顔面パイダイブして気絶する男

「それでは、私は皆に顔を出してきます。すぐに戻ってきますので、それまではよろしくお願いしますねニア?」

「は、はい!」


 俺とニアさんを残し、セレスさんは部屋を出て行った。

 二度も倒れて気絶してしまったニアさんだけど、今はもう落ち着いて俺と目線を合わせてくれている……ただ、話らしい話が出来たかと言われたら何も出来ておらず、自己紹介しかまだ終えていない。


「えっと……取り敢えず座りませんか?」

「い、いえ……私はメイドでありますので、そのようなことは――」

「俺が落ち着かないので……それでもダメですか?」

「……くっ!」


 ニアさんは歯を食いしばるように表情を歪めた。

 なんでそんな即落ち二コマの女騎士が悔しがるような表情……? 確かにメイドだからこそ同じ目線というのがダメなのかもしれないが、今は落ち着いて話がしたいところだし強引な手に出よう。


「お願いしますニアさん」

「っ!!」


 ニアさんの手を握り、そう言ってみた。

 彼女ははうっと可愛い声を出したものの、先ほどのように倒れたりはせず……そっと頷いて腰を下ろした。


「カズキ様は……不思議な方でございますね」

「まあ、俺としては普通なつもりなんですけどね」


 そう言うと、ニアさんは苦笑した。


「しかし……私のような者でよろしいのですか? セレス様以外であなたのことを知っているのは現状私のみ……お世話もするとのことですが、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「もちろんです! セレスさんが居てくれるのも安心するんですが、そんなセレスさんが信頼するニアさん……俺から見ても凄く優しそうで安心出来そうですから!」

「……あぁ……男性からそのようなことを言われるなんて……っ」


 恥ずかしさが隠せないかのように、ニアさんは両手で顔を覆って隠してしまう。いやんいやんと体を震わせるたびにぷるんぷるん震える胸にばかり目が行ってしまう。


「……天国だなここは」

「え?」

「あ、すみませんつい……おっぱいが揺れてて最高だなって」


 ……はっ!?

 つい本心が漏れてしまい、俺は咄嗟に口元を抑えるなんてベタなことをしてしまう。

 だが、セレスさん同様にニアさんは決して嫌そうにはしなかった。

 恥ずかしそうにはしたものの、これまでの態度や今の言葉でようやく俺という男の本質が分かったようだ。


「本当に他の男性とは違うのですね」

「セレスさんが男から酷いことを言われたのは聞きましたけど、もしかしてニアさんもですか?」

「少し前にセレス様に付き添う形で男性とお会いする機会がありました。その時に醜い気持ち悪さだと……」

「はっ、そいつが見る目ないだけですよ」


 本当に見る目がない。

 この世界だからこそ異端は俺であって間違っているのは俺なんだろうけど、どんな思考回路をしていれば彼女たちのような美人を目にしてそんなことが言えるんだろう……まあ、こればかりは俺がこの感覚を持ち続ける限り理解は出来ないだろうし考えても無駄だな。


「俺は……自分が他の男と考え方が違ってて、それが異端と言われることも理解しています。でも俺は自分が間違っているとは思わない……だって本心からセレスさんやニアさんのことを綺麗だって思いますから」

「カズキ様……」

「もちろん外見だけじゃなくて、優しいと思っています。セレスさんが信頼する人というのもそうですけど、突然のことに混乱はしていてもその瞳には気遣いの色が見える……だからニアさんは優しい人だなって」

「……っ!」


 そしてまた、ニアさんは両手で顔を抑えた。

 ただ今回は恥ずかしがっているとかそういうのではなく、涙を流して泣いてしまっているらしい。


「ニアさん!?」

「も、申し訳ありません……っ! そんな風に言っていただけたことが嬉しくて……敬うべき男性――いえ、カズキ様に言われたことが心の底から嬉しいのでございます……っ!」


 如何に男である俺の言葉が女性にとって重く、そして心に響くのかとセレスさんやニアさんを通して深く知ることが出来た……チョロいって少し思うけど、利用とかそういう罰当たりなことはもう考えられなかった。

 そこから大変だったのはニアさんが落ち着くまでの間、俺はずっとニアさんの隣に座って背中を擦ったり、大丈夫だからと声を掛け続けて……ようやく彼女は泣き止んだ。

 そこからはビックリするほどに話は弾み、一気にニアさんとの距離は縮んでいった。


「セレス様が女王となられるよりも前に傍に居ましたけれど、あの方はいつも素晴らしい方でした」

「やっぱ凄いんですねセレスさん。でも、魔法一つでダークエルフの軍勢を吹き飛ばしたってのは……凄いなぁ」

「ふふっ、あの時は味方のエルフですら戦慄していましたからね」


 外の戦いの話なんかは全く情報として持っていなかった。

 男だけが住む街……あの街が如何に自分たちの存在だけで完結し、外の女性が少しでも関わる情報がシャットアウトされていたかを理解する。


「俺……こうして外で女性と言葉を交わす度に思います。あの面白味も何もない場所から出て良かったって……ずっとあそこに居たら俺はセレスさんだけでなく、ニアさんのような素敵な人に出会うこともなかったと思うと悲しすぎます」

「私としてもまだ驚きでいっぱいですが……カズキ様は、元々女性だったとかはないですよね? 魔法で男に変身しているとか……」

「あはは、流石にそれはないですよ。ニアさんだって俺が正真正銘男だって気付いてますよね?」

「もちろんでございます。あなた様はれっきとした男性……失礼なことをお聞きしました」

「いえいえ、女性の体に興味はあっても自分で変身して触ったりするのは面白くないっすからね!」

「うふふっ!」


 ニアさんも段々と、俺のペースに慣れてきたようだ。

 この世界の女性……まだセレスさんとニアさんだけだが、俺の発言に一切の嫌悪感を示さないことと合わせ、女性について興味がある節の発言に喜んでくれるので言えば言うだけお得だ。


「私たち女は、決して男性に対して出過ぎたことは言いません……ですがカズキ様を見ていると、彼らと同じ男性とも思えなくなりそうです」

「それは女みたいに思えるってことですか?」

「あぁいえ、そうではありません。あなた様のような素敵な男性を知ってしまっては、今までに見たことのある男性……男とは何だったんだと考えてしまうのです」


 男性ではなく、男と口にした時の声音は冷たかった。

 思わず肩を揺らしてしまいそうになったほどだが、すぐにクスッと微笑んだニアさんはこう続けた。


「セレス様が仰っていたことがようやく分かりました。男性とは敬うべき神に等しき存在……ではなかったのですね――あなた様が、カズキ様がそうなのです」

「いや、俺はそういうのじゃ……」

「ご謙遜なさらずに。あなたはとても素晴らしいお方です」


 まさか、ここまで持ち上げてもらえるとは思わなかった。

 だからなのか……つい口走っちゃった。


「そ、そんなに言うと調子に乗っておっぱい触りますよ良いんですか」


 その言葉に、ニアさんは表情を引き締めた……なるほど、どうやらこれはダメだったらしい。

 真面目な顔にさせてしまったことで嫌われるか、或いは何か言われると思ったけれど……ニアさんは胸元に手を掛け、そのままズルッと下げた。


「ど、どうぞ……カズキ様のお望みのままに」

「……………」


 それは、この世界で初めて見たおっぱいの全貌だった。

 まるで全身を大量の矢に貫かれたような衝撃が走ったかと思えば、意識が朦朧として……あ。


「か、カズキ様!?!?」


 体が倒れ、そのままニアさんの双丘にダイブした。

 ……どうやら今度は俺が気絶してしまうらしい……ふぅ。


「ただいま戻り……って何をしてるのうらやまけしからないこと!」

「ち、違うのです! カズキ様がおっぱいに触ると言ったので……ですが先ほどの私のように気絶してしまったようです!」

「どうして私に触ると言ってくれ……じゃなくて、すぐにベッドに! きっと疲れが出てしまったのよ添い寝は私がするわ!」


 ……ごめん、ちょっとうるさいと思ってしまった。

 でもこの世界……俺にとっては最高だと、凄まじいまでの弾力を顔面に受けながら俺は意識を落とした。





「我が生涯に……一片の悔いなし」

「し、死んだらダメよ!?」

「どどどどどうすれば!?」


 思いの外騒ぎになったのを、カズキは起きてから知ったのだった。

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