仮定は必要ない
「なんですって? エルフとダークエルフたちが?」
それは突然の報せだった。
部下の言葉に驚きを露にしたのは教皇だ――もう一度言ってほしいと口にすると、部下はこう言った。
「はい――エルフとダークエルフは、この街からの資源売買の全てを停止するとのことです」
そう、これだ。
今までこの街からエルフとダークエルフには、特に必要としない資材の提供をしていた代わりに、あちらの国で栽培された果物なんかを仕入れていた。
言ってしまえば価値の見合わない取引だった。
エルフとダークエルフの女たちは、男から何かを提供されるということに貴重さを感じており、だからこそあちらに見合わない取引でさえも上手くやれていたのだ。
「……一体何が起きているのです? 我ら男からもらえるものは、何だって良いと考えるあの連中が」
だがと、そこで教皇はあることを思い出す。
それは数日前の女たちを交えた会合にて、ソワソワとしていた鎧姿の女たちの中でも、特にエルフの長であるセレスは落ち着いていた。
(セレス……でしたか? 女の名前など、特にエルフなどという醜い連中のことはどうでも良いですが、確かに少し雰囲気が違ったように感じましたが)
セレスの変化はもちろんカズキが関わっているのだが、それを知らない教皇からすればセレスの変化は謎に近い。
というよりも、あそこまでこちら側に興味の一切を示さない様子は鎧姿だったからというのもあって、教皇だけでなく他の会議に出席した男たちが一様にセレスに対して不快感を示さなかった。
(……何が起きている? まさか新手の魔法だったり?)
ありとあらゆる可能性を考えるが、この街で好き勝手出来る女は居ないのでその線はない。
この街に入った瞬間、女は魔法を使えなくなるのだから。
セレスは常に平常心を保っていたが、隣の鬼の女は最初から最後までハァハァと荒い息を吐いていたので、それを覚えている教皇はきっと間違いだと考えることにした。
「しかし、こうなるとエターニアの果実が回りませんね。あれはここでも随分と人気だったのですが……まあ、大人にしか回ってないので大人限定ですけれど」
「仕方ありませんね。ですがまあ良いでしょう――何かあったのかもしれませんが、所詮は女たちしか住まない土地ですから」
教皇は、女に対して一切の脅威を抱かない。
抱くのは全て嫌悪から始まる見下しの感情だが、とにもかくにも女だけでは何も出来ないと教皇は考えている。
そう――確かに女だけではやれることの限界はあるだろう。
だがそこにカズキという男が加わるだけで全てがひっくり返ることに、まだ教皇は気付けていない。
▼▽
「……あ~」
「どう? 気持ち良いかしら?」
「はいぃ……」
「……本当に可愛いのねカズキさんは♪」
そりゃ気持ち良いに決まっていますとも。
(まさかこんな風になるなんてなぁ)
今、俺はベッドで横になりセレスさんの胸に顔を埋めている。
目が覚めたらここ数日はずっとこれを繰り返しているようなもので、セレスさんが居ない時はニアさんやメルトさんが代わる代わるにしてくれている。
(……体が動かねえ)
何もこんな男なら誰もが羨むような状況を続けているのは理由があり、ダークエルフの国から戻ってから体が全く動かないのだ。
力を失ってオリエさんの爆乳に顔を埋めてからずっと、僅かに歩くことさえ難しい。最初はもしかして二度と歩けないのかと怖いことを考えてしまったが、魔力の使い過ぎで発生する副作用らしい。
「……ふへぇ」
「ぅん……おっぱいがくすぐったいけれど、カズキさんもそうだし私も幸せだから良いのかしらね」
「ですねぇ……ふわぁ」
「あんっ♪」
口を動かせば、セレスさんはくすぐったそうに声を上げる。
このまま欲望に任せてペロペロしたりしたいのだが、流石にまだその領域には至っていないのでしない。
「俺……いつ頃歩けるようになるんですかねぇ」
「一週間くらいは続きそうだけど、私たちエルフと人間のカズキさんでは違うだろうし……しばらくはこうかしら」
「ご迷惑をお掛けします……」
「迷惑だなんて思わないで? むしろあれほどの奇跡を連続して起こしたほどなのよ? むしろこちら側がこうやって奉仕したい気分だもの」
「奉仕……」
「ふふっ♪」
やっぱり女性から奉仕って言葉を使われると昂るものがある。
ムクムクと起き上がりそうになる我が分身を何とか沈め、そのままセレスさんの柔らかさを堪能していたらニアさんの声が。
「失礼いたします――セレス様、そろそろお戻りにならないと」
「分かったわ。それじゃあ次はニアに任せるわね」
「畏まりました」
えっと、俺としては普通に横になっているだけで良いっちゃ良いんだけど、それでも交代する流れのようだ。
「セレスさん、お仕事頑張ってください」
「えぇ!」
セレスさんが部屋から出て行き、ニアさんに体を起こされた。
「お菓子を作ってきましたよ」
「あ、ありがとうございます!」
ニアさんに抱えられ、ベッドからソファへと移った。
隣に座ったニアさんに若干寄り掛かるような姿勢になるのは仕方なく、少しだけ食べづらいが我慢出来る。
「はい、あ~ん」
「あむ」
今日もまた作ってくれたクッキーは変わらずの美味しさだ。
いや、前に食べた時より更に美味しいような気がしたが、何か味付けを変えたのか? クッキーに混ぜられているものは、今までに使われていた果物とかで何も変わってはないと思うけど。
「私も先ほど自分で味見をしたのですが、カズキ様のお力がエターニア全体に広がった後の果物を使用しています。それがおそらく理由ですけどとても美味しくなりました」
「あ、やっぱりそういう部分で変わったんですね」
「セレス様からお聞きしているかもしれませんが、一般の食卓はもちろんですがレストランのシェフたちもこの変化に驚いています。今このエターニアは、かつてないほどの活気に満ちていますよ」
「……力になれたというか、きっかけになれたのなら幸いです」
最近は、この国のことで聞くこと全部に俺は影響を与えている。
そのことを嬉しいと思うし俺のおかげかと調子に乗ってしまうのもあるが、そのことに関しては決して口にはしない。
いくらこの世界の女性たちにチヤホヤされたいからと言っても、偶然に宿ったスキルのことを自慢げに高らかに語るのはダサいというか、色々とフラグになりそうだから絶対にしない。
「ニアさん」
「はい?」
「俺……自分のスキルがこうして力になったのは嬉しいです。でもだからって自慢げに語るのは止めておきます。なんというか、調子に乗りすぎたら痛いしっぺ返しがありそうですし」
「カズキ様……」
「だからその……自分のスキルのことは自慢しないし高らかに喋ったりもしないですけど、でもニアさんを含めて知り合った人たちとの幸せな日々は思う存分浸らせてください」
そう言っていつもよりも素直な気持ちでニアさんに倒れこんだ。
動けない以上はこうやって体を寄せるしかないわけで、でも倒れ込んだ先には豊かなニアさんの胸元。
「もちろんでございます。では、私たちもあまりしつこく言わない方がよろしいでしょうか」
「そう……ですね。まあでも話さないでほしいとか、そこまでじゃないんです」
「畏まりました」
スキルのことでは調子に乗らないとは思うけど、女性たちとの絡みではこれでもかって調子に乗りそうだ。
でも、よくよく考えたら俺ってモテるし爆乳美女がいつも傍に居るんだぜって、そんな風に自慢したり話す相手がこの世界には居ない……な?
「それもそれでちょっとつまらないか……?」
「何がですか?」
「いやぁ……俺の傍には優しくて最高の女性たちが居るってのに、同じ男でそれを自慢する相手が居ないなって」
「ふふっ、そうするとカズキ様が変な風に見られてしまうのでは?」
「だからですよ」
そうなんだよな。
この世界だとそんなことを口にしたら俺はゴミでも見るような目を向けられ、あの街での出来事のように一瞬にして交友は失われる。
「でも、そんな風に自慢できる世界だと女性はここまで悪くは見られない世界です。だとしたら俺なんかは普通ですし、そうなると俺以上に良い男なんて溢れかえるほど――」
「そんなもしもは考えても無駄でございます」
その瞬間、僅かに空気が冷えた気がした。
ビクッと体を震わせるも、ニアさんが俺を抱きしめているので離れることは出来ず、よしよしと小さな子を落ち着かせるようにニアさんが背中を撫でてくる。
「たとえどんな世界であろうとも、カズキ様との今がない世界は無意味でございます。私もセレス様も、メルト様もそれは同様でしょう。私たちにとって守るべきものは今であり、そんな仮定は必要ないのです」
そんな言葉が、まるで木霊するように脳裏に残り続けるのだった。
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