ダークエルフとは
掃除とは、その場所を綺麗にするだけでなく心まで清らかにしてくれる行いだと個人的に思っている。
「……素晴らしいねぇ」
顎に手を当て、目の前の光景を見ながら俺はそう呟く。
もちろん誰にも聞こえないように静かな声を心掛けているが、素晴らしいと呟きたくなる俺の気持ちは男ならば理解出来るはずだ。
「この汚れ……中々手強いですね」
床のしつこい汚れと格闘するニアさんだ。
四つん這いのような姿勢になっているので、こちらに向いているお尻がフリフリと振られている。
短いスカートから伸びるムチッとした太もももそうだが……ニアさんは気付いてるか? 派手すぎるパンツが丸見えってことに。
「……俺もちゃんと掃除しないと」
しばらく眺めていたが、今はセレスさんの部屋を掃除中だ。
これは俺が自ら手伝いたいと申し出たことなので、いくら目を奪われる光景があったとしても仕事を疎かにするわけにはいかん。
(にしても……掃除は魔法で事足りるってのに、こういうプライベートな場所は人力でやりたいっていうのは悪くない考え方だよな)
このセレスさんの部屋はもちろん、俺の部屋もニアさんはそうだ。
『魔法は確かに便利で一瞬です……しかし、大切に想う方々のお部屋だからこそ気持ちを込めて掃除をしたいのでございます』
掃除を始める前、ニアさんはこう言ってくれた。
この言葉に俺は泣きそうになってしまったし、衝動的にではあったがじゃあ俺もと手伝いを願い出たわけだ。
やはり殿様のようにふんぞり返るのではなく、こういう部分でも力になれるのは俺としても望むところだ。
「……ふぅ!」
「カズキ様、この辺りでお終いにしましょう」
「分かりました!」
元々綺麗だったセレスさんの部屋だけど、更に綺麗になった。
俺の部屋は既に終わっており、この後はニアさんがお茶とお菓子を持ってきてくれることになっている。
「セレスさんは……後数時間は戻ってこないんだっけか」
今日は少し忙しいらしい……というのもダークエルフたちの使者が来ているとのことで、どんな感じなのかちょっと気にはなっている。
「まあでも我儘は言えないよな」
よく読んでいた漫画とかアニメに出てきたダークエルフって言うと、褐色肌にナイスバディというか……とにかく美人ってイメージだ。
それを想像するだけでも見たくはなるが、ここはグッと堪えよう。
その後、ニアさんがお茶菓子を持って戻ってきたので掃除の疲れを癒すように美味しく頂く。
「いかがですか?」
「凄く美味しいです」
「私の手作りなんですよ。こう見えてお菓子作りが大好きでして」
「へぇ!」
この菓子のクッキーはニアさんの手作りなのか。
ただ一口サイズなだけでなく、色んな動物の顔を模ったようで凄く前世味を感じる……でもよくよく考えたら、元居た街には菓子なんてものが無かったことを思い出す。
「前の街に居た時はお菓子なんてありませんでしたよ。今にして思えば、俺が食べていたご飯もそこまで美味しくなかったですし」
「そうなのですか?」
俺は頷いた。
それにしても不思議だな……記憶にある俺は一切そんなことを気にはしなかったのに、この国に来てから口にした食べ物と比べると雲泥の差があまりにもある。
「このお菓子も美味しいし、普段の食事も凄く美味しい……本当に最高ですよ」
「ふふっ、ありがとうございます。実は、普段の食事も私が直接調理をさせていただいているんです」
「え!? そうなんですか!?」
「はい。ずっとセレス様の食事を作っていて、そこにカズキ様の分も加わった形でございます」
「ほえ~……」
誇らしそうにニアさんは笑顔で言った。
そうだったのか。普段の食事は……あの美味しくて虜にさせられるほどの食事は全部、ニアさんが作ってくれていたのか。
「……そりゃ美味しいわけだ」
「そう言ってくださいますか?」
「それはもう! マジで結婚してくださいって感じですよニアさん!」
「け、結婚!?!?!?!?」
つい言ってしまったけど、割と本気でこういう女性と結婚したい。
だってほら――めっちゃ美人の爆乳エルフで、凄く優しくて料理も上手で、おまけにそれ以外の家事もバッチリで……セレスさん情報だが、怒るとめっちゃ怖いらしいというのもポイントが高すぎる。
「け、結婚……わ、私が結婚……あわわっ!?」
そして!
俺の結婚という言葉にここまで取り乱すのも凄く可愛い……考え方によっては女性の心を利用するクソ野郎みたいに見えるかもしれないけど、心からの本心でもあるからなぁ……やっぱこういうことはどんどんと口にして言った方が良い。
「ニアさん、ここに座ってください」
「え?」
まだ顔が赤いままのニアさんをソファに座らせ、その背後に回った。
これもまた一つのお礼ということで、俺がニアさんにしたかったのは肩もみである。
「か、肩もみですか?」
「はい……よっと」
「ぅん……あぁ、気持ち良いですカズキ様♪」
俺の力加減に合わせ、ニアさんが悩ましい声を上げる。
エッチだ……非常にエッチなのもそうだが、何も聴覚からエロスを感じ取れるだけではなく、この角度だからこそ視覚もそれを捉えている。
下に向く視線の先には、上から覗くことが出来る谷間の上側……本当に全てが最高の光景だ。
「このようなこと、メイドにあるまじきことでございます。ですが……その立場を一瞬とはいえ忘れてしまえと思うほどに、カズキ様にこうされることが嬉しいのです」
「そう言ってくれることが俺も嬉しいですよ」
「セレス様も仰られていますし、他の同僚や知り合いも言っていますが私たちは良く肩が凝りますからね……本当に気持ち良いです」
「……そりゃそうでしょうね」
これだけ大きな物をぶら下げていたら絶対に肩が凝るだろう。
「……あ」
その時、またマッサージの時みたいな現象が起きた。
肩から全身に掛けて紋様が現れ、ニアさんの呼吸と連動するように軽く発光し、同時に俺の魔力が循環している様子も確認出来る。
「カズキ様の魔力をまた感じます♪」
「っ……今回もたっぷりと感謝の気持ちを込めました!」
とはいえ、やはりこういう軽い肩もみでもスキルは発動するのか。
まあ肩もみもマッサージみたいなものだし、こんな風にニアさんが心から気持ち良さそうにしてくれているのが何よりの証拠だ。
(そういや、メルトさんが言ってたな……)
俺のスキルである“魔性のマッサージ”に関して、セレスさん以上に魔法に詳しいメルトさんが教えてくれたのだが、俺のスキルによって齎される効果は凄まじいらしい。
魔力の増加や体の調子を整えるものではなく、そもそも俺の魔力が女性の体に宿ることで変質し、外部からの状態異常を伴う魔法だったり、精神に影響を及ぼすありとあらゆる効果への耐性も備わるのだとか。
『これ、凄すぎっすよカズキさん。ただこれはカズキさんの気持ちが一番大事みたいなので、カズキさんが相手のことを心から良く思ってないと発動しないみたいっす』
『へぇ、じゃあメルトさんにも発動しますね』
『っ……ほんと、カズキさんには勝てないっす♪』
そんなやり取りもあったが……とにかく俺のマッサージは凄まじい。
もちろん体に良い影響を齎すというのは俺の感情に左右されるが、そもそも単純なマッサージとして気持ちが良いのも確からしい。
まあこの世界の女性は異性に触れられることがないので、それもあって実際に触られた際に興奮が快楽を誘発するらしいが……。
「ぅん……あぁ……あんっ♪」
「……………」
鼓膜を震わすニアさんの喘ぎ声……本当に素晴らしい。
「そういえば、ダークエルフの方はまだ帰ってないんですか?」
「まだセレス様と謁見中でしょうか……いくら長年に渡っていがみ合っているとはいえ、話が長引くほどに大切なやり取りなのです」
「……なるほど」
「エルフとダークエルフのいがみ合いは、言ってしまえば私たちの魂に刻み付けられた因縁のようなものです。互いに相手を目にすれば、倒さねばならないという衝動に駆られるのですよ」
「それは……」
「ですが、私はこう思っています――カズキ様との出会いが私たちに大きな変化を齎したように、この争いに続く関係性にも変化を齎してくれるのではないかと」
それは随分と大きな期待を掛けられたものだ。
ただ……あくまでそれは表向きの言葉のようで、ニアさんは背筋が凍りそうになるほどの笑みを浮かべてこうも続けた。
「もちろんカズキ様に何かしようものなら許しませんが――もしも傷つけようとしたり、連れ去ろうとしたら血祭りにあげてさしあげます」
「……………」
なるほど……これは怒らせたら怖いなと、俺は思い知った。
▼▽
『どうかされましたか?』
『いえ……随分と自分の身に起きた変化が大きいなと思っただけよ』
エルフの女王であるセレスが住まう城。
その広間にて行われているやり取りを、魔法を通して見つめる存在が居た。
「……セレスめ、随分と雰囲気が変わったな」
忌々しそうにそう呟いた女性はセレスに似ていた。
地面に届くほどに長い漆黒の髪、褐色の肌、セレス同様にスタイルの良さを隠しもしない際どい服……そして何より彼女の顔立ちはセレスに似ていた。
「何があった……? 妾ですら簡単に察せれない何かが奴の身に……気に入らんなぁ」
冷たい雰囲気を漂わせるこの女性こそ、ダークエルフの女王として君臨するオリエである。
「調べてみるか」
こうして、ダークエルフの魔の手は迫る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます