サキュバス

 教皇が色々と面倒なことを言いだしたわけだが、あれから数日間は特に何事もなかった。

 俺は変わらずエターニアで過ごし、最高の日々を満喫している。

 スキルによって齎された恩恵を自分で言うのもなんだが、オリエさんの国も含めて圧倒的に豊かになったとデータが纏められている。


『こ~れはエグイっすよ』


 そう言ってメルトさんが見せてくれたデータは、今までの視覚で見たりセレスさんたちが感じ取ったことを感覚で言葉にしていたのと違い、確かな数値として表れていたので非常に見やすかった。

 エターニアの中でのありとあらゆる物の生産数と、それに伴って他国へ更に出せるようになった品質の高い輸出品数。別の所では雨に触れる前とその前での軽度のモノを含めた病気に罹ったエルフの割合など、文字を目にせず数字だけでも分かってしまうほどの変化があった。


『しかも、こっちは学生たちが通う学院のデータっす。普段の過ごし方や使える魔法の増加などは個々の努力によって変わるっすけど、明らかに魔力量が増えたことですぐに息切れしないなどの変化は報告されてるっす。このことに関しては色々と分からないことだらけで混乱もあるみたいっすけど、困ることじゃないっすから前向きに受け止められてるっすね』


 ということで、とにかく俺の起こした奇跡が凄いことになっている。

 自分で自分のしたことに奇跡だと何度も口にするのは恥ずかしいが、あくまでこれは心の中で呟く時限定にしているので、セレスさんたちとの会話で俺が使うことはそうそうない。


「このまま何もなく平和だと良いんだが……」


 まあ、騒動はともかくエターニアの平和は守られるだろう。

 オリエさんにも詳しく聞いたことだけど、セレスさんとメルトさんは本当に強いらしく、今は魔力の増加や外部攻撃への耐性も付いて文字通りの最強という状態らしい。


「……それに今日も今日とてお客さんが来てるんだよな」


 以前のダークエルフ来訪の時と同じように、今日はヴァンパイアとサキュバスの使者が来ているとのことだ。

 鬼というのも気になっていたがヴァンパイアにサキュバス。

 特に男としてはサキュバスという響きには心惹かれるというか、この貞操逆転世界におけるサキュバスってどんなんだろうと割とマジで気になっている。


「俺の記憶と相違ないのなら……サキュバスって男の精を吸ってなんぼの種族だろ? そうしないと生きられないって思うのは大げさかもしれないけど考えちゃうよな」


 それもあってサキュバスが気になっていたその時、ニアさんが部屋に戻ってきた。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさいニアさん」

「はい♪」


 また、いつものようにお菓子を持ってきてくれたニアさん。

 それから持ってきてくれたクッキーを頂くのだが、ニアさんはニコニコと美味しく食べる俺を見つめ続け、ふとこんなことを口にした。


「ヴァンパイアの方はお帰りになりましたが、サキュバスの方はまだ残って会議を続けています。お二人とも、この国の変化には大層驚かれていましたよ」

「……大丈夫そうですか?」

「元々、友好関係を結んでいるので大丈夫かと。もちろん百パーセント安心出来るかと言われたら絶対とは言えないのですが、それでも比較的信頼に値する方たちですよ」


 ニアさんがここまで言うのなら大丈夫だろう。

 ヴァンパイアやサキュバスたちが住む場所にも教皇の言葉は飛んでいるようだけど、具体的にどういう変化を齎すかが曖昧なのもあって変に詳しく訊かれることもなさそうだ。


「あ、そうだニアさん」

「はい?」

「俺、気になってたんですけど……サキュバスって男から精気を吸い取る種族じゃないですか?」

「そうですね……あ、そういうことですか」


 ニアさんは俺の聞きたいことを察したようで、先んじて教えてくれた。


「確かにサキュバスは男性の精気を吸い取ることで生き永らえる種族でございます。ですが、それなら今の世界はあまりにも彼女たちに酷であることは容易に想像が付きますよね?」

「はい」

「だから何を代わりとしているか、というのは正しくはないのです。サキュバスの方々は皆、精気を吸い取るという行為を捨てて生き永らえているのですよ」

「えっと……つまりどういうことなんですか?」


 俺の頭が悪いわけじゃないと思うけど、生きるための行為を捨てて生き永らえているという意味が分からなかった。

 ニアさんはですよねと苦笑するも、すぐに真剣な表情になって言葉を続けた。


「サキュバスには、精気を吸い取るという種族特有の行為を捨てて生き永らえる代償を支払ったのです。それはサキュバスとしての若さ……だからサキュバスは子供を除き、ほぼ全ての者たちが歳を取った姿をしているのです」

「……………」


 サキュバスは、見た目がとにかくエロい女性というイメージだ。

 それなのにその見た目を捨てることの苦しさたるや、いくら俺が男とはいえ絶大なまでの葛藤があったんだと想像出来る。


「もう長い月日が経っているのもあって、サキュバスとはそういうものであると受け入れられています。では、あの街から精を恵んでもらえば良いと言う話になりますけれど、あの街で採取された時点で魔法によって加工されるため、サキュバスたちが体に取り込むための栄養が失われてしまうのですよ。それで精をもらうことは彼女たちにとって意味がないのです」


 ニアさんは、ふと窓の外を眺めてこう言った。


「見た目や、能力の劣化に関して彼女たちは受け入れています。ですが彼女たちが心の中に、美しい自分に戻りたいという願いを抱いていることも知っていますから難しい話ですね」

「……ほんと、過酷な世界ですね」


 ほんとにこの世界、聞けば聞くほど自分の知らない部分で過酷な部分がこれでもかと顔を出してきやがる。


「あ……あの!」


 ならばと、俺は少しばかりやりたいことが出来た。

 ちょうどあれ以来のムラムラとした状態になってしまい、暴れさせろと下半身がこれでもかと主張している。


「……まあ♪」


 頬に手を当て、蕩けるような微笑みを浮かべたニアさんはクンクンと鼻を鳴らすようにしながら近付く。


「これが……これがカズキ様の……」

「あれ以来の奴みたいです……ニアさん、してくれますか?」

「もちろんでございます♪ ただ、初めてなので色々と教えてくださいますと幸いです♪」


 ムードもへったくれもないが、こうなるとスキルの暴発を抑えるために落ち着かせてもらわないとならない。

 正にラッキースケベの極みだが、考えた提案も忘れずに伝える。


「出た後、少しでも来ているサキュバスの方にあげることは……」

「やはりそれもお考えだったのですね。セレス様の判断を仰ぎますが、進言しましょう」

「お願いします! そ、それじゃあ……っ」


 お願いしますと、言おうとしてニアさんからまさかの発言が!


「今、ビビッと閃いたことがあるのです。セレス様が手と口でされておりましたが、私の胸を使うというのもよろしいのでしょうか? カズキ様が大好きですし、柔らかくて挟んで刺激するのに適しているかと」

「ニアさん、やっぱ天才です。それでお願いします」


 俺の二度目は、また違う感覚の中で行われた。

 その上で一つ感想を述べるなら――全く見えない埋没感というのも素晴らしかったとだけ、ここに言葉を残そう。



 ▼▽



「セレス様」

「ニア?」


 会議のために用意した部屋に、ニアが突然やってきた。

 そのことにセレスとサキュバスがどうしたのかと首を傾げると、ニアは手に持っている小さな小瓶を手にセレスへと近付く。


「カズキ様が、サキュバスの方々の現状を聞き試しにこれをと」

「あら……」


 小瓶に入っているのは、間違いなくカズキから摂取した精だ。

 色々と気を付けなければならない時期だというのに、それでもこうして女性のために動くカズキの心遣いに、セレスは濡れた……なんでか知らないが濡れた。おそらく感動で涙の代わりに股から溢れたんだろう知らんけど。


「カズキさんったら……でもそうね。実際は本当に問題はないらしいのだけど、いつ見ても辛そうに見えるのよねぇ」

「えっと……何のお話ですか?」


 老人の姿となっているサキュバスが困惑している。

 サキュバスたちは特に酷い疲れを感じているわけではないが、若さを失ったその体は寿命までまだまだあるだけでなく、ある程度の頑丈さを備えているとはいえ肩で息をしている。

 おそらく体の負担に対し、苦しいという感覚が追い付かないせいで起こっている状態だろう――だがそれでも彼女たちは生きていけるので、本当に心配はないが外から見ればこうして気になる者は気になるのだ。


「ミューズ、これを一滴だけ飲んでみて」

「毒じゃないですよねぇ!?」

「違うわよおバカ」


 ミューズと呼ばれたサキュバスは、震える手で小瓶を手にした。

 だがその瞬間に、ミューズの瞳からは理性が消し飛び、無我夢中に蓋を外して中に指を突っ込む。

 どうやら一滴だけという言葉を覚える理性だけはあるらしく、彼女はちゃんと一滴だけ舐めた。


「……え? えぇ!?」


 声を上げたミューズに変化が起こった。

 老人のように皺だらけだった肌は白い艶と張りを取り戻し、カサカサだった髪の毛もサラサラな状態へと変化する。

 そして大きく垂れ下がっていた乳房も一瞬で風船が膨らむように、本来の色気ある素晴らしい双丘を取り戻した。


「あれ……私、なんでぇ!?」


 本来の美しい自分を取り戻したサキュバスは、混乱の極みだった。

 けれど彼女でも気付いていないほどに流れ出る涙は隠せておらず、また一つカズキが奇跡を起こした瞬間だった。

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