ダークエルフの長
「カズキさん」
「っ!?」
大きな爆発音が聞こえ、俺はすぐさまメルトさんに抱きしめられた。
ニアさんが即座に部屋を飛び出してすぐ、更にまた爆発音が何度か聞こえてきた。
「これは……」
「う~ん……セレス様の留守を狙ったっすかねぇ」
留守を狙った……?
もしかしてと思った俺だが、どうやらその感覚は当たったらしい。
「ダークエルフっすね……いくつか気配を感じるっす」
「ダークエルフ……」
やはりこの爆発はダークエルフの襲撃だったようだ。
「ニアさんは……他の人は大丈夫なんですかね?」
「分からないっす……ただ爆発の方角は学園の方……エルフの学生たちを人質に取られたりするのは面倒っすね」
「あ……そうか学園もあるのか」
チラッと聞いたことがあったか……そりゃ一つの国だし、エルフとはいえ学生が居てもおかしくはないか。
「あの……メルトさんは凄く強いんですよね? メルトさんが加勢に行くのはどうですか?」
「それはもちろんやろうと思ったっす……ただ、そうした場合はここにカズキさんを一人で置いて行くことになるっすよ」
「あ……」
それを聞いた瞬間、俺はここに来た時に着ていたローブを手に取った。
「行きましょう」
「カズキさん……あははっ、頼もしい限りっすね! でもその代わり、あたしが怒られそうになったら庇ってほしいっす」
「もちろんですよ。相手がセレスさんでもニアさんでも、おっぱい揉んで脱力させるんで逃げましょう!」
「……それはあたしがやられたいっすねぇ」
ということで、メルトさんと共に学園と思われる場所へと向かう。
外はまだ雨が降っていたが、先ほどよりも優しい強さに変わっており濡れても逆に気持ちいいくらいだ。
そうしてメルトさんに抱えられたまま向かったのは、見るからに学び舎な建物で見るも無残に壁に穴が開いている。
「これは……酷いっすね」
「……………」
そこは、正に地獄絵図だった。
俺がここで今まで見ていたのはセレスさんたちのような大人のエルフたちだったけど、そこで見たのは子供のエルフたちだ。
もちろん子供と言っても小さいわけではなく、前世で言う高校生くらいの見た目で……あれ?
「傷が……塞がっていく?」
メルトさんが呆然と呟いたように、倒れている女性たちの傷がすぐに塞がっていく……もしかしてこれは雨に打たれているから?
「雨の力ですかね……?」
「その可能性は高そうっすね……実際に怪我をしたエルフが雨に打たれている光景は初めて見たっすけど、見れば見るほどカズキさんの奇跡が神の所業すぎるっす」
まあでも、この力が助けになっているのなら幸いだ。
「メルトさん……俺、凄く嬉しいです」
「カズキさん?」
「別に神みたいって思われて調子に乗ってるわけでもないですよ? 俺はいくら言われてもただの男だと思ってるから……でもだからこそ、ただの俺が……今まであの街で何もなく過ごしていた俺がこうして誰かを助けられている……それが嬉しいんです」
「っ……あぁもう。あなたは本当に……あたしもうぐしょぐしょっす」
「雨に濡れてるからぐしょぐしょですね」
「あははっ! 確かにそうっすねぇ!!」
もうここまで来たのなら俺たちのやることは一つだ。
メルトさんと見つめ合い、ニヤリと笑って中へと突入した――そして俺たちは見た。
「くっ……セレス様の居ない瞬間を狙うなんて卑怯者ですね」
「メイド風情が粋がるな」
地面に横たわるニアさんと大勢のエルフたち……そしてそんなニアさんを踏みつけている大層な杖を持ったダークエルフと、その背後に居る数人規模の同じ肌色をしたエルフたち。
「ニアさん、助けに来たっすよ」
「め、メルトさん!? あなたがここに来ては――」
メルトさんの放った魔法がダークエルフを襲い、ニアさんから距離を取るように離れた。
それを見た俺は、即座にニアさんの元へ駆け寄る。
やはりこのローブは中々良い物で、俺なんか特に目を向けられることはなく、視線はほぼメルトさんに向いている。
「ニアさんも言ってたっすけど、セレス様の居ない時に襲撃とは随分と大人げないっすね」
「ふんっ、敵対しているのだから当然であろう?」
「隠す気もないんすねぇ? ダークエルフの長、オリエ殿は」
これ……もしかしてメルトさんは俺に情報を与えようとしてる?
「か、カズキ様……?」
「大丈夫ですかニアさん」
ニアさんの体はボロボロだが、ここは屋根があって雨が当たらない。
ただ俺の体は濡れていたので、雨で濡れている手をニアさんの体のあちこちに触れさせていく……すると見る見るうちに傷が塞がる。
「これは……確かに雨に濡れたエルフたちの傷が癒えていくようには見えていましたけど」
「どうやらそういうことらしいです」
ただ……一つ気になることがある。
こうしてエルフたちの傷が癒えているのは見るからに明らかだが、同じように濡れているダークエルフたちは傷が癒えていない。
オリエって人はともかく、背後に居るダークエルフは怪我してるけど傷が癒えてないわけだしな。
「……なんでダークエルフの傷が癒えてないかは分かりませんが」
「もしかしたら……カズキさんの心の在り様でしょうか。私たちエルフに心を開いてくれているからとか?」
「そう言われるとそれっぽい気もしますね」
まあとにかく、この雨はエルフたちにのみ奇跡を起こしたという認識で間違いなさそうだ。
「オリエっていうのが?」
「はい、ダークエルフの長でございます」
オリエ……ごめん、この空気感の中でごめんけど言わせて――ヤバいくらいエロいんだけど。
(セレスさんが言ってたように……確かに似てる……似てるが故にエロすぎる)
まず、見た目は冷たさを纏い視線を鋭くしたセレスさんだ。
服装もセレスさん同様に際どすぎるもので、胸の大きさもセレスさんと同じくらいに大きい……というか角度によっては、胸のトップが見えてしまう危うさがエロい。
「なんだ、不愉快な視線を感じるな?」
「おっと……」
サッと視線を逸らす……事なきを得たようだ。
「気に入らん……なあエルフ共、貴様らに何があった?」
「何とは?」
「このエターニアを包み込む生命の彩りは、今までに見たことがない。おまけにエルフ共の肉体も何かが違う……そして極めつけはこの雨だ。何故この雨は降った? 妾たちの土地に降ることのない雨がどうして……そして何より、何故この雨は貴様らの傷を癒している?」
「羨ましいんすか?」
メルトさんの煽るような言葉に、オリエさんが唇を噛んだ。
どうやら図星のようだが……それにしても、オリエさんを含めてダークエルフたちの敵意があまりにも凄すぎる。
これがエルフをどうにかしたいと考える衝動……?
「……メルト様が来たことで落ち着きましたね。しかし、彼女たちの抱く憎悪が随分と久しぶりのように感じます」
「え?」
「カズキ様と接したからなのか、ダークエルフへの憎しみが全くないのでございます。私がこうなっているのはともかく、メルト様に至ってはあそこまで冷静なのも憎しみがないのを証明していますから」
「……………」
もしかして……雨かは分からないが、俺のスキルの影響はエルフたちがダークエルフに持つ感情さえも抑制するのか?
怒りによって冷静な判断が出来なくなるとも聞くし、憎しみが沸かないのであれば常に冷静になれる……反対にダークエルフたちは、エルフに対する憎しみと俺のスキルが齎した奇跡に憎さマシマシって感じか。
「これからどうするつもりですか?」
「メルトさんが来たことで反撃となるでしょう……まあ、セレス様が居られない以上はそれなりの被害は避けられないでしょうが」
ニアさんが立ち上がったが、俺はあることを考えていた。
「ニアさん……そもそもエルフとダークエルフが敵対している理由は、互いに憎しみを持ってるからですよね?」
「そうなります……? まさかカズキ様?」
「はい――俺、やってみたいことがあります」
ニアさんは驚いていたが、反対するようなことはなく頷いた。
「承知しました。であれば、私はあなたに従うだけでございます」
そうして、俺はニアさんに抱きしめられながら火花がバチバチに飛び交う場所へと向かう。
「なんだメイド風情」
「どうしたっすか? ……まさかとは思うっすけど、もしかしてカズキさんの提案っすか?」
「その通りでございます。上手く行く確証はありませんが、もしかしたら新たな日々を手に入れることが出来るやもしれません」
「……なるほどっす。じゃ、あたしもカズキさんに従うっすね」
そうして、メルトさんまで俺に抱き着いた。
両サイドから抱き着く二人と、心なしかセレスさんの温もりも感じる気がする……あぁきっとそうだ。
(なんというか……俺、考えが変わったな)
というのも、俺は確かにダークエルフの長であるオリエさんのことをエロいと思ったのは確かだし、邪な感情を抱きはした。
けれど、こんな状況を引き起こしたこと……セレスさんが守るこの国に危害を加えたことは絶対に許せない……だから自分でも驚いてる――エロい感情よりも許せない気持ちの方が強いことに。
「オリエ殿、良かったらこっちに近付いてもらえないっすか?」
「何を言っている?」
「簡単なことでございます。私たちは手を出しませんので、エルフの誓いを立てて約束しましょう」
「ほう?」
エルフの誓い?
首を傾げた俺だが、オリエさんは一人で近付いてくる……背後のダークエルフが止めようとしたが、オリエさんが手で制した。
「面白い、エルフの誓いは嘘を吐けば舌をもがれるのだがな。くくっ、一体どんな隠し玉を見せる気だ?」
「っ!?」
「大丈夫っす」
「大丈夫ですよ」
大丈夫じゃねえけど!?
そうして俺とオリエさんは向き合った……ここなら、背後からは俺の顔を確認は出来ないし、正面からもオリエさんしか俺の顔を見ることはない。
「……っ!」
思い切ってフードを脱いだ。
俺の顔を見た瞬間、オリエさんは目を丸くし……そしてすぐに頬を真っ赤に染めて瞳を潤ませた。
動きを止めたオリエさんだったが、次に紡がれた言葉はこれだった。
「……好き♡」
その言葉に、俺はもちろんこう返した。
「ふざけんな」
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