帰還

 それは、とある夜中のことだった。

 最近やけに気持ちが落ち着かないというか、誰かに見られているような気味の悪い感覚があるせいで、それに気付かれてからはセレスさんが夜は一緒に寝てくれている。

 エッチな気分になるのはもちろんだが、それ以上に安心して気分が落ち着くことの方が強く、セレスさんが傍に居るとすぐに眠っていた。


(……セレスさん?)


 ふと目が覚めれば、セレスさんは傍に居なかった。

 そのことに寂しさはなかったけれど、目を覚ました時にセレスさんの豊満な肉体が見れないのは結構気落ちしたりする。

 まあそんな仕方のない変態小僧の俺だが、すぐにセレスさんは見つけられた。


(うわぁ……すっげえ綺麗だ)


 窓際に立って外を眺めているセレスさんは、月の光を浴びて神秘的だ。

 際どすぎるネグリジェ姿の彼女は、大きな胸を持ち上げるように腕を組んでふぅっと息を吐く。

 仕草の一つ一つが色っぽいため、眺めているだけでもドキドキする。


「色々なことがあったわ」


 セレスさんは、その綺麗な声で語り出した。


「ただただ、普通に過ごしていただけだった。そんな普通の世界にカズキさんが現れて……驚きと困惑を胸にしながらも彼を連れ帰って、そして彼は私たち女性を好きだと言ってくれる人だった」


 どうやらセレスさんは、俺との出会いを思い返しているようだ。

 彼女の声があまりにも綺麗で聞き取りやすいため、眠気も相まってASMRのような感覚に陥り欠伸が出てくる。


「そこからの日々は、なんて幸福に溢れていたのかしらね……恐らく男性がというわけではなく、カズキさんが加わったことで私の日々は彩られていった」


 俺の方がただ、セレスさんたちと居たかっただけなんだけどな。

 セレスさんと出会い、ニアさんやメルトさんと出会い、オリエさんやミューズさん、リリスさんと知り合ったわけで。


「カズキさんは私たちに多くのことを齎してくれた。彼は偶然の産物であり、都合の良いスキルが目覚めただけだと言っていたけれど、私はそうは思わない。そのスキルがカズキさんに応えたのは、きっとカズキさんがとても優しい方だから……素敵な人だから」


 う~ん、それはどうなんだろうか。

 もちろん俺は自分で自分のことを酷い奴だとか、薄情な奴だとか、そういう風に思ったことはない。

 俺はただ、自分の中のエロを追求するかのように行動した。

 結果的に全てが上手く嚙み合ってこの国にとっても、オリエさんやリリスさんの国にも良い結果を招いたけれど、俺は結局最終的にどうしたいんだろうと強く考える。


「もうカズキさんが居ない日々は考えられないわ……こんな独占欲を抱いてしまってはダメだと思いつつも、彼が離れて行ったら私はきっと彼を捕まえて閉じ込めてしまうかもしれない」


 お、重い……でも美女にそこまで求められるのは嫌じゃないぞ!


「……………」


 嬉しい気持ちがすぐに消え、考え事に俺は耽る。

 俺は今、スキルの都合でセレスさんたちに相手をしてもらえるという夢の状況に陥っている。本来であれば好きな相手とするこの行為を、ただ落ち着かせなければならないという理由でだ。


「……俺は」


 エッチなことがしたかった。本番だってしたい。でもただこうやってスキルのためにエッチなことを謳歌し続けるというのも違う気がする。

 俺はどうしたいんだ? 贅沢な悩みだとかそうではなく、俺は彼女たちとどうなりたいんだろうか。


「恋というものが何なのかは分からないけれど、この胸に渦巻くカズキさんの気持ちは……きっと恋なのね」

「っ!」


 恋、その言葉に俺はドキッとした。

 そしてその言葉は明確に俺の気持ちを整理してくれた――俺は彼女たちと……セレスさんとどうなりたいんだ?

 答えは、特別な関係だ。


(あぁ……そうか。そりゃそうだよな……結局のところ、まだ出会ってちょっとしか経ってなくても、俺はこんなにもセレスさんたちのことが大好きなんじゃないか)


 特に、俺の心を占める割合が大きいのがセレスさん。

 その理由はきっと、誰よりも傍に居るから……俺の運命を変えてくれた女性だから。


「あら、カズキさん起きてた?」

「っ……はい」


 横になったままだが、起きたことに気付かれてしまった。

 セレスさんはすぐにごめんなさいと言って駆け寄り、ベッドに入って俺を抱きしめてくれた。


「本当にごめんなさいね。不安だと言っていたのに……」

「いえ……その、目の保養でした。月明かりに照らされたセレスさんはどこか、女神みたいに見えて」

「あらそう? でも起こしてしまったのだから私が悪いわ」

「そんなことないですよ……セレスさんは優しすぎますって」


 セレスさんの密着するように抱き着けば、セレスさんは頭を撫でて安心させてくれる。


『何かに見られてる感覚というやつなんすけど、怪しい奴はこの国には居ないっす。それに怪し気な魔法も感じ取れないっすね……でもだからと言って何も起きないと思うのではなく、しっかりと警戒するっす』


 メルトさんのありがたい言葉も思い浮かべつつ、何も心配する必要は無いんだと、今はセレスさんの胸元に顔を埋めていれば良い。


「……セレスさん、俺の話を聞いてもらっても良いですか?」

「良いわよ」

「俺……一度死んでるんですよ」

「……え?」


 俺は、ゆっくりと語り出した。

 本来であれば話すこともないだろうと思っていた最大の秘密。この世界は俺が元々産まれた場所ではなく、生まれ変わった場所なのだと。


「どうやって俺が死んだのか、それは分からないです。ただ俺がこの世界に生まれ変わったことに気付いたのは、セレスさんに出会う少し前です」

「……あ、それで街を抜け出したってことね?」

「はい……元々居た世界では、男性も女性も普通に接し合って生きる世界でしたから。だから俺は女性に対して嫌悪感はない……だってそれが俺の普通だったから。だからこの世界の人からすれば俺は特別な感覚を持っているように思うんでしょうけど、俺にとってはこれが普通なんです」


 着地点は分からない、ただセレスさんには聞いてほしかった。

 俺の事を少しでも知ってもらいたかった、特にどんな言葉が欲しいというわけでもなく、セレスさんだからこそ知ってほしかった。


「そんな世界があるのね……私たち女からすれば羨ましいほどの世界かもしれないわ。でも私たちにとってはこの世界が全て……だからあまり想像出来ないし、するつもりもないわね」

「……………」

「私にとってはもう、あなたと出会えたことが全てだわ。カズキさんのことを知れたのは心から嬉しいことだけれど、そのことを聞いてもカズキさんに対する気持ちは何も変わらない……だって、今のカズキさんが私にとっては全てであり、傍に居てほしい存在なのだから」

「……セレスさん」


 あぁヤバイ……俺、セレスさんのこと凄く好きだ。

 そんなのはずっと分かり切っていたことなのに、今はとにかくこの気持ちを言葉にしないと落ち着かないほどになっている。


「セレスさん……俺、あなたが好きです」

「私もよ……っていつになく真剣ね?」

「その……一人の女性として真剣に好きです。ずっとセレスさんの傍に居たいです。女性が好きだとか、エッチなことが好きだとか……とにかく全部セレスさんとしていきたいです」

「っ!!」

「セレスさん……その、キスして良いですか?」


 目を丸くしたセレスさんは、しばらくしてから頷いた。

 そうして俺はセレスさんとキスを交わし、スッとお互いに顔を離して微笑み合った。


「……これはその……特別なアレってことよね?」

「あ、はい……特別なアレです」

「そう……特別なアレなのね! あぁどうしましょう……もっともっと話をして色々と理解を深めたいところだわ……っ!」

「あはは……じゃあちょっと夜更かししませんか?」

「良いわね! 私、今日は眠れそうにないわよ!?」


 明確に何かが動いた、それを俺は感じた。

 顔を赤くしながら興奮冷め止まない様子のセレスさんだが、きっと俺も同じ表情をしているはずだ。

 さてと、どんな話をしようか。

 なんてことを考えていたその時だった――フワッと、体が軽くなる感覚を抱く。


「……え?」

「カズキさん!?」


 驚いたセレスさんの声が聞こえた直後、俺は知らない場所に居た。


「……は?」


 何だこれ……そう思う俺の元に、一つの足音が響く。


「ふぅ、やはり君でしたかカズキ君。君のことを詳しく知らず、異端扱いにしたことをどうか許してほしい」

「な、なんで……」


 ここがどこかはどうでも良い。

 だって俺の目の前に現れたのは、教皇だったから。


「ようやく魔の手から救い出せましたね。さあカズキ君、今は眠って明日に備えてください。尊き存在の帰還を皆に知らせなければならないので」


 一体……何が起こったんだ?

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