善は急げ

 少しだけ、意識の変化があった。

 俺は相変わらずエッチなことが大好きなクソガキで、この世界における男としての優位性は利用したいと思ってる。だからこそ、ダークエルフもきっとエロくて最高なんだろうなって思ってたけど、俺は我慢ならなかった。


「お、怒っているのか……?」

「当たり前でしょうが」


 オリエさんは、俺を男だと判断した瞬間に動きを止めた。

 俺が何かをしたのではないかと疑い攻撃してきそうになった他のダークエルフたちだったが、それを制したのはオリエさんだ。

 男である俺を認識した時のオリエさんは、セレスさんたちエルフよりも圧倒的に反応が凄かった。それもあって利用出来ると思い、こうしてオリエさんと二人きりになれた。


「俺は、セレスさんに保護されている男です。男だけが住む街が嫌になって抜け出した俺を助けてくれたんです」

「セレスが……」

「もちろんセレスさんだけじゃなく、ニアさんやメルトさんたちにも恩を感じています……そしてそんな彼女たちが住むこの国をあなたたちは襲撃した」

「っ!?」


 罰の悪そうな顔をしたが、いくら美人とはいえ気持ちは変わらない。


「……とはいえ、エルフとダークエルフの間にある感情は把握してます。お互いに相手を傷付けなければならなくなる衝動があることを」

「あ、あぁ……それもあるが、特に我々ダークエルフはエルフに弾圧された過去もある……妾やセレスよりも遥かに前の代だが、そこから続く呪いのようなものだ」


 先ほどまでの相手を威圧するような様子はなく、どこか辛い過去を話すようにオリエさんは言った。


「弾圧された……とはいえいつまでもいがみ合っていては仕方ないことなど分かっている。それでも妾たちは互いを見た時、どうしても感情を抑えられん……はずだったんだがな」

「え?」

「この国に来て……否、あなたを見てどうも感情が抑制されている。メイドたちが近付いてきた時、不思議と苛立ちがなかったんだ」


 それはどういうことなんだろうか。

 別に彼女たちにマッサージとかはしてないし、そもそも体にすら触れてないので今までと全然違う。

 あるとすれば――。


「雨に濡れたからかしら?」

「え?」

「セレスか」


 涼し気にオリエさんが名前を呼んだように、光に包まれるようにしてセレスさんが現れた。


「セレスさん?」

「何か起こったと思ってね。すっ飛んできたわ」


 確かに現れたのはセレスさんだが、全身鎧姿である。

 ガシャンガシャンと音を立てるようにして近付くセレスさんは、頭のヘルメットを脱いで髪の毛をふわっと広げる。


「あっついわねぇこれ。ここで脱ぐわね」


 鎧ってどう脱ぐんだろうか?

 そう疑問に思う俺の前で、セレスさんは腕や肩らへんの繋ぎ目をズラしていくと、綺麗に剥がれ落ちていく。

 鎧が完全に無くなったセレスさんは下着姿で、肌面積の部分はよほど暑かったらしく汗をダラダラと流している。


「……ほんと、自分でも不思議に思うわ。オリエ、あなたを見ても全く憎しみが沸かない。以前のように出会い頭で魔法をぶっ放す気にもならないからね」

「お前からそんな穏やかな表情を向けられたのは初めてだな……だがそれは私も同じだ」


 俺は、二人の話を聞くために一歩下がる。

 その時に二人ともこちらを見つめてきたが、今は俺よりも優先する大事な話があるとして向き合った。


「エルフとダークエルフはずっといがみ合っていた……でも、今が変わる時じゃないかしら? いつまでも争うのは不毛だし、そうするよりも互いに助け合う方が未来志向じゃない?」

「それはそうだがな……だが」

「?」

「妾はこうして襲撃し、お前の国民を傷付けたことは変わらん。お前も女王としてじゃあ許すとは出来んだろう?」

「それはそうよ。しっかりと償いはしてもらうつもりだわ」


 両者とも話が纏まりそうで何よりだった。

 この雨に打たれることによってオリエさんだけでなく、他のダークエルフたちにも変化が起きているのだとしたらしっかりと話し合うことは出来ると思う。


(これは……良かったってことだよな?)


 あまりにも呆気ないと思ったが、その時にふと見えたものがある。

 オリエさんの体から漏れ出ようとしている黒い靄のようなもの。それは目にした瞬間に気持ち悪さが全身を駆け巡るだけでなく、目に留めただけでも嫌悪感が凄まじい。


『……! ……!』


 何か言っている?

 そんな気がしたがその黒い靄はすぐに消えた。もしかして今のがエルフやダークエルフに宿っていた呪いのようなもの?

 セレスさんとオリエさんはそれに気付いておらず、見えていたのは俺だけのようだ。


「それじゃあ、エルフとダークエルフは共に共存の道を歩むという認識で良いのよね?」

「あぁ――そして妾も軽く償いをさせてもらおう」


 オリエさんは袖を捲り上げ、隠し持っていたナイフで腕を切った。

 大量に流れ出る血は鉄の香りを放ち、俺は思わず何をしてるんだと声を上げそうになったものの、これこそが償いだったらしい。

 垂れる血液が発光し、崩れていた建物が修復されていく。


「オリエは、自分の血を使うことで時間を巻き戻すことが出来るの」

「時間を巻き戻す……!?」


 なんだそれ、明らかチート能力じゃないか。


「でも、この魔法を使うと一年は使用出来なくなる。それだけの覚悟と償いの気持ちがオリエにはあるということね」


 やはり強力な分、大きなデメリットがあるんだな。

 今回のことはあまりにも大きすぎた出来事だけど、その後は驚くほどスムーズに事は運び、エルフとダークエルフの間で同盟が締結された。

 セレスさんとオリエさんが今までのわだかまりを解消するかのように談笑する中、俺にはもう少しやることがあるなと思ったので傍へ。


「セレスさん、それからオリエさんも」

「カズキさん?」

「……カズキと言うのか」

「あ、はい。よろしくお願いしますオリエさん」

「あ、あぁ……」


 正直襲撃に関しては思う部分があるけど、襲われたエルフの人たちは争う道がなくなるのであれば気にしないと言っていた。だから俺がこれ以上気にすることでもないんだ。


「今、このエターニアに降る雨がどんな周期なのかは分かりません。一度止んだらまたしばらく降らなくなるのかもしれないし、もしかしたら定期的に降るように改善されたのかもしれない」

「そうね……そこは分からないわ。まあでも、雨に関しては咄嗟にメルトが教えてくれたけどビックリしたものよ?」


 そう、この雨の恵みを俺はダークエルフたちにも分け与えたい。

 どうやらあちらも雨が降らないことで大変らしいし、それなら俺だってそうしてあげたいから。


「良いわね。それじゃあオリエの城まで行ってやる?」

「やる……? ちょっと待て、何を言っているんだ?」

「カズキさんのマッサージ……というより、ちょっとエッチな気分になってもらう感じかしら」

「え、エッチだと!?」


 オリエさんが盛大に食い付いた。

 流石にオリエさんからすれば何のことか分かってないようだが、それでも俺とセレスさんはオリエさんの治める国で雨を降らせることに。

 もちろん雨を降らせるだけでなく、大地に元気を与えるためのマッサージ決行もだ。


「驚くわよ? 本当に凄いんだから」

「??」


 善は急げということで、オリエさんの転移魔法によって俺とセレスさんはダークエルフの国へと飛ぶのだった。

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