対に帰らないと決意さえしていた。

 ここに帰ってくる理由は一つもないし、会いたい奴も一人でさえ居ないのだから。


「せっかく……せっかく明確に気持ちを伝えたってのに」


 好きだと、セレスさんにそう伝えた。

 出会ってからここまで期間としては全くないのだが、それでも俺にとってセレスさんと出会ってからの日々はあまりにも濃厚だった。

 最初はただ、この世界で女性にチヤホヤされたいと思うだけだった。

 恋愛だとかは二の次に、とにかく男性を敬ってくれる女性たちに取り入って酒池肉林の日々を送れればと思っていただけだった。


「エッチなことばかりしてえよ……セレスさんと……セレスさんたちに囲まれてウハウハな日々を送りてえよ……でもそれ以上に、俺はセレスさんたちと一緒に居られるだけで良いんだ」


 ベッドの上で、体育座りをしながら顔を伏せる。

 これからどうなるんだと不安はあるが、正直な気持ちを話すと絶望まではしていない。

 俺はそこまで諦めの良い人間じゃないし、まだセックスをしていないのに落ち込んじゃ居られねえから。


「そうだよ……童貞のままこの街で生きて行けって? 冗談じゃねえ口と胸だけで満足出来ると思ったら……出来るけど……出来るけど!! 俺はセレスさんたちとセックスするためにここを脱出してやる!」


 だがと、俺は少し考えた。

 俺の中に宿ったスキルが今回の原因ではあるのだが、別にこの力を手放す気は一切ない。

 なので教皇に俺を完膚なきまでに諦めてもらうか、或いは完膚なきまでにぶっ飛ばす必要がある。


「……でも、俺一人じゃ限界があるよな」


 既に部屋には鍵が掛けられ、何も出来ない状態だ。

 せめてセレスさんに大丈夫だと伝えてあげる方法があれば良いんだがとそう思わずには居られない。

 俺が居なくなったらどうなるか分からないとまで言ってくれた彼女の元に、一刻も早く帰りたい。


「……覚悟しやがれよ教皇」


 顔を上げた俺。

 鏡に映った自分の顔は決意に満ちていた――あの教皇を必ず後悔させてやる。ただ後悔させるだけでは足りず、暴力に訴えるのも俺の主義に反する……ではどうするか。


「セレスさんが許してくれるのなら……いっそのこと、俺がどれだけ彼女たちのことを大好きなのか知らしめるために公開エッチとか……めっちゃダメージ負いそうじゃね?」


 なんてことを考えてみたが、存外あり得ない方法でもないと思えたのにちょっと苦笑した。



 ▼▽



 場所は、セレスが住まう城の屋上だ。

 ジッと目を閉じていた美女は、ゆっくりと瞼を持ち上げた――セレスである。


「カズキさんは、あそこに居る」


 カズキの声が聞こえた気がした。

 愛する彼の全てを意識的に追うようにすれば、この世界のどこに居てもセレスは彼を見つけることが出来る。

 カズキが消えた時は心底慌てたが、すぐにカズキを救うという考えに至った瞬間にセレスは落ち着いた。


「セレス様」

「あたしたちも見つけたっす。たぶん同じっすよね?」


 背後に立つニアとメルトの声にセレスは頷いた。


「動くのは明日だけれど、何故かしらね……あの街に勝手に入ることは出来ないはずなのに、なんとなくだけど大丈夫な気がするわ。カズキさんとの繋がりがそう思わせてくれるの」

「ふふっ、そうでございますね」

「そっすね! ま、思い知らせてやりましょうよ。たとえ男だろうが、女から大事なモノを奪うなんて許さないってことを」

「えぇ」


 かくして、女たちもまた動き始めようとしていた。

 それは世界にとって革命が起こる前夜のことである。

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